; 小説「あすりか」(60)

【焼き銀杏】

 電話の向こうじゃ、なっちの長〜いため息。
『……分かった』
「ホント?! なっちって物分かりが良いから好き」
 私も案外、調子がいいなぁ。

『エヘヘ』
 それでも素直に受け止めちゃうのって、なっち、感心するほど単純だね。
 でも、好きっていうのはホントだよ。
 もちろん、梨華ちゃんへの好きとは違うけど。

『でもでも、今度はなっちも明日香ん家にお泊まりしたいよ』
 え?!
「…今度ね。考えとく」
『絶対だよ? ウソッこ無しだよ?』
 なっちが、しつこいくらいに繰り返すから、思わず
「うん…分かった」
って言っちゃった。
 まぁ、何とかなるでしょう。

 電話の向こうで大喜びしてるなっちを、何とか落ち着かせて、吉澤に替わってもらう。
『よっすぃ〜で良いの? 梨華ちゃんは?』
 今のところは、お茶を手に入れることが先。
 梨華ちゃんには、またゆっくりと電話するから良いよ。
『ふ〜ん…じゃ、よっすぃ〜に替わるね』
 やっと本題に入れる。
 梨華ちゃんのためにも、何とか吉澤を説得しないとね。
 頑張るぞ!

【チャーミー石川】

『梨華ちゃんは?』
 安倍さんの声がはっきり聞こえて…ドキドキしちゃった。
 やっぱり明日香ちゃん、私のことが最優先だよね。

『ふ〜ん…じゃ、よっすぃ〜に替わるね』
 え?!
 何で〜!!
 私に替わってくれないの?

 携帯をよっすぃ〜に渡して、ニヤニヤしてる安倍さんの方へ迫る。
「ひ…ひどいじゃないですか、安倍さん!」
 いくら直前にケンカしてたからって、電話くらい替わってくれても……。
「だって、明日香が替わらなくて良いって言ったから」
 ガ〜ン…あ…明日香ちゃん……何で〜?!

 弔鐘のように響く絶望の音色が、繰り返し繰り返し聞こえてくる。
 ガ〜ン…ガ〜ン…ガ〜ン……。
 もしかしたら…明日香ちゃんに見捨てられちゃった…の?
 泣いちゃいそうだよ。
 いや〜!!
 明日香ちゃん、私を捨てないで〜!!

【焼き銀杏】

 何だか一瞬、梨華ちゃんの叫び声が聞こえたような気がしたけど…気のせいかな。
『もしもし? 私に用なの?』
「うん…あのさぁ、お願いがあるんだよね」
『へぇ。明日香…さんからお願いとはねぇ』
 …言い方がいやらしいけど、気がつかないふり。

「お茶…なんだけど」
『はぁ?! お茶って…飲むお茶?』
 素っ頓狂な声。
「そう。確か狭山茶って地元の名産じゃなかったかなぁって思って」
 地元の名産くらい、知ってるよね?
『…あぁ、そんなのもあったかも』
 大丈夫?

『確か近所に店があるよ』
 それだ!
「そこでパウダーのやつ、買ってきてくれないかな?」
 パウダー状のものが売ってるってことは調査済み。
『パウダー?! しかも何で私が……』
 あからさまな不満の声。
「お願い!」
 ここで退いてなるものか!

 まだ無言の吉澤に、
「お願い!」
って、重ねて頼み込む。
『…まぁ、ホントにすぐ近所だし、良いけどね』
 やった!
「ホントに?! 嬉しい!」
 こういうときは、素直に喜んでやるのが礼儀ってもんでしょう。
 現に吉澤も満更じゃない様子。
『でもさぁ、何でわざわざこっちのお茶が欲しいわけ?』
 そりゃ……梨華ちゃんのためだもん♪

 …そういうことは言葉にせずに、
「折角だからさぁ、良いお茶が欲しくて。『色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山にとどめをさす』って謳われてるくらいだから」
『…何それ?……何でそんなこと知ってんのさ?』
「いや、ちょっと…ね」
『まぁ良いけど』
 とにかく、これで準備は万全。
「Thanks! 恩に着るよ」

 思わず口をついた言葉に、吉澤がとんでもないことを言い出した。
『じゃあ…今度、ちゃんと抱かせてくれる?』
 妖しい声にのって、そんな言葉が脳天直撃。
「え?!……」
 絶句とは、まさにこのことで。

「そ…そそ、そんなの、ダ…ダメに、き…決まって……」
『ちょっとぉ、そんなに怯えないでよ。ちょっとした冗談じゃん』
 冗談…かなりホッとしながら、心の中で、
(いや…それは無理っす。あんたの怖さは身に染みちゃってるからさ)
って呟く。

『とにかくさぁ、お茶の件はOKだから。明日か明後日になると思うけど、買ったら電話するってことで良い?』
「あ、うん…ありがとう」
 それにしても……普通の会話の流れで、「抱かせてくれる?」なんてことが言えるなんて、こいつは……。
 改めて吉澤の恐ろしさを実感しながら、気を引き締める私だった。

【チャーミー石川】

 何だか楽しそうに話してるよっすぃ〜を恨めし気な目で睨みながら、すっかりネガティブな私。
 …明日香ちゃん、私より安倍さんやよっすぃ〜とお話する方が楽しいのかな?
 私に替わってくれなかったのって、もしかして……。
 次々にイヤな想像が湧いてきて、胸の奥がシクシク痛む。

 こういう時って、イヤなことが重なって起こるもので……。
「石川、ちょっといいか?」
 マネージャーさんに呼び出されちゃった。
「はい?」
 何を怒られるのかとビクビクしてたら、おもむろに何かのコピーを見せられた。

――――――――――――――――――――――――――――――――
103 名前:名無しさん
 ヲレ、こないだチャーミーが明日香と二人で歩いてるのハケーンしちゃったゼ

104 名前:名無し募集中。。。
石川と明日香は同い年だし、会うことあってもおかしくないが……
だが、今度は石川が脱退ってこともあるかもな。

105 名前:名無し娘。
>>103
ソースは?

106 名前:名無しさん
>>105
ブルドッグ(w
いやでも、ホントに見たよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――

 何これ?
「雑誌の取材で話題に上ってたろ? インターネットで流れてるんだよ」
 ウソ〜…この後も、私が脱退するんじゃないかって話で盛り上がってるみたい。
 何か怖い……。

「取材の時も言ってたが、福田と会ってるのは本当なんだな?」
「…はい」
 まずかっただろうか。
 でも、明日香ちゃんと会うこと自体は、別に問題ないよね。
「ま、噂っていうのはこんなもんだから。別に俺たちも気にしてる訳じゃない」
 ホッ。

「ただな……」
 ドキッ。
「見つからないように、もっと気を配ってくれ」
 思わず目を伏せちゃう。
「はい…」
 でも本当にそうだ。
 第一、明日香ちゃんに迷惑かかっちゃうかもしれないし。

「これからは気をつけます」
 今度はちゃんとマネージャーさんの目を見て、言葉にした。
「頼んだぞ」
「はい」
 マネージャーさんはそんなに怒ってなくて、それどころか微笑んでた。
「…福田によろしくな」
「はい!」

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