003 大丈夫か? 「……大丈夫か?」 ローブで顔と体を隠したそいつは、嘲笑を含んだ台詞を俺に投げかけた。うるせえよ、まったく。 「舌打ちするだけの力があれば、まだ大丈夫というものか。やれやれ、なかなかしぶとい」 何がしぶといだよ。こっちは傷と疲労でボロボロなのに、そっちは掠り傷一つなく涼しい顔。腹が立つ。 いやしかし、考えても見れば当然の結果か。こいつは業界じゃ知らない奴はいない「死神紳士」、それに挑めばこんな結果になるのは少し考えれば当たり前のことだ。 だが、俺は挑まないわけにいかなかった。絶対にこいつに挑まなくちゃいけないんだ。 「そうまでして、私の持つ情報と物資が欲しいのかい?」 「ああ欲しいね。でないと、こんな馬鹿丸出しの行為をしている意味がない」 「馬鹿な行為ということは自覚しているか。思い上がっている愚か者よりはマシだね」 戦場にそぐわない軽い笑い声を上げながら奴はステッキを弄ぶ。俺は無謀を承知で双剣を逆手に握って突っ込んだ。 だが予想通り、あいつはあっさりと俺のフェイントも交えた攻撃をいなし、勢いをつけた高速の一振りで俺を野球玉のように軽々吹っ飛ばした。 「つっ……くそっ」 「満身創痍、けれど戦意は尚も激しく燃え上がる。いやはや、君はいい」 何がいいんだ。お前が出した条件「一撃与えれば良し」を、半日かかっても満たせていない、そんな俺の何がいい。 「驕りやプライドではない。大切な何かを背負い、無謀を承知で強敵に挑むその姿勢と精神。なかなかお目にかかれるものではないからね」 成る程、異名通りの振る舞いだ。戦いに闘争じゃない、他の何かに目を向けそれを楽しむ。 戦闘狂と似ているようで違った思考、そしてそれを行なえるだけの力。何度も思う「伊達じゃない」と。 「しかし、そろそろ限界じゃないかな?大丈夫か?私に一撃見舞っても、その後にこの世を離れてしまっては意味がない」 「うるせぇよ」 図星だが、それにおめおめ肯定する必要はない。こいつの言うことの全ては的中しているんだから、態々肯定してあいつを楽しませてやる義理はない。 兎も角、次が最後の攻撃になる。だからこそ全部の力を込めてやる。そんで倒れない。 欲張りだって笑うがいいさ。それを通さなきゃ、こいつに勝っても意味がない。 「いくぞ……万薬師」 今まで少しも変わらなかった口元の微笑が、僅かに崩れた。多分、驚いたんだろう。 「……その名で私を呼ぶとは。君、何者かな?」 「なんてことない、一介の魔剣士だよ。大切な奴を助けるために、調べに調べてあんたに辿り着いただけのな」 「成る程……ならばその一撃、私もそれ相応に迎えてあげなくては、無粋の極みというもの」 万薬師は杖を剣に見立てて、ゆっくりと正眼に構えた。 俺には見える。たたでさえ頑丈で魔力密度の高い杖を、更に鋭い魔力が覆っている事を。 まともに喰らえば真っ二つ。俺の選択肢は生きるか死ぬかの二択だけになった。だけど選ぶ方は決まってる。 「エリクシルに、その精製法……絶対、渡してもらう!」 絶対に手に入れて帰るんだ。あいつが待ってるから。 「……ふふふ……あーははは!面白い!神の水と呼ばれる秘薬に対しその貪欲さ!実にいい!さあ来なさい!」 俺は両手の剣にありったけの魔力を込めた。ただの作戦も何もない突進。だけどこれが、今の俺に出来る最強の一撃。 「うおぉぉおぉおおぁああぁあぁあああああ!!」 万薬師は避けずに、俺の突撃を真正面から迎え撃ってきた。一刀両断じゃなく鍔迫り合いのような状態になっているのは、本当に運がよかった。 「いい!実にいい!この高揚感、本当に久しいものだ!!」 奴の魔力密度が上がった。畜生、底なしかよ!だが、俺にはもう込められるだけの魔力なんてない。 だけど俺は込めた、我武者羅に力を込めた。集中も安定もない。ただ、こいつに一発当てられればそれでいいんだ! 「……っ!これは――――!!」 魔力同士の過剰なぶつかり合い。それが引き起こしたのはシンプルな大爆発だった。 「……大丈夫か?」 あの爆発からどれくらい時間が経っただろう。聞こえたのは、あのムカつく紳士ぶった声だった。 「君の最後の一撃、あれは素晴らしかった。私の求めた「純粋たる生命」を垣間見た気がしたよ。これで私はまた一歩、命へ近づくことが出来た」 どうやら俺は奇跡を起こしたみたいだ。こいつに一撃入れて、あまつさえ生きてるとは。 ようやく力の入ってきた瞼を開くと、視界一杯に女の顔があった。……って! 「お前、女……!?」 「性別を口にした事はあまりないからね。つまり、私に紳士という異名は間違っているかな?」 微笑みながら言うと、万薬師はローブの内側から小瓶を取り出して、それを自分の口に含んだ。そして俺の顔を掴む。 ――あ、凄まじく嫌な予感。 「おま、なに……」 文句を言うおうとしたら、口を口で塞がれた。唖然とする俺の口内に流れ込んでくる液体、素直にそれを飲み込むと、万薬師は唇を離した。 「んー、いい表情だ。驚きの顔というのは、表情の中でも好きな方でね」 「こんの野郎!……あ」 あれだけ疲れて、傷もあったのに、すんなりと起き上がれた。 「私特製のポーションだ。通常品の三倍の効力は保障するよ」 「なんで、俺お前を……っと」 言いかけた俺の足元に、大きな袋が投げ渡された。中を見てみると、大量の瓶と一冊の本があった。 「お望みの品だよ。君は見事に条件をクリアしたからね」 改めてみると、万薬師の片手から僅かに血が流れている。見えたのは手の甲にある、斬撃による傷。 「あ、ああ……ありがとう」 色んな事を認識して呆けていた所為か、素直な言葉が口から零れた。すると万薬師は口元を押さえて笑い出した。 「ふふっ……君は面白いなぁ、一応は自身を追い込んだ敵にありがとうとは。いやいや、本当に気に入ったよ」 万薬師は微笑みながら別の小さな袋を、今度は俺の手を掴んでしっかりと握らせた。 「私特製の水晶だ。助けて欲しい時はこれに呪文を唱えるといい。私はすぐに君の力になるため、参上しよう。呪文は紙に書いて、袋の中に入ってるからね」 「な……なんで?」 「言っただろう?君を気に入ったんだ」 と、突然俺の周りが光りだした。いつの間にか魔法陣が描かれている。万薬師はその陣より外側に立った。 「勝手に君の所在を読み取らせてもらったよ。早く大切な人のところへお帰り」 突然すぎて俺はただ慌てることしか出来なかった。すると万薬師は微笑みながら、 「大丈夫か?そんな表情では、君の大切な人が心配してしまうよ」 軽く手を振った万薬師が一瞬だけ見えると、俺は俺の家の前に座り込んでいた。 「……大丈夫か、俺」 俺の今までの事は全て幻想ではないかという意味の呟きを、手に持っている袋と足元に落ちている袋が否定した。