; 小説「あすりか」(66)

【焼き銀杏】

 無い…無いよ…どうしよぉ……。
 梨華ちゃんと私の星形ピアス。
 二人をつなぐ大切な思い出。
 それをあんな最低の男のせいで無くしちゃうなんて。

 公園に走って戻って、あの植え込みのところを一生懸命に探した。
 男達はもういない。
 その代わりに、どんどん強くなる雨が私の邪魔をする。
 濡れて身体にまとわりつく服とスカート。
 雨粒が額を流れ落ちてきて、目に入って視界を塞ぐ。

 負けるもんか…負けるもんか。
 絶対に見つけ出すんだから。
 でも…無い…無いよ…見つからない。
 地面を這うように動き回って、足や手はもう泥だらけ。
 そんなことはどうでも良かった。
 どこに行っちゃったの?
 お願いだよ…出てきて……。

 ピアスを見つけることが、二人の絆をつなぎとめることになるんだって、そう思った。
 だから…だから絶対に見つけなきゃ!
 なのに…なのに、一体、どこにあるんだよぉ!!
 もう頭の中はパニックで、益々、闇雲に辺りを這いずるだけ。
「あぁ〜もう!!」
 イライラが口をついて出る。

 思わず傍の木を拳でドンと叩いたら……。
 パラパラ、ザ〜ッ!
「わわわっ!」
 葉が溜めてた雨粒が一斉に降ってきた。
 もう身体がふやけるほどに全身びしょびしょ。
「…はあ〜ぁ……」
 力が抜けちゃって、その場にペタンと座り込んじゃった。

 相変わらず雨粒が目にしみる。
 額から目に入って頬を伝う雨粒……何だかしょっぱいや。
 探しても探しても見つからない。
 時間が経つにつれ、絶望感が体中に広がっていく。

 身の震えるような、ううん、本当に手足がガクガクするほど怖かった。
 まるで梨華ちゃん自身を失っちゃうような……。
 「ただのピアス」と割り切るには、あまりにもたくさんの思いが詰まりすぎてた。
 梨華ちゃんの思い。
 私の思い。

 あの夜のことが脳裏に浮かんで、胸を締め付ける。
 今まで、「胸がキュンとする」なんて随分と短絡的な表現だと思ってけど……でも…そうとしか言い表せないもんだね。
 思わずあの夜の星が見えないかと空を見上げて……だけど、今は星の代わりに雨が降り続けるだけ。
 次々に目から雨粒が流れ出すから、顔を伏せた。
 そしたら…それはそこにあった。
 さっき立ってた所から、かなり離れた茂みの下で、それは小さく輝いてた。

【チャーミー石川】

 あれから明日香ちゃんのお母様はお出かけしちゃって、私は明日香ちゃんの部屋に一人。
 模様替えした部屋をあちこち見たり、ベッドに腰掛けて足をブラブラさせたり、窓の外を見たり……。

 つまんな〜い。
 それにしても…一度帰ってきたのに、すぐに出て行っちゃうなんて……。
 本当にどこ行っちゃったんだろ〜、明日香ちゃん?

 トントントンッて階段を下りて、リビングを覗く。
 明かりも点いてないから暗いし、寂しいよ〜。
 明日香ちゃん…何かあったのかな?
 どうしよう……。
 捜しに行きたいけど、この辺りのことよく分からないし……。

 何度も迷って、廊下を行ったり来たり。
「…よしっ!」
 どうしても心配だから、捜しに行かなきゃ。
 私が捜さなきゃ、誰が捜すって言うの?
 やっぱり私しかいないでしょ?!

 決心して玄関に向かう。
 ドアを開いて出て行こうとしたら……急にドアが外から開いて、一緒に引っ張られちゃった。
「キャッ!」
「うわっ!」

 抱き留められて転んだりはしなかったけど……あれ? これは…明日香ちゃん?!
 ビックリしてると、
「大丈夫?…あっ! ごめん。濡れちゃうね」
って、すぐにドアの中に押し込まれた。
 落ち着いてよく見てみたら、明日香ちゃんはずぶ濡れ。
 さっき抱き留めてくれたときも、すごい冷たかったし……。
 一体、どうしたの、明日香ちゃん?!

【焼き銀杏】

 梨華ちゃんを驚かせちゃった。
 今も目をまん丸にして私を見つめてる。

「ごめん…ごめんなさい、梨華ちゃん」
 まず謝らなきゃ。
 もう謝るしかないから。

「…ど…どうしたの?」
「遅くなっちゃってごめん…それと……」
 そこで口ごもる。
 だって…嫌われちゃうかも…でも…言わないと…ね。
 深呼吸を一つ。

「これ……」
 握ってた拳を梨華ちゃんの方へ差し出す。
 ゆっくり開いた掌には、おそろの星形ピアス。
 二人の思い出そのもの……の破片が乗ってる。
「ごめん……壊しちゃった……」

 哀しみがあふれそうで…それなのに、涙は出てこなかった。
 心の真ん中にポッカリ穴が開いちゃって、そこから涙が全部流れ落ちて行く。
 やっと見つけたと思ったのに……駆け寄ってみたら、それは無惨に壊れてた。
 それを掌に乗せて、呆然と見つめてた。
 どれくらいの時間だったのか……。
 雨に降られて冷えていく身体と一緒に、心も冷たく縮んでいった。

「何があったの? ねぇ、明日香ちゃん!」
 必死に問いただす梨華ちゃんに対して、自分でも不思議なくらい淡々と、起こった出来事を順番に説明していく。
「それで…一生懸命探したんだけど…こんなになっちゃってて……ごめん。本当にごめんなさい!」
 ガバッと大きく頭を下げる。
 丁度、梨華ちゃんが拳をキュッて握るのが見えて…叩かれるのかと思った。
 それでも良い。
 二人にとって大事な、本当に大事な物を壊しちゃったんだから。

「明日香ちゃんの…バカ〜!」
 叩かれるんじゃなくて、肩を掴まれた。
 梨華ちゃん、涙を流しながら真っ赤な怒った顔。
 仕方がないよね。
「ごめん…二人の大切な絆なのに…」

 そしたらブンブン首を振って、
「違う…違う違う!」
って叫んだ。
「ピアスなんかより、ずっとず〜っと、明日香ちゃんの方が大切なんだから…なのに…何でそんな危ないことするの?! その上、こんなに冷え切るまで雨の中にいるなんて……」
 ガバッて抱きしめられた。
 温かい……。
「明日香ちゃんが無事なら、それで良いのに……バカ…バカバカバカ〜!」

 本当だ。馬鹿だよ、私は。
 一番分かってたはずなのに。
 可愛い私の女神は、本気で私のことを愛してくれてるってことを。
 だから…こんな壊れた絆でも、こんなに冷え切って穴の開いた心でも、あっと言う間に魔法で直してくれちゃうんだ。
 見る見るうちに心の穴が塞がって、行き場を失った涙があふれ出て、やっと頬を流れ始めた。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんのこと、「バカ」だなんて言っちゃった。
 でも、本当にそう思ったんだもん。
 男の人、それも二人もいるのに飛び出していくなんて。
 もし、よっすぃ〜に助けられなかったら……明日香ちゃんは男達に襲われて……そんなのゾッとする。
 いつもは冷静な明日香ちゃんなのに、どうしてそんなことしちゃったんだろう?

 でも、今はそんなことより……。
「明日香ちゃん、お風呂行こう」
 ずぶ濡れのままじゃ、本当に風邪をひいちゃうよ。手も足も泥だらけだし。
 明日香ちゃんはコクンて肯いたけど無言。
 鼻をグスグスいわせてる。

 あんまりにも明日香ちゃんが頼りなげに見えたから、肩を抱いてバスルームまで連れて行ってあげる。
 お風呂の温度を見て、脱衣所に戻ったら、
「……ありがとう」
って笑顔を浮かべた明日香ちゃんだけど、聞いたことないくらい、か細い声だった。
 よく見たら、膝が震えてる。
 ボタンも一人じゃ外せないみたい。
 胸がギュッて締め付けられる。
 見てられないよ。

 代わりにボタンを外してあげて、服を脱ぐお手伝いをしてあげる。
 伝わってくる体温は、本当に冷たくて……。
 明日香ちゃんは何も言わないで、下着だけになってモジモジ恥ずかしそう。
 今更、明日香ちゃんと私の間で恥ずかしがることもないのにね。
 下着に手を伸ばしたら、
「やぁ…」
 身を引いて逃げようとするけど、そんなのにお構いなく脱がせちゃう。
 それから、さっさと私も裸になって、明日香ちゃんの手を引いて一緒に中に入ったの。

 痛々しい姿に胸の塞がった私。
 そんな状態でも恥ずかしがる明日香ちゃん。
 無言のまま、熱いシャワーで明日香ちゃんを洗ってあげる。
 髪、頬、首筋、手足、背中、お腹……。
 どこも芯から冷たくて、でも、シャワーで次第に温まってくる。

 カタカタカタッ。
 最初は小さな物音。
 次第に大きくなって……。
 気がついたら明日香ちゃん、ブルブル震えてた。

 私、ビックリして。
「明日香ちゃん!? どうしたの?」
 両腕で自分の胸を抱いて、明日香ちゃんは必死に笑おうとしてた。
 でも、大粒の涙がポロポロ落ちてた。
「私…私……怖かった……」
 ポツッてそれだけ言って、震え続けて……。

「うわ〜っ」
って叫ぶように泣き出す明日香ちゃんを、私は、
「大丈夫…もう大丈夫だよ。私がいるから」
って言いながら、ただ抱き締めることしかできなかった。

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