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あたしは1人でラジオ局に向かっていた。今日はANNの生放送の日だ。
移動車に一人、王様気分を満喫する。

「さて、今日は何のネタを話そうかな…」

頭の中でラジオでのネタを組上げる。辻の体重がいいかな…それともカオリネタの
方がウケるかな…
突然、携帯が着メロを奏でた。液晶画面を確認する、圭ちゃんからだ。
(圭ちゃんが仕事中に電話してくるなんて珍しいな…)
あまり気にせずに通話ボタンを押した。
圭ちゃんの叫び声が飛び込んできた。


『なっちが倒れちゃった!今、救急車が来て連れてった』
「へ……」

一瞬、あたしは圭ちゃんの言葉を理解できなかった。

『だから、なっちが倒れちゃったんだよ! こっちは、もう大騒ぎ!
 救急車が来て、そしてマスコミもなっちを追っていっちゃった』

ようやく圭ちゃんの言葉が理解できた。でも、頭の中はパニック状態だった。

「何、どこの病院なの!」
「場所はね…」
「わかった、今から向かうよ!」
「矢口は生放送があるでしょ、終わってからきて」
「そんな場合じゃ!」
「仕事をほっぽりだして病院に行っても、なっちは喜ばないよ」
「……」


圭ちゃんが言う事は正論だ。でも、それはなっちの病気の事を知らないから。
あれからもう1年経つ。なっちの命の灯火はいつ消えてもおかしくない。
なっちは二度と目を覚まさないかもしれない。
しかしモーニング娘。の矢口真里としては、どんな理由であれ、仕事をさぼる訳
にはいかない。なっちや裕ちゃんが長い時間をかけて築いてきたものを壊す事は
許されない。
…でも、やっぱりなっちの事が心配だ。
このまま目を覚まさないなんて…悪い方へと想像は膨らむ。

「仕事が終わったらすぐに向かうから…圭ちゃん、なっちをお願いね」
「…わかった」


携帯を切った。
あたしは悪い想像を懸命に振り払う。
そうだ、今、あたしがなっちの為にできる事は何かを考えよう。
…明日香だ、明日香を呼べば!
なっちの本意じゃないかもしれない。
でも、明日香がそばにいればなっちは頑張るはずだ。
昔からそうだった。
なっちは明日香が隣にいると持ってる力の何倍のパワーを出していた。

今回だってきっと…

あたしは明日香の携帯に電話をかけた。
…繋がらない、何回もかけたけど繋がらない。
パニックになりながら、ずっと電話をかけていたが、留守番サービスの単調な
声が聞こえてくるだけだった。


「本番5分前です」

スタッフの声がかかる。もう時間はない。
あたしは「なっちが倒れた。圭ちゃんに連絡して」と明日香にメールを送った。
見ててくれるといいんだけど…

前半が終わる。
これからはミニモニ。のコーナーとカオリのコーナーだ。
あたしは急いで圭ちゃんに携帯電話をかけた。

「圭ちゃん、矢口だけど。なっちはどう?」
『ダメ、全然目を覚まさない…どうしよう、矢口…』
「…明日香からメールか電話があった」
『…来ないけどさ…
 それよりも…なっち、大丈夫かな…なっち…』

圭ちゃんはマネージャーからなっちの病気の事を聞いたらしい。
いつもは冷静な圭ちゃんが取り乱して泣きじゃくっていた。
泣きじゃくる圭ちゃんを慰めて電話を切る。

そして、明日香に電話をかける…やはり留守電のままだった。
何度も何度も電話したけど、明日香には繋がらなかった。
ふと、時計を見たら、もうOAまで時間がなかった。

「ハーツ」

あたしは息を大きく吐き出した。
まだ、あたしがやれる事はある。
その後、問題になるだろうし、下手したらあたしのクビが飛ぶかもしれない。
でも親友の為だ、やる!
あたしは覚悟を決めた。
まずは手早く明日香にメールを入れた。


後半の放送が始まる。
あたしは深呼吸をした。
不思議と心が落ち着いた。
(さぁ、いくぞ!)
あたしは出来る限りの大きな声で叫んだ。

「明日香! 聞いてる! なっちが倒れたんだ!
 圭ちゃんに連絡して病院に行ってあげて!」

スタッフが騒然としてる。マネージャーがあたしを止めようとブースに駆け
込んできた。ここで止められるわけにはいかない。この言葉だけでは、明日香
は病院に向かわないと思う。
あたしはマイクを掴んで叫んだ。


「明日香!なっちを救えるのは明日香だけなんだ!
 明日香が卒業してから、ずっと、なっちは明日香が戻って来るのを待ってたんだ!」

マネージャーがあたしをマイクから引き剥がそうとしている。
負けない、これで負けたら全て無意味になる。

「お願い、明日香…病院に行ってあげて…あすか…」


OAのランプが消えて、放送が打ち切られてた。ANN初の放送事故かな…
マネージャーのお説教を聞きながら、あたしは妙に冷静になっていた。
明日香は絶対にあたしの声を聞いていた…なぜだか、そんな気がした。


マネージャーのお説教の後、あたしはなっちのいる病院に向かった。
病室の外の椅子に圭ちゃんが座っていた。圭ちゃんはあたしの姿を確認すると
飛び付いてきた。

「なっちの意識が戻ったよ!」
「マジで?」
「うん、突然、明日香が来て…そして、なっちの手を握って泣き出したんだ。
 何度も、ゴメンね、ゴメンねって。」
「うん」
「そしたら、なっちが目をゆっくりと開けたんだよ…
 『福ちゃん、泣かないで』ってね。そして明日香の手を握ってた」

あたしはなっちの病室に飛び込んで、なっちを抱き締めたかったけど、
後にする事にした。
今は2人っきりにしてあげよう…そう思った。
知らない間に、目から大粒の涙がぽたぽたと滴り落ちていた。


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都心のマンションのベランダ、あたしは風に当たって頭を休める。
部屋の中にはギターやらキーボードやらが散乱している。
さっきまで作曲をしていた。
今度のアルバム用にあと3曲書かなければいけない、あと2日で…
我ながら無茶なスケジュールで引き受けたもんだ…自分を嘲笑する。
街の明かりを見ていると、ふと、半年前の事が思いをよぎる。



あの時、あたしは1人で部屋にいた。
矢口から何度も電話があった事は知っていた。
でも、話す気になれなかった。
キラキラと輝いてる昔の仲間、
腐っていじいじしてる自分。
正直なところ、彼女達とは会いたくも、話したくもなかった。
でも、なぜかあたしはラジオのスイッチを入れていた。
その理由は自分でもわからない。
矢口からの電話が気になった?違う、
自然に手が伸びたとしか思えなかった。
その瞬間、スピーカーから、矢口の叫び声が聴こえた。
不自然なCMが流れ出すまで、あたしは動けなかった。
信じられない位に多くの涙が溢れて泊まらなかった。


そして、なっちについて考えさせられた。
現役時代、いつもなっちはあたしの傍にいた。
あたしがウザがって逃げようとしても着いてきた。
…しつこかった、でも…
あたしがキツい事を言っても、決して怒らなかった。
あたしが落ち込んでいると、すぐに慰めに来てくれた。
あたしの前ではいつも笑顔だった。
…いつも、あたしを可愛がってくれていた
…いつも、あたしを愛してくれていた


あたしは圭ちゃんに電話をかけて、病院へ向かった。
マスコミでごった返していたけど、上手く中へ入る事ができた。
病室へ入ると、ベッドに寝て人工呼吸器を当てられているなっちがいた。
圭ちゃんが教えてくれた。なっちは二度と目を覚まさないかもって事を…
例え目を覚ましても、なっちの命はほんの僅かだって事を…


なっちの姿を見て涙が止まらなかった。
こんなあたしの事を最後まで気にかけて、そして愛してくれたなっち…
そんななっちをあたしは逆恨みしていた、憎んでいた。
なっちの手を握って、あたしは大声で泣いた。
そして謝った。
…今まで冷たくしてた事
…今まで素直になれなかった事

優しい声が聞こえた気がした。
「福ちゃん、泣かないで…
 福ちゃん、泣いちゃだめ…」
なっちがゆっくりと目を開けた。
そして、あたしを見つめた。
その瞳は昔と同じで、とても優しかった。
「なっち、一緒に唄おうね。絶対にね」
命の灯火が消えかけているなっちにこんな約束をしていいのかとも思ったけど、
あたしの口からは自然にそんな言葉が出ていた。
なっちは嬉しそうに微笑んだ。


その後すぐにあたしは復帰の意志をつんくさんに伝えた。
つんくさんは喜んで引き受けてくれた。
そして今、シンガーソングライターとしてのあたしがいる。



少しだけ、瞳が潤んでしまった。
こんなのあたしらしくない、
「よし、やるぞ!」あたしは声を出してギターに向かう。
今、作ってる曲はアルバム用じゃなくて、矢口に贈る曲。
矢口は再来月にソロデビューする事が決まった。
つんくさんに頼んで、カップリング曲を書かせて貰う事になった。
全てを捨てる覚悟であたしを救ってくれた矢口。
ハンパな曲は書けない。
あたしの全ての力を注いで作っている。
ギターを弾きながら、譜面にコードを書き込んでいく。
いい曲が書けそうだ。
サビとAメロBメロは完成した。
一段落ついた。


「食事ができたよー」
緊張感の無い声がキッチンから聞こえてくる。
「わかった、今行くから」
あたしはギターを置いてダイニングキッチンへ向かった。
…今日も味噌汁にアレ入れてるなんて事、ないよなね。




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開けっ放しの窓から風が吹き込んできた。
譜面台にある楽譜がパラパラ音を立てている。
その譜面の上の方には「For Yaguchi  Title Night Highway」と書いてある。
部屋の真ん中のテーブルの上にも一枚、「For Ginnan  Title RADIOの奇蹟」
と書かれた譜面が置いてある。
…その歌詞は赤と青の2色で色分けされていた。



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