; 小説「あすりか」(68)

【焼き銀杏】

 お茶のムース。
 本当はもっと余裕をもって作れるはずだったんだけど…それがちょっと心残り。
 でも、梨華ちゃんは喜んでくれたみたいだから、良しとするかな。
 お母さんも交えて、結構、話も盛り上がって楽しい夕食になったし。
 結果オーライ。

「それじゃ、お母さん…私たち、部屋に戻るね」
 お菓子にペットボトルにカップが二つ。
 準備は万端。
「はいはい。あんまり夜更かしするんじゃありませんよ」
「は〜い」

 キッチンで片づけものしてるお母さんに声を掛けてリビングを出たら、梨華ちゃん、すぐに腕を組んできた。
 ちょっと肩をすくめて恥ずかしがってみたり。
 本当は、かなり嬉しいんだけどね。
 階段を上って部屋のドアを開ける。

「ささ。姫、どうぞ♪」
 おどけてそんな風に言ってみる。
 梨華ちゃんも、
「うむ。苦しゅうないぞよ」
なんて笑いを堪えて澄ました顔。

 でも、目の前を梨華ちゃんが通ったとき、目に入ってきちゃった。
 星形ピアス。
 おそろだったピアス。
 胸の奥がキュ〜ッて、また縮みそうになる。
 私のせいで、おそろじゃなくなっちゃった……。

「?…どうしたの、明日香ちゃん?」
 部屋の中で振り返った梨華ちゃんが、不思議そうに見てる。
「…ううん。何でもない」
 無理に笑ってドアを締めたけど……梨華ちゃんの耳元のピアスがキラキラ輝いて…私には眩しすぎた。

【チャーミー石川】

 二人でクッションを抱いて、ベッドにもたれておしゃべり。
 さっきのムースに、私がどれくらい感動したかとか、ちょっと抱きついたりしながら訴える。
 恥ずかしそうに笑ってる明日香ちゃんだけど……何か違う。
 明日香ちゃんも、いろいろお話ししてくれるけど、また元気が無くなっちゃった気がする。
 どうしちゃったんだろう?

 時々、私の目から視線がそれて……。
 すごい気になっちゃうよ。
 でも…そのことに触れられないよ。
 だって、明日香ちゃんが余計に傷つきそうな予感がするんだもん。

 次第に明日香ちゃんは無口になって、私ばっかり話してる。
 明日香ちゃんの視線、今じゃ、何を見てるかはっきり分かるよ。
 私の耳元のピアスと…机の上に置いてある、明日香ちゃんのピアス。
 壊れちゃったピアス。
 明日香ちゃんの目が、すごい寂しそうで、私まで息苦しくなっちゃうよ。

 話が続かなくなって。
 突然、明日香ちゃんがフラッて立ち上がって、机の方へ歩いていく。
 壊れたピアスを手にとって……それを見つめる明日香ちゃんの横顔に、ホロッて涙がこぼれて。
「明日香ちゃん……」
 切なくて…儚げで…哀しくて…そして、綺麗だった。

【焼き銀杏】

 梨華ちゃんと話してても、どうしてもピアスが気になって……。
 キラッて輝くたびに、それに目を留めてしまう。
 今日までは、その輝きは安らぎを与えてくれた。
 なのに今は……。

 美しく輝く梨華ちゃんのピアス。
 机の上で無惨な姿で転がっている私のピアス。
 同じ物のはずなのに、さっきまで同じ輝きを放っていたはずなのに……。
 私のピアスは、くすんで見える。

 自分でも気がつかないうちに、机の前に立ってた。
 壊れたピアスを持って……。
「ど…どうしたの?…明日香ちゃん……」
 梨華ちゃんが、私を見つめて心配そうな顔してる。
 その顔が、揺れて霞んで、流れ落ちた。
「大切なピアスだったのに…大切な場所だったのに…大切な思い出だったのに……汚されちゃったよ…私……」

「そんなことない! 汚されてなんかないよ!!」
 梨華ちゃんが、私の肩を掴んで揺すってる。
「だってぇ……」
 心が萎えて、すべてが終わりのように感じられて……。

「明日香ちゃんが無事で私の隣にいてくれる。それだけで、身の回りのもの、場所、これまでの思い出、全部が愛しいの。大切なまま輝いてるよ」
 私の目を突き通すように真剣な、それでいて優しい梨華ちゃんの眼差し。
「そう教えてくれたの、明日香ちゃんじゃない。汚れてなんかないって」
 もう…もう我慢の限界だった。
「梨華…ちゃん……ふぇ…ふぇ〜ん…」
 梨華ちゃんにしがみつくようにして泣いた。
 泣いて泣いて…梨華ちゃんは、ずっと私の髪を撫でてくれてた。

 思えば、今日は夕方から、ずっと泣いてばっかりだね。
 こんなに泣いたの、何時以来だろう?
 頭の片隅でそんなことを考えながら、それでも今は泣き続けてた。
 梨華ちゃんが柔らかく私を包んでくれてるのが、すごく心地よかったから。

【チャーミー石川】

 お風呂で突然泣き出した明日香ちゃんには驚いたけど、今はそれほどでもなかった。
 だって、もう見るからに明日香ちゃんが傷ついてるのが分かったから。
 ネガティブ全開って感じだったもんね。
 ネガティブのプロである私には一目瞭然だった。
 ……我ながら嫌なプロだな〜。

 そんなことは置いといて……。
 しっかり抱いてあげたら、明日香ちゃん、ずっとずっと泣き続けてた。
 お風呂場でのは恐怖心による涙。
 今の涙は…きっと喪失感による涙だね。

 明日香ちゃんのせいじゃないのに。
 明日香ちゃんが気にすることないのに。
 真面目すぎるんだよ、明日香ちゃんは。
 その間も、壊れたピアスを大事そうに両手で包むように持ってて。

 明日香ちゃん。
 交換したおそろのピアスを本当に大切にしてくれてるのが伝わってきて、私は心の底から嬉しかったよ?
 だから、そんなに悲しまないで。
 悔やんだりしなくても良いんだよ。
 でも…今は気が済むまで泣いても良いから。
 吹っ切れるまで、待っててあげる。

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