; 小説「あすりか」(64)

【焼き銀杏】

 自分で言うのも何だけど、梨華ちゃんのこととなると私は人が変わっちゃう。
 今も、
「だけどさぁ…本当に石川が来るのかよ?」
の一言で「見つからないように逃げる」っていう選択肢が、すっかり頭の中から消えてしまった。
 また梨華ちゃんが傷つけられちゃうっていう予感と恐れへの反発で、怒りがこみ上げてきた。

「オレを信じろって。インターネットで情報を見つけてから、何度かこの辺りをうろついたりしてるんだから」
 インターネット!
 そう言えば、梨華ちゃんがマネージャーに注意されたって言ってたっけ。
 梨華ちゃんに、「大丈夫」なんて簡単に請け負っちゃって、その結果がこれ?
 私の注意力と警戒心って何なんだ。
 自分に対して腹立たしくて……。

「ここを通ったら、それをこれで……」
 構えたカメラのレンズがギラッと光る。
 もうねぇ……後で考えたら無茶なことなんだけど、その時は頭に血が上っちゃってたから。

 何でこんなに激しい怒りにとらわれちゃったのか。
 それだけ梨華ちゃんが大切で、しかも、ここは二人にとって大切な思い出の場所だ。
 今でも、あの夜の降り落ちてくる星たちが目に浮かぶ。
 梨華ちゃんの輝く瞳と一緒に……。
 なのに、コソコソ隠し撮りなんて絶対に許せなかった。

「いい加減にしてよっ!」
 気がついたら木の陰から飛び出してた。
 二人の男は流石にギョッとしたみたい。
「アンタたち、そんなこと卑怯だと思わないの?!」
 噛みつくように続けて叫んでる私を、目を丸くして見つめてた。

【チャーミー石川】

「おはようございま〜す。お土産、持ってきましたよ〜」
 楽屋に入るとすぐに、大きい方のタッパを差し上げた。
「わ〜い!」
 あっと言う間に、あいぼんとツ〜ジ〜に取り上げられちゃった。

「おイモだ〜」
 さっさとふたを開けて、二人で覗き込んでる。
 可愛いな〜。
「でも、食べ過ぎちゃダメだよ? みんなで食べるんだからね?」

「ん〜おいしいよ〜」
「おいしいれす〜」
 ……二人とも、私のお話、聞いてる?
「梨華ちゃん、食べへんの? おいしいで?」
 これ、私が持ってきたんだけど……。

 ため息をついてると、スッと安倍さんが近づいてきた。
「…梨華ちゃんが作ったの?」
「あ、はい!」
 安倍さんは、「ふ〜ん」って感じで一つをつまんで眺めてる。
 今回は大丈夫なはず……なんだけど、あ〜! 緊張するよ〜。

 パクッて一口かじって……。
「…うん」
 私の方をチラッと見て、小さく肯いて離れて行っちゃった。
 その時の安倍さんの優しい目。
 何も言ってくれなかったけど、安倍さん、認めてくれたみたい。
「はあ〜ぁ……」
 良かったよ〜!

【焼き銀杏】

 二人とも私よりずっと大きくて、睨むためには見上げなきゃいけなかったけど、その時は全然怖くなかった。
 ……後になって考えれば、もっと怖がれよ!って感じなんだけどね。
 ともかくその二人は、突然飛び出してきた私を呆然と見つめたまま。
 さっき「…本当なのかよ?」とか言ってた男が、
「……福田明日香だ……」
って一言呟いたきり、言葉を失ってる。
 もう片一方の男は胸の前にカメラを持ってて、それは丁度、私の目の高さにあった。
 私にとってそれは、梨華ちゃんを傷つける存在の象徴。

 バシッ!
 いきなりカメラを持つ手を叩いてやったら、取り落としたカメラが地面に激突してガシャッて派手な音がした。
「あぁっ! 何しやがるんだよ!!」
 慌ててカメラを拾い上げても、もう遅い。
 大体、カメラをホールドする時に、ストラップも使わずにそのまま持ったりすること自体、素人まるだしだっていうの。
 私たちがお世話になったプロのカメラマンは、本当にカメラを大事に取り扱ってたもんだよ。

「ウソだろう?! レンズが…24万もしたんだぞ!」
 そんなこと知るもんかっ!
 割れたレンズを覗き込んで嘆く姿が、余計に腹立たしい。
 あんた達のしようとしてたことは、もっと人を傷つけることなんだぞ!!
 もう怒りが全身を駆けめぐって止めようがない。
 斬りつけるような視線で、ギリギリと男を貫き通していた。

 そしたら突然、カメラ男がキレちゃったみたい。
「こいつ! 許さねぇ!!」
って叫んで飛びかかってくる。
 不思議なことに、そんな状況でも私は冷静に男の動きを見てた。
 いや、ホントはアドレナリン全開なんだけどね。

 肩を掴もうとする手を咄嗟に取って、サッと懐に飛び込む。
 ズシ〜ン!
 こんな時に、「モーニング刑事。」で練習した一本背負いが決まるなんて…私って結構、才能ある?
 自分でも信じられない大技が決まって、そんな変な優越感にひたってたのが間違い。
 それがかえって隙を生んじゃった。

「よくもやりやがったな!」
 もう片方の男に背中から羽交い締めにされて、体格で圧倒的に負けてる私はもうジタバタもがくしかできなかった。
「痛ててて…くっそう」
 投げ飛ばしたカメラ男も腰を押さえながら立ち上がって、私を睨み付ける。
 パシッ!
 私の頬が乾いた音を響かせ、後から痛みがジワジワと広がっていった。

【チャーミー石川】

 最初のお仕事が終わって楽屋で一休みしてると、ごっちんがあいぼん、ツ〜ジ〜と遊んでた。
 あれ? ごっちん、まだいたんだ。
「ごっちん、プッチ組はもうお仕事終わりじゃないの?」
 意外だったから思わず声を掛けちゃった。

「うん。そうなんだけど…よっすぃ〜と待ち合わせ」
 待ち合わせ?
 さっきまで一緒にお仕事してたのに?

 そう言えば、よっすぃ〜の姿はもうないね。
「何か、ちょっと頼まれごとしてるからって」
 そう言うごっちんは、ちょっとつまらなそう。
「そうなんだ〜…」

「でも、すぐに戻ってくるって言ってたから。そしたら、一緒に買い物と食事に行くんだぁ」
 気を取り直したみたいに、ごっちんは言って笑ってる。
「そっか〜…ごっちん、よっすぃ〜って……優しい?」
 上手くいってるのかな〜?
「うん! とっても優しいよ」
 キッパリ言い切るごっちんは、とっても嬉しそうで……。

 私もちょっとホッとしちゃうよ。
 だって、よっすぃ〜とごっちんが上手くいっててくれないと、私たちに被害が及ぶんだから。
 もうあんなこと、絶対にイヤだもんね。
 私は明日香ちゃんだけのもの。明日香ちゃんは私だけのものだから。
「梨華ちゃんも、明日香ちゃんに優しくされてるみたいだね」
 私の表情を見て、ごっちん、ニヤニヤしてる。
「……うん」

 それは良いんだけど……。
 明日香ちゃんのこと、ごっちんに「明日香ちゃん」って言われると、何だかドキッてしちゃう。
 これはその〜…別にジェラシーってわけじゃなくって……やっぱりジェラシーかな〜?
 でもでも、私は明日香ちゃんのこと信じてるから。
 ね? 明日香ちゃん、大丈夫だよね?

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