光陰、矢の如し
Do you know DIZZY MIZZ LIZZY?
ニューアルバムが出るのを5年待った。待ちわびた、というべきか。そんな日々に終わりを告げたのは一枚のアルバムとの衝撃的な出会いだった。ショック、といったほうが正しいかもしれない。それはある意味僕にとっては訃報だったのだから。
そのニュースはカーラジオから、まったく突然に、しかも何の心の準備もないところにやってきた。「あのティム・クリステンセンが沈黙を破ってソロプロジェクト始動!」とそのニュースは語られていた。彼の新曲らしい楽曲をバックにながしながら。それは待ち望んでいたティムの音であると同時に、待ちわびていたバンドの死、つまり解散を何よりも雄弁に物語っていたのだった。
そのバンドは、名前を
DIZZY MIZZ LIZZY (以下D.M.L)という。デンマーク出身の3人編成のロックバンドだ。ティムはギターとヴォーカル、そしてソングライトも手掛ける、バンドのフロントマンだったのだ。バンドの名前からもThe BEATLES の影響を強く受けている事が判る(Dizzy miss Lizzy、という楽曲がある。)その楽曲は、聴くものを虜にする不思議なメロディと抜群の演奏力を持っていた。実際日本でも何度かライブをやっているが、残念ながら見に行く機会に恵まれなかったのが悔やまれる。ポール・マッカートニーの前座での演奏がライブ盤としてリリースされているのだが、まず驚かされるのがアルバム曲の再現性の高さである。というのも彼等のアルバムを聴いてみると、とても3人で演奏しているとは信じがたい程の音の厚さなのである。これを完璧に、しかも情熱的にライブという場で演奏しきるその演奏力は凄い。20歳の3人組。これからどんなバンドになってゆくのだろう、と期待に胸膨らませての5年間だった。ところが、である。聴く所によるとなんともう解散から5年の年月が流れている、というのだ。つまり僕が手にした
2枚目のアルバムが完成した後に解散していた、という事だ。奇跡的な3人の出会い、しかしその時間は一瞬にして過ぎ去っていったのだ。光陰、矢の如し。彼等に出会えた奇跡に感謝しながら解説してみようか。リーダーのティムは、ジョン・レノンを深く敬愛していた様だ。というのも彼は個人を偲んで、アルバム「
ROTATOR」(1996)の中で「11:07 PM」という曲を書いている。それは12月のあの夜、ジョンが天に召された時刻、である。D.M.Lの楽曲は緩急自在、不思議なメロディラインと印象的なリフで、ロックを嗜む者達を次々に虜にした。そんな彼等の代表曲「Glory」はラジオで度々ON AIRされ、デビュー盤は日本でも60万枚突破のヒットを記録した。(洋楽でこの数字は驚異的、といえる。)2枚のアルバムと日本でのライブが収録されているライブ盤一枚を遺して解散してしまったバンドだが、僕の中に残ったものは計り知れない。ロックってカッコイイ。そう再認識させられたバンドだった。
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