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第二話「魂、散るとき」
「…そろそろおいでになるな…」
声の主、河島久光大尉は砲隊鏡を覗きながら、独り言とも取れる声で呟いた。
彼の乗る戦車(一式中戦車)は、射撃用掩体壕に身を潜め、
まもなく始まるであろう戦闘に備えていた。
激戦をくぐり抜いてきた為か、転輪はいたる所穴だらけになっており、
車体にも無数のクラックが走っている。
車体後部の装甲板をとめるリベットも幾つか跳んでいるようだ。
しかし砲塔脇の撃破マークを表す二つ半の「正」の文字は、
誇らしげにその存在を主張しており、この戦車の主の非凡さを物語っていた。
「大尉、10時の方向に何かいます」
照準眼鏡で周囲を監視していた部下が、河島に報告した。
河島は砲隊鏡をその方向へまわし、レンズの中に目標を探した。
すると人の頭らしきものが、木の枝や葉の間に見え隠れしているのが見えた。
「敵の斥候か……もうしばらく待て、じき本隊が来る。そいつを殺る」
河島は落ち着き払った声で部下にそう言うと、
周りに聞こえないように小さく溜息をついた。
(全く、ロクな事が無い……)
約一週間前、彼の所属している部隊は名古屋要塞から出撃した。
目的は岐阜攻略戦のための前線基地を築く事だった。
彼の部隊は快速を持って鳴らした高機動部隊であり、敵勢力の中に、侵攻の橋頭堡を確保する事に成功した。
その時は、まだ旅団規模を有していた。
ところが空を駆ける悪魔…「御意見無用」の艦爆が名古屋要塞の攻撃に成功した事で、彼らの作戦は完全に頓挫した。
名古屋要塞がその戦闘力の6割を失い、先に出撃した彼らの部隊への掩護が不可能となったからである。
武器弾薬、戦闘部隊は無論のこと、医療品、食料などの補給も途絶えた。
元々、この機動旅団はその機動力を有するため、ごく僅かの物資しか持ってきていなかった。
それが仇となった形になる。
名古屋司令、大鳥中佐が更迭される直前に送った命令は、
「できる限り損害を抑えて、大至急自軍勢力圏内へ撤退せよ」
被害を受けずに退却するのは奇跡に近かった。
彼らはすぐに兵をまとめると、自軍勢力圏内へ撤退を開始した。
だが、日本帝國軍・岐阜駐屯兵団以下、関東からの大部隊が四方から攻撃をかけてきたため、前面的な敗退を余儀なくさせられた。
苦しい撤退戦を強いられたこの部隊は、
西日本陸軍内では数少ない精鋭戦車とその乗員を乗せたまま、一輛また一輛と姿を消していった。
命からがら滋賀と岐阜の県境に着くと待っていたのは、伊豆沖から発進した空母艦載機群による徹底した空爆だった。
有力な対空火器を持たない戦車隊はただ逃げ回るしか打つ手は無かった。
名古屋要塞が先の襲撃(名古屋奇襲戦)で致命的な打撃を受けただけでなく、
基地航空隊も壊滅していたので、エアカバーの無い戦車が、
西軍・滋賀の大津基地からの航空掩護のおかげで、空からの災厄を逃れた時には部隊は連隊規模にまで減少していた。
そしてやっとの思いで撤退位置に展開している途中で、敵の有力な機甲部隊と、まともにぶつかったのである。
(せめてこいつが人型戦車ならなあ…)
河島は砲隊鏡の中に、次々と現れる敵の装甲車輛を値踏みしながら、
二日前の敵機甲部隊との大規模な遭遇戦を思い出していた。
質・量ともに勝る敵新型戦車の砲撃により沈黙する味方。
反撃も空しく敵新型戦車の前面装甲で、弾き返される徹甲弾。
戦闘開始より一時間後には、連隊の損害は70%を超えていた。
しかしそんな中、彼の一式と彼の率いる小隊は地形を活かしながら
果敢にも敵に接近戦を挑み、至近距離から47mm徹甲弾を敵戦車の側面や後部に叩き込んだ。
そして戦闘が終わる頃には、彼の一式だけで、
九九式中戦車3輛・九九式自走砲4輛・九九式自走噴進砲1輛を撃破するという破格の戦果を挙げていたが、
その見返りとして小隊は彼の戦車を除いて全滅し、連隊の残存兵力は一式4輛と九七式改3輛まで減少した。
この戦いで旅団指揮官以下、主だった将校は全員戦死し、生き残っている中で最も階級の高い河島が指揮を取る事になった。
名古屋を出撃したときは堂々とした戦車旅団だったのが、もう二個小隊も組めない程にまで減っていたのである。
そこで彼らは覚悟を決めた。
この戦力では名古屋まで帰還する事は到底不可能だ。
背後からの追撃部隊に駆逐されるのがオチだろう・・・。
ならば回収部隊が到着するまで、ゲリラ戦を仕掛けてやろう、
というものだった。
その後、部隊は転進(後退)・待ち伏せを繰り返し、
味方の『九七式改』2輛と引き換えに、
敵部隊の『九九式中戦車』8輛・『九九式自走噴進砲』3輛を撃破する事に成功した。
そして今日も即席の射撃用掩体壕をこしらえて、
その中に一式を突っ込み、敵追撃部隊の来襲を待ち構えていたのだ。
戦車の上の偽装網には巧妙に木の葉や草などが掛けられており、
遠目では判り難くなっている。
その証拠に敵の斥候は、
こちらに気付かずに前を素通りしていった。
後続の装甲車や軽戦車も同じ様に、それに続いて行く。
どの車輛もこちらに側面を見せており、河島は何度も撃ちたい衝動に駆られたが、必死にこれを抑え敵本隊が通るのを待った。
額や首筋から汗が出てくる。
自分でも緊張しているのが判った。
汗のせいでこころなしか砲隊鏡が曇っている様に見えたので、
保護レンズを拭こうと胸ポケットからハンカチを取り出した。
……と、その時ポケットにしまっておいた一枚の写真が、宙に舞い足元に落ちた。
彼はそれを拾うと戦場では不釣合いな笑みを浮かべて、愛しげにその写真を見た。
セピア色の写真には、彼と、彼の妹と、幼なじみであり彼の部下だった男が写っている。
(……はるか……勝意……)
彼は心の中で写真に写っている二人の名を呼んだ。
真ん中に彼の妹の河島はるかが、はにかみながら座っている。
そして左右に彼と、新宮寺勝意が写っていた。
(奴の昇進祝いと、はるかの誕生日祝いの時の写真か…)
その新宮寺勝意は、この撤退戦の中、部隊とはぐれて行方不明扱いとなっている。
はるかは元気にしているだろうか。
風邪などひいてないだろうか。
今年の風邪はタチが悪いというし、あいつはもともと無理をする傾向があるからな。
無理をして結核にならなければ良いが…。
彼は妹を気遣った。
勝意の奴は……奴の事だ、平然と生きているに違いない…。
彼は苦笑し写真を胸ポケットの奥にしまった。
(奴の様なプロの戦車屋がいれば、ここまでひどくは殺られずに済んだ…)
彼は、愚痴と判りつつ新宮寺勝意の事を考えた。
しかし、その思考も部下の声により中断させられた。
「敵の本隊らしきもの接近中!」
河島は急いで砲隊鏡を覗くと、大声を張り上げた。
「発動機始動!」
操縦手がスターターボタンを押すと、240馬力の統制百式空冷エンジンが唸りを上げた。
その音で敵もこちらの気配に気付いたらしく、
歩兵が頭をキョロキョロと振り、敵戦車の砲塔がゆっくりと旋回するのが見える。
しかし正確な位置はまだ判っていないようだ。
「砲手、射撃用意! 目標、12時のデカ(九九式中戦車)! 距離150!」
徹甲榴弾はすでに装填してある。
砲手はわずかに砲塔旋回ハンドルと俯仰ハンドルを回すと、
「照準よし!」と復唱した。
「撃て!!」
気合いのはいった彼の号令とともに、47mm高初速砲が火を吹いた。
砲弾はコンマ2秒間飛翔すると、狙いたがわず九九式中戦車の車体側面に命中した。
そしてそれは弾頭のカバーを外すと、硬く重い弾芯で装甲を突き破り、
装填手の体を真っ二つにしてから炸裂し、その付近にあった砲弾を一斉に誘爆させた。
爆圧で砲塔が車体から千切れ飛び、脇を歩いていた歩兵の上に落下し、
下敷きなった歩兵は短い絶叫を放ちそのまま動かなくなった。
「続いて後続のデカ! 弾種同じ、距離170!」 河島の指示が飛ぶ。
敵が側面を向いている今の内が勝負だ。
正面を向かれたら恐らくこの距離でも貫通は難しいだろう。
「照準よし!」
「今だ! 撃て!!」
再び高初速砲が徹甲榴弾を弾き出し装甲車を松明に変える。
味方の戦車も善戦しているらしく、砲隊鏡の中で燃えている敵の装甲車輛は7輛を数えた。
「操縦手! 全速後進!」
彼は怒鳴りながら、後部機銃の銃眼から後方を確認した。
同じ場所で3発以上撃つと確実に殺られる。
それは待ち伏せ(アンブッシュ)戦闘での鉄則だった。
隣の壕に布陣していた九七式改が勢いに任せて4発目を撃とうとした瞬間、
九九式中戦車の放った砲弾が砲塔前面を捉えた。
76mmM61徹甲弾は、九七式改で一番厚い装甲を易々と貫通し、
砲塔内部の乗員をミンチに変えながら後部機銃を破壊し、
さらに後部装甲をも貫通し20メートル後方の立ち木で炸裂した。
九七式改は爆発こそしなかったが、沈黙したまま動かなかった。
九七式改を撃破した九九式中戦車は、砲塔を旋回させ、新たな獲物を探している。
(言わんこっちゃない…あれじゃ助からん)
河島はチッと舌打ちすると、新たな指示を部下に与えた。
「砲手! 目標、正面のデカ! 弾種、徹甲! 距離250!」
一式の砲手は装填手も兼ねているので、必然的に発射速度は遅くなるが、
彼の部下はそれを感じさせない程素早く、慣れた手付きで徹甲弾を砲弾架から取り出し、拳で閉鎖機へ押し込んだ。
自動的に鎖栓がしまる。
「装填完了!」
「停止!」
間髪入れずバックで走っていた一式が、急停止した。
砲塔が旋回し、先ほど九七式改を屠った敵戦車に向く。
「照準よし!」
奴は正面をこちらに向けているが今更側面に回り込む余裕は無い。
そのため徹甲榴弾ではなく少しでも貫通能力の高い徹甲弾にしたのだ。
「撃て!!」
発砲音が車内に反響する。
徹甲弾は九九式中戦車の車体前部の7.62mm機銃を粉砕し、
機銃手の頭を吹き飛ばした後、車内をバラバラになりながら跳ね回った。
九七式改同様、九九式中戦車も沈黙した。
「…殺ったのか…?」
河島は、注意深く砲隊鏡でそれを観察した後、周囲を見渡した。
そこには敵・味方合わせて十数輛の戦車が煙を吐いていた。
敵も後退を始めたのか、視界内で動いているものは何も無かった…。
いや、草陰でうごめくモノがあったが、彼は敵戦車を警戒するあまり、それを見落としてしまった。
(ざっと一個中隊は潰したな…。いかん、一式が殺られてる…味方はこいつを入れて3輛か…)
河島は少し考えると部下に指示を出した。
「無線手!残った一式に集合を掛けろ!」
(視界が悪い内にズラかるとするか…)
周囲の視界は炎上する戦車の煙のせいで50メートルもなかった。
その中を河島の命令を受け、2輛の一式が左右から近づいてくる。
そして次の指令を出そうそした時、突然、左側の一式が爆発した。
「何だと!? 敵は後退したんじゃなかったのか!?」
不覚にも大声を出していた。
彼は反射的に敵戦車を探したが、視界が悪く確認できない。
しかし、今度は草陰でうごめくものを発見した。
と、同時にそれが今、一式を殺った奴だと悟った。
「ひ…人型戦車…」
後部座席の機銃手が押し殺したような声を出した。
河島は、こちらに向けている武器に見覚えがあった。
(まずい! バズーカを持ってやがる!! 装甲の薄い一式じゃあカモにされる!)
バズーカとは、成形炸薬弾頭の砲弾を速射弾道で発射できる、歩兵携帯式の対戦車兵器である。
西日本も友邦イギリスの戦車技術を元に、熊本重工で開発を進めているが実用化には至っていない。
精々、曲射弾道の重擲弾筒に使う<タ弾>がある程度だ。
だが、東日本にはナチス・ドイツの、パンツァーファウスト<装甲鉄拳>が譲渡されたと聞いた。
恐らくそれを元にして大型化に成功したのだろう。
当然、歩兵のバズーカとは比べ物にならない破壊力を持っているに違いない。
歩兵が使うバズーカですら九七式改の装甲を貫通する事が出来る。
約7メートルある人型戦車がバズーカを使えば…?
瞬時に背筋が凍りついた。
そして、人型戦車の放ったバズーカ弾頭が、視界を埋め尽くした。
朦朧とした意識の中、東日本の戦車兵の声が聞こえてくる。
「…で、……逃がしたようだが、……だな」
(・・・逃がした、だと・・・?)
だが、朦朧とした頭ではそれ以上は考えられなかった。
(ザマぁねえな…)
河島は車内の惨状を見渡した。
車体にはバズーカの貫通孔があいており、その近くには体をバラバラにされた部下達の姿があった。
あのバズーカには、実装されていなかった。
恐らく、装甲車両に対する貫通力をテストするために派遣されてきた部隊だったのだろう。
そんなことを考えていた彼の耳に、はっきりと声が聞こえてきた。
「ダメだ、やはり大型化は無理がある。砲身への負担が大きすぎるな」
「一発でバラバラになる兵器なんて、贅沢すぎますからね…」
その言葉は痛覚から来る幻聴なのか、現実にそう言っているのか分からなかったが、彼は口を歪めて笑った。
(…へへ…あれが量産化されるのはまだまだ先みたいだな…)
河島は部下のほうを見ると、震える手で合掌した。
(待ってろよ…俺もすぐにそっちへ行くからな…)
そこまで思った時、口から血が溢れた。
意識はあるものの、体の状態は絶望的だった。
ショックの為かあまり痛みは感じなかったが、両足は大腿部から先が無く、胸部から腹部にかけて裂傷を負っており、血が止めども無く溢れていた。
彼は残された時間に、昔の事を思い出していた。
名古屋での楽しい出来事…愉快な仲間達…可愛い妹…みんないい想い出だった。
苦い想い出もあった。
彼女にフラレた事…。
柔道の大会で優勝出来なかった事…。
(それに…まだ勝意と決着もつけてなかったしな…)
東軍兵の声が近づいてきた。
河島は手を伸ばし、脇に設置してあった予備ケースの中から手榴弾を取り出した。
その手榴弾も、流れ出る血で紅く染まってゆく。
(…勝意…)
外の声が止まり、東軍兵が戦車をよじ登る音が聞こえてきた。
(…靖国で…待ってるぜ…)
かろうじて繋ぎ留めていた意識が薄れがちになってきた。
(最期くらい…陸軍大尉としての…意地は…見せ…なきゃ……な………)
やがて、天蓋が開く音が聞こえ、外からの眩いばかりの光が車内を包み込んだ。
彼は気力を振り絞り、そして叫んだ。
「西日本連合万歳ッ!!」
残っている力を指先に集め、手榴弾のピンを抜いた。
直後、東日本軍の技術将校とその開発重要書類を道連れに、彼と、彼の戦車は火球と化した。
その二日後、西日本の回収部隊が到着した時には、
全てが終わった後だった…。
続く。
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