; 小説「あすりか」(67)

【焼き銀杏】

 緊張が解けたって言うか…気が弛んじゃったって言うか。
 冷え切った身体をお湯で温められて、梨華ちゃんに心をほぐされて……。

 気づいたときには、もう震えが止まらなくなってた。
 平手打ちの痛みも、胸をまさぐられるおぞましさも、犯されるっていう恐怖心も、一度に蘇って……。
 後になって赤面するくらい、ワンワン泣いた。

 そんな私を、梨華ちゃんはずっと優しく抱き締めてくれてた。
 心も体も、すべてを包んでくれる。
 痛みも、おぞましさも、恐怖心も、梨華ちゃんの胸に吐き出した。

 どれくらいそうしてたんだろう?
 梨華ちゃんは、ようやく泣きやんでヒクヒクしゃくり上げてる私の手を引いて、湯船に入れてくれた。
 二人で一緒に入ってるお風呂。
 何だかよく分からない安心感に浸かりながら、どうしようもなく眠気に襲われて……。
 ポカポカ、フワフワ。
 いつの間にか意識が無くなってた。

【チャーミー石川】

 私の肩に、頭がスッて乗ってきた。
「明日香ちゃん?」
 顔を覗き込んだときには、明日香ちゃんはもう寝ちゃってた。
 お風呂に浸かりながら寝ちゃうなんて……さっきまで、どれだけ気を張り詰めてたかってことだよね。

 でも、このままじゃお風呂で溺れちゃうよ。
「明日香ちゃん…」
 呼び掛けても、揺すっても起きない。
 …しょうがないですねぇ。

「よいしょ!」
 何とか抱えて立ち上がらせたまでは良かったんだけど……。
 湯船から出すだけでも一苦労。
 あっちを持ったり、こっちを担いだりしてる間に、胸とかお尻とかあそことかが、上になったり下になったりアップになったり。
 目移りしちゃうよ……って、それどころじゃないよね。

 それにしても……。
 そんなアクロバティックな…ある意味、恥ずかしい恰好になっても目が覚めない明日香ちゃん。
 …大丈夫かな?

 とにかく、何とか抱え上げて脱衣所でバスタオルで拭いてあげて。
 そこでハタと気がついた。
 着替えがない。
 部屋で探してきても良いんだけど…その間、脱衣所の床に寝かせたままっていうのは流石に……。

 今この家には二人しかいない訳だし、裸のまま部屋まで担いで行くことにした。
 でも、今度は階段かぁ……。
 ううん。愛しい明日香ちゃんのためだもん。
 梨華、ファイト!

【焼き銀杏】

 温かい……。
 目が覚めて最初にそう思った。
 見覚えのある天井。
 そっか、私のベッドの上だ。

「ん〜…」
 あれ? 耳元で聞こえるこの声は……。
「…あ、明日香ちゃん。起きたんだ」
 横を向くと、微笑む梨華ちゃんのドアップ。
 この展開はもしかして……。
 慌てて確認したら、やっぱり裸のまま布団にくるまってた。梨華ちゃんと一緒に。

 流石に…こういう状況にも、慣れてきたよ。
 全然、び…びっくりなんて、しないね。
「ど…ど…どうして?」
 どもっちゃった……強がっても動揺は隠せないか。

 はい、すいません。
 梨華ちゃんと裸同士で抱き合ってる状況に、ドギマギしちゃいました。
 しょうがないじゃん!
 好きな子と抱き合ってたらドギマギしちゃうって!
 …逆ギレしても仕方ないんだけどね。

「だって〜明日香ちゃんがあんまり可愛い顔で寝てるから〜」
 いや、説明になってませんよ、梨華ちゃん。
「…本当は寝てる明日香ちゃんを着替えさせるのが面倒になっちゃって」
 それは…仕方ないかも。
 でも、梨華ちゃんまで一緒に寝ることは無いんじゃ……。

「だって〜明日香ちゃんがあんまり可愛い顔で寝てるから〜」
 いや、だからそれじゃ説明に……。
「…明日香ちゃんが風邪ひいちゃったら困るから。温かいでしょ?」
 うん。とっても温かいよ。
 温かいけど…恥ずかしいよ。
 だって……む、胸が当たってる。

「…ね〜明日香ちゃん……」
 あの…り、梨華ちゃん…胸を押しつけてこないで。
「折角二人きりなんだから…良いでしょ?」
 良くない! 良くないけど…何故だか言葉が出てこないよ。
 身体も金縛りに掛かったみたいに動かないし。
 ど…どうしよう。

 マゴマゴしてるうちに、ゆっくりと梨華ちゃんの顔が近づいてくる。
 抗う気持ちさえ出てこない。
 自然に目が閉じてきちゃって……。
 チュッて。
 はぁ…梨華ちゃんの唇……プックリ柔らかいよぉ……。

 ガチャッ。
「ただいまぁ」
 お母さんだ!
 玄関から物音と一緒に聞こえてきた声に、ハッ!て現実に引き戻された。
 残念なような…「助かったぁ…」って安堵するような…その両方ともが率直な気持ち。

「ほら、梨華ちゃん、お母さんが帰って来ちゃったから。早く服、着ないと」
「…も〜…」
 金縛りの解けた私は、元気いっぱいに布団から飛び出して、手早く着替え始めた。
 梨華ちゃんは不満そうだけど……そんな顔も可愛いよ♪

【チャーミー石川】

 紅く色づいた明日香ちゃんの肌。
 それを包むように抱き締めて、肌を寄せ合う。
 互いの体温が温かい……。

 最高に気分が盛り上がってたのに……。
 もうちょっと明日香ちゃんを直に感じてたかったな〜。
 でも、ま、いっか。
 明日香ちゃんも元気が出てきたみたいだし。

 私の服もちょっと湿ってたから、明日香ちゃんが着替えを貸してくれた。
 二人そろってリビングへ降りていく。
「お帰り、お母さん」
「お帰りなさい」
 ソファに座って肩をトントンッてしてた明日香ちゃんのお母様。
「ただいま…あら? あんたたち、もう着替えたの?」

 心臓がドキンッて大きく一つ。
 ど…どうしよう。
 怪しまれちゃった?
 流石は明日香ちゃんのお母様。
 鋭く見通す目を持ってるね。

 でも、そこは明日香ちゃん。
 何でも無かったみたいに、
「ちょっと雨に降られちゃったからさ。傘持って出るの忘れてて……先にお風呂入らせてもらっちゃったよ」
スラスラッてそんなことを言ってる。

「馬鹿な子ねぇ。風邪ひいたりしないでよ?」
「分かってる。それよりお母さん、私たち、ご飯まだなんだ」
「まだ食べてなかったの? もう、お客さんを呼んどいて、何やってるの。石川さん、ごめんなさいね」
「い…いえ」
 しっかり者同士の会話にちょっとタジタジッて感じ。

 お母様がお料理を温めてる間に、明日香ちゃんも何かキッチンでゴソゴソやってた。
 私も何かお手伝いをって思ったんだけど……。
「お客様はそこに座ってジッと待ってて」
 明日香ちゃんとお母様の二人から、そう言われちゃった。

 二人ともすぐに戻ってきて、楽しい晩餐。
 お母様のお料理は、まさに家庭の味って感じで、煮物なんて最高においしかった。
 私ももっとお料理の勉強しなきゃ。
 それから最後に出てきたデザートは……。

「ジャジャ〜ン!」
 珍しくハイテンションな登場の仕方で、明日香ちゃんが運んできてくれた。
 小さめのティーカップに入った緑色のムース。
「明日香ちゃんが作ってくれたの?」
「急いで作ったから……」
 明日香ちゃんは恥ずかしそうに言ったけど、嬉しい! 本当に嬉しいよ。

 慎重に一口食べたら……ジワ〜ッてお茶の苦味の上に仄かに甘くて……最高! 最高だよ、明日香ちゃん!!
 拙いながら、絶賛の言葉を贈ったら、
「ホントに?…良かったぁ」
って。
 ほっぺをちょっと朱に染めて、嬉しそうにほほ笑む明日香ちゃん。
 その笑顔。
 それが一番のご馳走だね。
 ありがとう、明日香ちゃん。

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