; 小説「あすりか」(63)

【焼き銀杏】

 明日はもう当日。
 仕事中も吉澤からの返事が無くて、やきもきしてた。
 帰る頃になっても、まだ連絡がない。
 こっちから電話しようかと思ってたら、やっと掛かってきて……。

『もしもし、私』
 何か馴れ馴れしくないか?
「…もしもし。どうだった?」
『手に入ったよ。え〜と、どうしよっか…私、明日の午後からオフなんだよね。持って行ってあげても良いよ?』
「いや…いいよ」
 はっきり言って、あんたに貸しをつくるのは怖すぎるから。

『いやいや、遠慮しないで。自宅まで持って行ってあげるよ』
 え?!
 家に来るの?
「い…いや、本当に良いよ」
『何でそんなに慌ててるのさ? やだなぁ、変なことしたりしないよ』
 さわやかな笑い声。
 そんなの信用できるかっての。

『信用無いなぁ』
 今までの自分の言動を思い出してみなよ。
『とにかく自宅まで行くからさ。一度、寄ってみたかったんだよね』
「マジで来る気?」
『明日の夜まで、ごっちんは仕事でさぁ、暇なんだよね』
 暇つぶしってことか。

「…本当に変なこと…しない?」
 ちょっと怯えた声になっちゃっても、今までのことがあるから仕方ないよね?
『お望みならしないこともない』
「全っ然、お望みじゃない!」
 電話の向こうで、きっとニンマリ笑ってるんだろうけど、ここはキチッと否定しとかないとね。
『ちぇっ、詰まんないの』
 あのねぇ…そういう問題じゃないでしょうが。

『ま、3時頃になると思うけど、大丈夫でしょ?』
「何とか間に合う…と思う」
 作るのには、そんなに手間取らないと思うし。
『じゃ、そういうことで』
 早っ!
 毎回、勝手に切っちゃう訳ね……。

 まぁ、これで全部揃うんだから、明日の準備は万端。
 それから弟を捕まえて、ベッドとタンスを運ばせて、部屋の模様替えも完了。
「何で、オレが…」
とかブツクサ言う声は無視してと。
 もう一度、部屋の中をグルッと見渡す。
 いいじゃん。
 後は明日、特製お茶のムースを作って待ってればそれで完璧。
 明日が待ち遠しいなぁ。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんに電話したら、
『梨華ちゃん? 明日の準備、もうバッチリだから。楽しみにしててね』
って、すごい意気込み。
 いつもクールな明日香ちゃんらしくないけど…そんな明日香ちゃんもステキ♪

「本当? あ〜早く明日にならないかな〜」
 すっ……ごい楽しみだよ〜。
『それでさぁ、明日は何時頃になりそう?』
 ん〜…撮影次第だけど……。
「7時…くらいかな〜。もしかしたら、もっと早く終わるかもしれないけど……」
 早く終わらせちゃいたいけど、こればっかりは私一人が頑張ってもどうにもならないよね。
『そっかぁ…じゃ、お出迎えの準備して待ってるからね』

 ワクワク。
 お出迎えってどんなだろ?
 も、もしかして……。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……あ・た・し?」
とか言っちゃったりして〜!
「そうだな〜…君にしよう」
なんて、私って大胆!
 キャ〜♪

『もしもしぃ?…お〜い、梨華ちゃん?』
 ……ハッ!
 思わず妄想の世界に入っちゃってた。
「ご…ごめんなさい。ちょっと考えごとしちゃって」
『働き過ぎで疲れちゃってるんじゃないの? よ〜し! 明日はリラックスできるように頑張っちゃうからね』
「本当?! 嬉し〜」
 明日香ちゃんって、本当に優しいね。

『じゃ、今日はお話はこれくらいにしようか』
 明日香ちゃん、気を遣いすぎ〜。
「え〜! まだおしゃべりしたいよ」
『駄目駄目! 今日はしっかり休んで、明日に備えること』
 もう……。

「…は〜い……」
 自分でも、つまらなさそうな声してるなって思う。
 明日香ちゃん、あやすように優しく声を掛けてくれた。
『元気な梨華ちゃんを待ってるからね?』
 そう言われちゃったら、大人しくベッドに向かうしかないよ。
「は〜い!」
 今度は元気なお返事で、二人してクスクス笑いながら、「おやすみなさい」を言った。

【焼き銀杏】

 梨華ちゃんに言った手前、自分も早めに寝て、朝はパッチリ早起き。
 今日はとにかく力が入ってる。
 何せ、仕事も休みをもらっちゃって、あちこち雑巾でふいてピカピカの出来ばえ。

 お母さんの
「あら、珍しい。雪でも降るんじゃないかしら?」
って、皮肉たっぷりの言葉にも、
「たまには掃除の手伝いくらいしないとね」
とか、余裕の返事ができちゃう。

 そんなこんなで昼も過ぎて、最後の買い出しに向かった。
 家を出るときに、ふと、あのおそろのピアスを付ける。
 今日はこれでお出迎えしないとね。
 ニヤニヤしながら買い出しに出発。
 吉澤が三時頃に来るって言ってたから、それまでに帰って来ないとね。
 奥の方から一番新しい牛乳を引っぱり出したり、フルーツを一個一個入念に選んだり、他愛もないけど、何だか充実した時間が過ぎていった。

 気がついたら二時半で、慌てて家へと向かう。
 通り慣れた近道をぬって、どんどん進んでいく。
 その途中には、星空の下で梨華ちゃんと抱き合った、あの公園もある。
 公園を突っ切って行くのが、また近道なんだよね。
 迷わず公園の中へ入っていく。

 ここは住宅地の真ん中だからか、もう少しして学校が終わった子どもたちが遊びに来るまでは、ほとんど人がいないから、無造作に足を運んでいった。
 そしたら、影の中からガサガサッていう音がして、思わずギョッて。
 音のした方を見てみると、丁度、あの夜、二人で横たわってた植え込みの中みたい。
 足音がしないように、ゆっくり近づいたら、どうやら二人の男の人が道路の方を向いて座り込んで、何だか話してた。
 もうどこから見ても怪しさ大爆発な感じだ。
 さらに近づいて、木の陰に隠れて耳をそばだててみる。

「…本当なのかよ?」
 疑いと好奇心のおり混ざったような声。
「大丈夫だって…一昨日から張り込んでるんだからさ。駅からはこの前の道を通るのは間違いないし」
 張り込み?!
 ちょっと覗き込んだら、その男はカメラを手に構えてる。
 それも、安いコンパクトカメラなんかじゃなくて、一眼レフっていうのかな? 高そうなカメラだった。

 まったく…やっと雑誌とかの取材が無くなってきたと思ったのに、今度はカメラ小僧?
 私なんかじゃなくて、もっと撮り甲斐のある可愛い子はいっぱいいるだろうにさ。
 触らぬ神に祟りなし――見つからないように立ち去ろうと思ったんだけど……。

「だけどさぁ…本当に石川が来るのかよ?」
 石川?!
 狙われてるのは梨華ちゃんなの?
 ホントに?
 どうして?
 疑問がいっぱい浮かんできて、私の足はその場に釘付けになった。

【チャーミー石川】

 いよいよだわ!
 明日香ちゃん家でお泊まり会っ♪
 もう朝からドキドキワクワクして待ちきれないよ〜。
 何とか落ち着かなきゃって思って、鏡の前に座る。

 入念にお化粧。
 とは言っても、厚化粧にならないように気をつけながら、丁寧に丁寧に……。
 こうしてると、何だか心が穏やかになるから不思議だよね。
 やっぱりもう一人の「私」になれるから?

 鏡に映る「私」。
 素の「私」より、ちょっとだけ背伸びしてる。
 明日香ちゃんのお眼鏡にかなうかしら?
 鏡に向かって、おすまし顔。
 にらめっこみたい。何だか変なの〜。

 お洋服はもう決めてある。
 前に明日香ちゃんから「可愛いね」って言ってもらったピンクのジャケットと膝丈のスカート。
 後は、おそろの星形ピアスで決まり!
 準備も整って、もう一度、鏡を覗く。

 お化粧……良し。
 お洋服……良し。
 ピアス……良し。
 それから、お土産……良し!
 今朝一番で作った明日香ちゃんの大好きな「大学イモ」。
 もうね〜会心の出来!
 早く明日香ちゃんに食べさせてあげたいよ〜。

 タッパに入れて、バッグの底に大切に隠す。
 もう一つ、これは大きなタッパ。
 あいぼんとツ〜ジ〜用の「大学イモ」。
 明日香ちゃん用のを食べられちゃったら大変だから、これもとっても大事なアイテムよね。
 最後に忘れ物がないか、もう一度確認して、いざ出陣!
 明日香ちゃん、待っててね〜♪

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