; 小説「あすりか」(62)

【焼き銀杏】

 翌日も、合間合間にメールを梨華ちゃんに送りながら、仕事とお泊まり会の準備で、何気に忙しく過ぎていく。
 吉澤からはまだ連絡がなくて、ちょっと焦り気味。
 まぁ、いざとなったら、手に入れられないって物でもないし、何とか買いに走れるだろう。
 …懐に激痛が走りそうな気がするけど。

 仕事からの帰り道、思い出してシャンプーを買い足す。
 梨華ちゃんと同じ香りのシャンプー。
 あれからずっと、これを使い続けてる。
 そのせいかどうか、私はどんどん梨華ちゃんに染まって行ってるね。

 急に振り返った時とか、自分の髪の香りが梨華ちゃんと同じで、何だか嬉しくなるんだよね。
 いつも梨華ちゃんと一緒にいられる。
 今度のお泊まり会、二人で頭を洗い合ったりして……。
 そんなこと想像してる自分に気づいて、一人で真っ赤になったりしてる。
 イカンねぇ。

 部屋を片づけるつもりが、いつの間にやら模様替えみたいになってる。
 もう客間の布団も運び込んだ……梨華ちゃんは「いらない」って言うかもしれないけど。
 それがちゃんと敷けるように場所を確保しようとしたら、自分のベッドがちょっと邪魔で。
 あれこれ考えたら、入り口のすぐ横しかなかった。

 でもねぇ。
 いきなりドアを入って、すぐ横にベッドがあったら梨華ちゃんが……。
 まさかね。
 …いや…そうとも言い切れないか。
 ベッドを移動するべきかどうか、真剣に悩んじゃったよ。

 ちょっと…私も自意識過剰かなぁ?
 結局、答えも出せないまま。
 でも、そろそろ梨華ちゃんに電話を掛けないとね。
 部屋の模様替え計画は、取り敢えず一時中断。
 携帯電話を手に取って、ピピッて「梨華ちゃん」を表示。ダイヤルした。

【チャーミー石川】

『もしもしぃ?』
「明日香ちゃ〜ん、待ってたの。愛してるよ〜」
 受け取って、私の愛の言葉よ。
『あ、うん。どうも』
 ドギマギしちゃって、可愛い〜。
 もう、明日香ちゃんの照れ屋さん♪

 でも、電話がかかってくるの、本当にずっと待ってたんだから。
「明日香ちゃん、今日、どうだった〜?」
 メールとかで教えてくれてるけど、やっぱり聞いちゃう。
『ん〜部屋の掃除とか…お泊まり会の準備してたよ』
「私は? 私、何か準備することある?」
 何だかワクワクするね。

『梨華ちゃんが準備すること?…ん〜……無い…んじゃないかなぁ?』
「え〜……」
 私も何かしたいよ〜。
『いや、え〜って言われても……家まで迷わずに来てください。それだけ』
 そんなのつまんな〜い。
 明日香ちゃんの意地悪。

 結局、明日香ちゃんは最後まで、私にお手伝いさせてくれるとは言ってくれなかった。
 良いもん。
 自分で勝手に準備して行くから。
 そうだな〜…何か一品、手料理を持っていこう。
 何が良いだろう……。

 うん。やっぱり…大学イモ!
 ある意味、二人の思い出の料理だもんね。
 よ〜し、決〜めた!
 今度こそ、安倍さん直伝の大学イモで、明日香ちゃんを喜ばせちゃうんだから!

【焼き銀杏】

 梨華ちゃんは、何かやりたそうだったけど、それじゃ、お迎えする側としては面目が立たないって訳で。
 お客である梨華ちゃんには、しっかり、くつろいでてもらわないとね。

 さて……部屋の模様替えが残ってるけど……。
 やっぱり、ベッドを移動することにしますか。
 その方が、何かと部屋を広く使えるんだから仕方がない。

 まだ明日も一日あるし、大仕事になりそうだけど、何とか間に合わせてみましょう。
 いざとなったら…弟を人手に借り出すことにして、取り敢えず動かせるものから模様替えを始めた。
 今回のお泊まり会は、Hなこと抜きで、ちょっとマッタリめにしたいなぁ。
 …梨華ちゃんがどう言うか知らないけど。

 でも、別に私たちはHのために会う訳じゃないんだし……まだちょっと、私に自信がないっていうのもある。
 だってさぁ、やっぱり…やるなら、それなりにキチンとしたいじゃない。
 何か嫌なんだよ…何となく、雰囲気だけで流されちゃうみたいなのって。
 いろいろ考えちゃうんだよね。
 梨華ちゃんとは、ただの気まぐれじゃないから。

 思い出して、大切にしまってあったあの星形ピアスを取り出す。
 片方ずつ黄色と空色で色違い。
 買ったときは、梨華ちゃんの一生懸命さに押し切られた感じだったけど、今となっては二人の大切な宝物。
 それをしばらく見つめてて……机の上に折り畳んだハンカチを置いて、その上にソッとピアスを乗せた。
 やっぱり当日はこれを付けよう。
 きっと梨華ちゃんも付けてくるだろうから、二人でオソロ。
 何だかちょっと…想像したら、嬉しくなってきちゃった。

 その後もちょっとだけ準備をして、区切りがついたところで、ベッドに潜り込む。
 気になって机の方に目を向けたら、星形ピアスが光ってた。
 それを見たら、自然に笑顔が浮かんでくるよ。
 もうワクワクが止まらなくて、何度か深呼吸をして、無理矢理自分を落ち着かせて、やっと眠りについた。

【チャーミー石川】

「おはようございます〜」
 ほとんどスキップ状態で楽屋に入った。
「…おはよう、石川」
 手帳を覗き込んでた保田さんが、私の勢いにビックリしてる。
 だって、とうとう明日はお泊まり会!

「保田さ〜ん、今日もハッピーですか〜?」
 否が応でもテンションは高くなる訳で。
「……あんたに会うまではね」
 何だか呆れ顔の、そっけないご返事だけど。
「またまた〜。そんなこと言っちゃって!」
 今の私は、最強のポジティブ・モードですから、そんなお言葉にも負けませんよ。

「…ま、あんたにとっては、明日香とつき合うの、プラスになってるみたいだね」
 もちろんです!
「明日香ちゃんは、勇気の女神様ですから!」
「……あんた…言ってて、本当に恥ずかしくない?」
 何でですか〜?
「いや、いいんだけど」
 明日香ちゃん=勇気の女神様って、ピッタリじゃないですか。
「凛としてて、格好良くて、強くて、優しくて、笑顔が可愛くて、それからそれから……」

「もういいから」
 保田さんの意地悪!
 まだまだ、たくさん言いたいことあるのに。
「それはいいから。どこでもラブラブ光線出すの、やめなさい。マネージャーからも注意されたでしょ?」
「何で保田さんが知ってるんですか?」
「サブ・リーダーだから」
 そういうもんですか〜?

「明日香は、あんたのことを一人の女の子として見てくれるだろうけど、周りからしたら、モーニング娘。の一員・石川梨華、なんだから」
「そんなこと、分かってますよ」
 マネージャーさんに言われて、すごい不安になってるんですから。
「分かってないから言ってるんでしょうが!」
 ツンッて人差し指で、おでこをつつかれる。

「とにかく」
 大きなネコさんみたいな目が、私を見つめてた。
「今、ちょっと騒がれ始めてるみたいだから気を付けなさい。分かった?」
「…は〜い」
 まるっきり子ども扱いで、何かヤな感じ〜。
「ハァ〜」
 保田さんが深いため息。

「あんたのために言ってあげてるのに……」
 あ、ヤバ…顔に出ちゃってた?
「ごめんなさい」
「いいよ…もう。だけど、みんなの迷惑になるようなことだけはしないでよ? 明日香も、それが一番困るんだから」
「はい」
 保田さん、ちょっと笑って私の肩をポンッて叩いて行っちゃった。
 いっつも心配ばかりかけちゃってて、本当は感謝してるんです。
 …本当ですよ?

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