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第一話「空の魔物」


『おい、空の魔物さんよ、こっちはこっちで陽動なんてめんどい事やってるんだからよ、絶対にしくじるんじゃねえぞ!!』
恐ろしくドスの利いた低い声を響かせているのは、空軍大尉の秋山雪舟。
彼は揮下、12機の『隼』型を従えて兵庫方面へと消えた。
戦闘機の編隊が飛び去った跡、青く晴れ渡った空に、一機の艦爆が残されていた。
空の魔物と恐れられた、二人のエースを乗せて・・・。

-----西日本領、名古屋上空――
愛機、九九式艦上爆撃機改の金星エンジンは快調な音をたてていた。
翼に墨痕鮮やかに書いてある『御意見無用』の文字が真夏の日差しを反射させている。
その機の操縦桿を握る、東日本帝国軍二等航空兵曹の山本一樹は、
目を皿のようにして、眼下に広がる名古屋要塞を見下ろしていた。


「ひゃあ…ついに西の連中、名古屋を要塞化しちまったよ」
こんなのんきな事を言っているが、実際は嵐の様な対空砲火を浴びている。
よほどのベテランパイロットでもこの弾幕の中を飛び続けるのは不可能だろう。

「おーい、対空砲火はどんなもんだ?」
一樹は、伝声管越しに、後ろの偵察員席にいる相棒の九条翔二飛曹に呼びかけた。
『うむ、今のところ問題無い。だが対空砲火が濃くなっているところを見ると、あと少しらしいな』
「オーケイ! ならこのまま急降下するぞ!」
数秒の後、翔が叫んだ。
『待て、敵迎撃機が三機向かってくる』
そして、恐らく新型戦闘攻撃機の大星六型だ、と付け加えた。
「へえ、俺と死合おうってのか?」
一樹は不敵な笑みを浮かべると、そのまま九九式を急降下させた。
すぐに高度計が逆回転し、機体が悲鳴を上げる。
突入角は六十度。
教科書では急降下爆撃の角度は45度と決められていたが、
そんなことはお構いなしだ。
ぐずぐずしていたらこっちが食われる!


「どーだ、ついてくるか?」
『うむ、三機のうち二機がついてくる』
一樹はその答えに満足したのか、にやり、と笑みを浮かべる。
「なら、山本一樹の地獄のサーカスを見せてやるぜ!!」
『高度1600…1500…1300……1000!』
翔は高度計を読み、報告。
体にかかる強烈なGをものともせず、続いて加速。
『……高度300! そろそろだ』
「オーケイ!」
そこで大きく手前の操縦桿を引き上げる。
『高度…250…150…50…』
九九式は約20まで下がったところで水平飛行に移った。
そのまま防空砲座やトーチカ、建物の隙間を縫うように飛行し続ける。
速度はとっくに250ノットを越えている。
「どーだ? まだついてくるか?」
『うむ…今一機墜落した。もう一機は建物にぶつかって爆発四散。南無』
大星六型のうち一機は、急速な降下に失敗して大地に激突。
もう一機は追跡中にトーチカのひとつにぶつかって四散していた。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、さっさと行きましょかね」
『うむ、このまま直進するのだ』


――名古屋要塞司令部――
司令部には二名の将校がいる。
一人は西日本首都から派遣された男。
大佐の階級章をつけた男が、中佐の階級章をつけた男を睨んでいる。
「大星を二機失ったと?」
「は、残存の一機が追跡中ですが、いかんせん複雑な地形で…」
「一体何のための迎撃戦闘機だ? ん? 大鳥中佐ァ」
大鳥と呼ばれた中佐は、優に自分の二倍は横幅のある大佐の言葉に舌打ちした。
「…すぐに撃墜します故、大佐はお休みになってください」
「ここは安全なんだろうな?」
「はい、それは勿論」
「では私は休む。このような所に来るのは初めてなので疲れたよ、ふふはははは」
そう言い、その肥満体をゆらしながら去っていった。
その姿が見えなくなった後、大鳥は吐き棄てるように言った。
「くそっ、司令部のブタめ! これでは先が思いやられる…!」
そして手元にあったコンソールを思い切り殴りつけた。
強化セラミック製のコンソールが大きく歪み、火花を散らす。
「奴らに第一線で戦っている者の苦しさなど分かるまい…!」
その目をぎらつかせながら、人型戦車の出動を部下に命じた。


『一樹、目標補足。12時の方向、距離3000』
「分かった、このまま低空攻撃をかける!」
高度はわずか30。一歩間違えれば墜落する距離である。
そのまま低空攻撃を仕掛けるのは、あまりにも無謀に見えた。
だが、山本一樹と九条翔と言う空の魔物を乗せた九九式改は、それを可能とする。

『…! 前方に人型三機!』
「見えたっ!!」
その人型戦車はまだこちらに気付いていないようだ。
まさかこんな超低空から攻撃されるとは思っていなかったのだろう。
そのうちの一機がこちらに気付いた。
だがもう遅い。すでにこちらの射程距離だ。
「気づくのが遅いんだよ!!」
一樹はそう叫ぶと、敵が銃を構える前に、機銃の発射杷柄を引いた。
機首に付いている2門の12.7mmが火を吹き、曳光弾が下界の敵人型戦車に吸い込まれていく。
最前の機体が無防備な横っ腹に直撃を食らって火を噴いた。
直後、爆発。
爆風にあおられ、もう一機が転倒。
戦闘不可能と判断したのか、倒れた機体からパイロットが脱出した。
そして最後の一機も12.7mmの集中砲火を浴びて蜂の巣となった。
恐るべき命中精度であった。
再び爆風に一瞬視界を奪われるが、高度と速度は変わらない。
そのまま疾風の如く猛進する。


そして目標の弾薬庫を発見するまでに12秒。
『距離…800…700…600…』
目の前に細長く林立した弾薬庫が迫ってくる。
一撃離脱!
『…400…300!殺るのだ!!』
翔の距離読みが終了し、いつもの掛け声が聞こえてきた。
「沈めッ!!」
一樹の裂帛の気合と共に、25番(250キロ通常爆弾)が投下された。
九九式改が弾薬庫の隙間を縫って上昇した時、25番が、弾薬庫の外壁を突き破って中に侵入した。
弾薬庫で爆発した250キロもの爆薬は、次々と誘爆を引き起こし、大輪の花を咲かす。
その華は周りに林立している弾薬庫を巻き込み、さらに大きな華となる。
誘爆は誘爆を産み、名古屋要塞を吹き飛ばすような勢いで広がっていった。
「イィィィィ……ヒャッホォォォォォォィ!!」
『うむ、完璧な仕事なのだ』
操縦席で小躍りする一樹と、腕を組み、ただ頷く翔。
もはや撃ち上げられる対空砲はない。
彼らを乗せた機は、高度6000まで上昇した後、悠々と背面飛行で名古屋の空から消えていった。
翼に描かれた『御意見無用』の文字をきらめかせながら…。
その翼下には、火の海と化しつつある名古屋要塞の姿があった。


「こちら山本二等航空兵曹! 作戦は成功せり! これより帰還する!」
そう告げると、伝声管に向かって大声で叫んだ。
「帰ったら祝杯だな!」
『我輩は飲まんぞ』
「つれないこと言うねぇ」
そう言って背面飛行から通常飛行に戻した。

そのとき、一樹はふとある事に気付いた。
「……なあ翔、非常に言いにくい事なんだが…」
何故か声がひくついている。
『…? どうした?』
「この問題は、弾薬(たま)切れや通信機の故障と同じように、冷静に、冷静に対処する必要があるかも知れん」
やけに『冷静に』の部分を強調する一樹。
『む?』
「どれだけ絶望的だろうが望み薄だろうが、絶対にパニック状態にはなってはいかん、それこそ破滅への一本道だ」
『…何が言いたいのだ?』
「つまるところ早い話が…ガス欠だ」
数瞬の沈黙。
『で、あとどれぐらい持つのだ?』
翔が辛うじて声を出す。

「んー…限りなくゼロに近い」
『……ま、頑張れ』
「んな無責任なぁぁぁぁぁ!!」
このやり取りが繋ぎっぱなしの無線に入っていた事は、言うまでもない。


――横須賀航空基地――
「…とか言ってますけど、救助艇とか出しときます?」
「ほっとけ、あいつらなら生きて帰ってくるだろ」
「ま、そーですね」
こんな無慈悲なやり取りがあった事は、想像に難くない。


一方、名古屋要塞では。
「なんという事だ…」
大鳥中佐は次々と運ばれてくる悲報を受け、机に突っ伏していた。
爆発による被害は思ったよりも多く、いまだ火災が収まらない地域もある。
たった一機の艦爆によって、実に名古屋要塞の約30パーセントが焼失したのである。
それもことのほか軍事施設の被害は甚大だった。
弾薬庫、武器庫はほぼ全滅。
全30ある格納庫のうち、満足に使えるのはたった8基だけという有様であった。
兵員、装備の消失なども併せれば、それこそ目のくらむような損害が報告されるに違いない。
だが、不幸中の幸いと言うか、発電区画や一般人の居住施設等は全くといっていいほど被害を受けていなかったため、大規模な混乱は発生していなかった。
さらに、これは大鳥中佐にとっての幸運なのだが、あのデブい大佐は、自室で食事中、飛んで来たマンホールの蓋で頭部を強打し、意識不明の重態で首都に送り返されたとか。
世の中何が起こるかわからないから恐い。

送られてくる報告が一段落した大鳥中佐は、ふう、とため息をついた。
「なににせよ、これで粛清か…良くても降格、左遷は間違いないな…」
そして彼は思いを馳せる。
自らの預かる、この名古屋要塞にたった一機で飛び込み、これだけの被害をもたらしたパイロット達に。
そのパイロット達が、ガス欠でピーピー言っているとは(特に一樹)、夢にも思わない大鳥秀久、27歳の夏の日であった。


その数日後、大鳥中佐は後方に更迭され、名古屋要塞は設計見直しが決まったという。
そして彼ら、山本一樹と九条翔は、気合と根性と努力の賜物(全てが一樹のであるが)で、見事横須賀航空基地に帰り着いた。
見事帰り着いた彼の第一声は、「一ヶ月の休暇をくれ…」だったそうな。
それに対し司令官は、「阿呆、給料分は働け」の一言で一蹴したとかなんとか。
かくも世は無情也。



続く。

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