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「あ、あそこ」
前を見ると空へ向かって、いく筋もの光を放つ、明るい一角がある。
「公園、かな?」
「ちょっとよっていこうか?」
返事は無いけれど、お互い気持ちが通じたのかもしれない、すでに足はそちらへと向かっていた。
通りをひとつ越えて、街路樹を横切ると、大きな川に出た。
川岸はコンクリートできれいに整備されて、転落防止の手すりが延々と伸びている。
等間隔に設置された照明が、ずっとずうっと向こうまでつづいている。
「こんなところあったんだ・・・」
スタジオからはずいぶん離れたけど、こられない距離ではない。
ここはきっと昼間なら、犬の散歩をする人やウォーキングを楽しむ人たちが
いっぱいいるんだろうな。
ふと明日香をみると、きょろきょろとあたりを見渡している。
「んー、そばに大きな通りがあるし、そこには大きな病院もあるし、ま、ここなら安心かな?」
あ、そっかこんな時間だから危ないよね・・・。抜けてるなぁ私・・・。
私も周りを見てみる。誰もいない・・・。
通りはたまに車が行き交っている。その道をはさんで大きな病院が建っているのが見える。
照明は明るすぎず、暗すぎず、そんな間隔でこの川沿いの公園を照らしている。
遠くのほうに目をこらすと、カップルが寄り添ってベンチにすわっているのが見える。
なるほど、ここは恋人たちの憩いの場でもあるわけだ。
「あ、なっち時間大丈夫?」
言われて腕時計に目を向けると、すでに日付は変わって1時間ちょっと経過していた。
「ん、大丈夫。今日の仕事はお昼からだから。明日香は平気?」
まだ、帰って欲しくないよ。心の中はそういっている。
「平気だよ」
はぁ、よかった・・・。
「この辺は駅もないし、タクシーを捕まえるにもさっきの繁華街まで戻らなきゃいけないみたい・・・」
「あー、今戻るのはまずいね」
うーん、あれだけ騒ぎが大きくなったからねぇ。
「そだねー。もうちょっとここにいよっか?」
私がそう言うと、心なしか、明日香はほんのちょっぴりうれしそうな顔をした。
どうしてかな・・・?ううん、いいよそんなの。
理由なんていい。明日香のうれしそうな顔が見られればそれだけで、いい。
刺すような空気の冷たさが鼻をツーンと刺激する。
空は曇っているけれど、空気は透き通るように透明で、一切の不純物をも含んでいない。
さむいけれど、気持ちいいや。
手すりに寄りかかって川を眺める。
大きな川は沢山の水をたたえて、ゆっくりとそして静かにながれていた。
向こう岸までどのくらいあるんだろう?大きなビルが立ち並んで、色とりどりの光が見える。
それはとても幻想的に見えた。
まるで、ここは異空間みたい・・・。
隣には明日香が同じように川を見つめている。
同じ時に、同じものを見つめる。そんな単純なことがどれほど価値あることか
すばらしいことか、幸せなことか。
「明日香」
「ん?」
「さっきはありがとね」
「いいよ、そんなの」
ちょっぴり照れて笑った。
「でも、明日香はすごいね。かっこよかったよ」
「いやいや、あの場は私が何とかしないとね」
「守ってくれたんだ・・・」
「・・・ということになるのかな?」
本当だったら年上の私が明日香を守ってあげなきゃいけないのにね。
何でそんなにしっかりしてるの?何でそんなに落ち着いてるの?
もう、素敵過ぎるよー!
明日香に見入って目が逸らせなくなる。
あー、ダメダメ。雰囲気変えよう。
「そういえばさー」
「なに?」
「さっきなんで、『ドロボー』って叫んだの?」
「ああ、前にTVでやってたんだ。
痴漢とかに会ったとき『痴漢!』って叫ぶとみんな関わりたくないらしくて
助けてくれないんだって。だけど、『ドロボー』って叫ぶとみんな助けてくれるって」
「・・・あのー、それって、『ドロボー』じゃなくて、『火事だー!』じゃ、ないかい?」
確かそうだったような・・・。みんな好奇心から、火事現場を見るために出てくるって
言ってたきがする。
明日香は、あり?という顔をして
「ま、いーじゃん。みんな助けてくれたから!」
勝ち誇ったようににっこりと笑った。
私はその表情がまるっきり子供のように見えてなんだかかわいくって、おかしくって
思わず笑ってしまった。
「わらうなよぉー」
明日香は口をへの字にまげてぷいっとそっぽを向く。
それがまた・・・おかしかった。
「あはは・・明日香・・・」
「なんだよぉ」
「かわいい」
その言葉に、明日香の顔は一瞬で真っ赤になった。
そのギャップ・・・しっかりしてて・・・だけどかわいくって・・・
ああーもぉー
わかったよ、降参、降参だよ。
好きだよ明日香、大好きだよ!
いえないけれど、心の中をもう、書き換えたりはしないよ!
なんだか急に晴れやかな気分になって、空を見上げる。
「ほぅ・・・」
白い吐息が黒い空へと吸い込まれていく・・・。
冷たい空気を吸い込むと、肺がなんだか締め付けられるような感覚がする。
だけど、それだけじゃないってことわかる・・・。
想いが胸に宿ってる。それが胸を締め付ける。
ほんのちょっぴり苦しいけど・・・
なんだろう、この高揚感。嫌じゃないよ・・・。
「明日香、今日はありがとう」
自分の声がほんのちょっぴり熱を帯びているのがわかる。
「ん?」
「二人で会えて、いっぱい話できて、歌も聞かせてもらえて、楽しかったよ。おもしろかったよ」
「いやいや、こちらこそ・・・」
「ほんとはね、ちょっと不安だったんだ。」
「不安?」
「うん。二人で会おうって言って、断られたらどうしようって・・・」
明日香は意外という表情をした。
「そんなわけないよ。私もなっちと話したかったから」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
よかった・・・。じゃあ、私の気持ち、ちょっぴり知ってもらおうかな?
「あのね」
「うん」
「なんかね、昔はいろいろ話したり、毎日のように顔をあわせてたから、当たり前のように
おもってたんだけど、明日香が娘から脱退して、ずいぶん会わなくなってから
『あ、私たちって仕事だけの間柄だったのかなぁ?』とかおもっちゃって・・・。
いや、あの、なっちは明日香のこと大事な友達だとおもってるからね。」
明日香は黙って私の言うことを聞いている。
ごめん、私、うそついてる。本当は大事な友達なんかじゃない。
それ以上に思っているの・・・。
「大切におもってるのは私だけで、実は明日香は私のこと「もう関係ない人」
とかっておもってたらどうしようって、不安だったんだ」
「・・・・・」
「だけど、『OK』してくれたとき、明日香も私のことを大切かどうかはわかんないけど
「友達」くらいにはおもってくれてるんだって思えて、うれしかったんだ」
私は芸能界という、とにかく「自信」を要求される世界に生きているけど
いつも見失わないように、なくさないように努力しているけど、
明日香・・・明日香にだけは絶対的な自信、もてないんだ。
私は明日香が好き。
だけど、明日香は私のこと友達くらいにしかおもってないだろう。
それでもいい。
だけど、大勢の知人の中の一人とか、もう関係の無い人とかおもわれてたら
どうしよう、なんて、明日香がどうおもってるか知りもしないで不安にばっかりおもってしまうんだ。
好きだから、そう思ってしまうんだろうね?
本当は心のどこかで期待してるのかもしれない。
明日香が私のことを・・・。
・・・・・。
「あのさ」
いきなりの言葉に、びくっとして明日香を見ると、神妙な顔つきをして私を見つめていた。
「私も・・・不安だったんだ。」
「・・・え?」
意外に感じた。明日香が不安に思っていたこと、それもそうだけど、
明日香が内面を語ろうとしていることに。
明日香は私から目線を逸らして、水面に目線を向ける。
「私は・・・」
「うん」
一語一句逃さないよう、明日香の横顔をしっかりと見つめる。
「仕事ばっかりの日々だったけど、その中で得られたみんなとの関係はなによりも、誰よりも
大切だって思ってるよ。それに、なっちは私のこと・・・」
一瞬言いかけた言葉を飲み込んだ。それがわかった。
何を言おうとしたんだろう・・・?
飲み込んだ言葉は決して戻らず、明日香は話し続ける。
「私と仲良くしてくれたし、歌に対する考え方も似てたし
だから、関係ない人なんて思ってないよ。
だけど、私・・・いきなり娘やめちゃったから・・・。みんなに背いて違う道歩き出したから・・・
簡単に会いに行ったり、連絡したりなんてできなかった・・・。」
そう言って、手すりに右腕を乗せて、左手で髪を掻きあげるしぐさ・・・。
伏せ目がちの目線に不安と、寂しさが宿っている。
閉じられた口の端が、ほんの少し上がっているのは、自嘲。
なんて顔するの!
ああ・・・。
・・・抱きしめてあげたい!
そうして、苦しさを拭い去ってあげたい!
でも、出来ない!そうしてしまうと、私は・・・私は・・・。
「うん、そっか・・・。」
私、最低だ。
「好き」って気持ち持ってなかったら、明日香を抱きしめてあげられるのに。
気持ちが抑えられなくなることを恐れて、何もしてあげられないなんて・・・。
最っ低・・・。
「なっちとも、また二人で話したりしたかったけど、なっちは仕事で忙しいだろうし、
やっぱり、私のこと忘れたりしてたらどうしよう・・・って電話できなかったんだ・・・。」
同じように不安だったんだ・・・。いや、私以上に不安だったんだ。
どうしようもない不安と孤独を一人で抱え込んでいたんだ。
私はいたたまれなくって、顔を伏せた。
ごめんね、明日香・・・。
明日香はしっかりしてるわけでも、大人なわけでもない。
自分の弱い心のうちを隠してるだけなんだ。だから大人に見えるだけ。そんな気がする・・・。
突然ひらめきのように、今日の出来事がいきなり頭の中によみがえってきた。
辻、加護、後藤が抱きついてきたとき、さびしそうな顔をした明日香。
私がNEVER FORGETを歌ったとき泣いているように見えた明日香。
「もう少し一緒にいよう」って言ったときうれしそうな顔をした明日香。
明日香は今まで決して心を語ることが無かった。だけど、今日見せた表情・・・。
私をほんのすこしでも、大事に思ってくれてたから・・・?
そっか、だからあんな顔・・・。
言わなきゃ!
今何か言ってあげなきゃ!
私は明日香を好きでいられる資格がなくなっちゃう!
がばっと、顔を上げて明日香をまっすぐと見つめる。
「明日香、あのね!」
いきなりの行動に明日香もびっくりして私と視線がぶつかる。
「さっき、私がなんで泣き出したか、わかる?」
きょとんとして、ううん、と首を振る。
「歌の歌詞が私の心とシンクロしたからだよ
明日香のこと大切に思ってるからだよ
お互い違う道を歩いて離れていっても、どんなに時間が過ぎ去っても
ぜんぜん会わなくなっても」
明日香の目を見つめて、思いを乗せる。
今だけは視線、逸らせない。私の本当の気持ち、感じて!
「忘れたくないの!忘れられないの!
そのくらい、明日香が大切なんだからね!!」
「!」
明日香は瞬きをして、私の目をまじまじと見つめる。まるで現実を確かめるように・・・。
そして、瞳を閉じると
「・・・ありが、とう」
口元を綻ばせて、また私をまっすぐに見つめたその顔−
うわぁ・・・。
もぉ、だめ・・・。
その表情・・・、はん、そく、だ・・・。
どきどきして、息も出来ないくらい。眩暈にも似た感覚が押し寄せて立っているのもやっと。
熱くなる頬を手で押さえて気持ちを静めてみる。
そんな必死の私を明日香は
「おおー、なっちさん、照れてる照れてる」
と、今の顔はなんだったのか?と突っ込みたくなるぐらい正反対の
小悪魔的な顔で見つめた。
なんだよぉー!また、気持ち隠したなぁ!
でも・・・
ほんのちょっぴり、心の中、見せてくれた・・・。
うれしくてうれしくて、どうしようもなかった。
私たちは今、会えずにいた時間が、まるで無かったかのように
あのころと同じように互いの存在を感じているんだ!
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