今日は特別な日だ。

さて、これを見てる人。そう、君。君は今日が何の日か分かるかな?

…………。

…………。

…………。

…………。

まぁ、分からなくても続けるよ。

2月29日。4年に一度の2月29日だよ。366日目だよ。

…………。

…………。

…………。

…………。

下らないとか言うなよ。俺の誕生日でもあるんだからな。

そして、彼女の誕生日でもあるんだ。


―――005 366―――


天気は晴天。

辺りは静寂。

それもそうだ。市街地から距離のある自然公園の、しかも自然公園内でも端に位置する丘に来る物好きはそうそう居ない。

だから、丘に一本だけ聳える木の下のベンチは常に貸切なのだ。

木の下のベンチで独り本を読む男。

中々画になると思うんだ。

単に待ち合わせの時間より早く来て暇だから本読んでるだけだけどさ。

〜♪

携帯のメール着信音が響く。

待ち合わせの時間はまだだが、まだまだ時間があるというわけでもない。間に合いそうにないという旨を連絡するには丁度いい頃合ではある。

…………彼女からかな。

予想しながらメールを確認すると

『よぅ、誕生日おめでとさん。今年でようやく7歳だな。ていうか、これからカラオケ行かね?』

友人からだった。

盛大な肩透かしを食らった気分で、一応礼の言葉と、自分は28になった事と、今日は予定があるから無理だという事を書いたメールを返す。

また読書を再開してすぐにメールが着た。

『また丘か?』

返事早すぎ。さては答え分かってただろ。オマエ。

メールで返事するのも面倒なので、直接電話かけてみる事にする。

「もしもし、圭か?」

自分からかけておいてこの質問は些かおかしい気もする。

『おう、俺俺。で、何で来れないん? 丘?』

デリカシーのないやつだな。

「そうだよ。分かってんなら訊くなよ」

『はっは、やっぱ丘か。変わんねェーなぁー。お前ら』

「悪かったな」

『んで、今日は何時間待たされそうなんだ?』

ホント、デリカシーのないやつめ。

「まだ時間じゃない」

『へぇ、待ち合わせ何時だ?』

「11時かな」

『はぁ? 1時間も前にスタンばってんの? 』

「うるさいな。もしかしたら早く来るかもしれないだろ」

『4時に来るに千円』

コノヤロウ。

「じゃあ僕は1時だ」

『結局遅れること前提じゃねぇか。少しは信じてやれよ』

「圭が始めたくせに」

『そうだったか? 悪い悪い。っと、亮が急かしてるから切るな』

「亮が? どっか行くのか?」

『カラオケ。お前も来る?』

「4時までに来なかったら」

『そうかい。じゃな』

携帯から続いて聴こえる無機質な音。

相変わらず変わらないなぁ。

携帯を閉じて、また本を開く。

随分前に映画化された本で、その時に流れに乗って買ったのだがそのまま読まず仕舞いだった本だ。この前DVDでその映画を見た事に触発され、引っ張り出してきたのだ。

唐突に4年前の今を思い出す。

あの時もこんな風に本を読んでいた。題名は忘れたけど、ハードカバーだったはず。やっぱり映画化された作品で。

待ち合わせ時間の30分くらい前になり、彼女から電話がかかってきて「帰国便を1つ間違えた」と言われたのだ。おかげで4時間も待たされてしまった。

あれには困った。少々抜けたところのある彼女だが、今までで一番の大ポカだ。今回はそうならないといい。なんとしても。

決意を新たに本に意識を戻す。





時計を見ると約束の時間まであと5分といったところか。

本の残りもエピローグだけになってしまった。

予定通りならばそろそろ彼女も現れる頃。

〜♪

着信だ。誰から? 彼女からー。

「どうしたの?」

長い付き合いだから、「もしもし」なんて言葉はいらない。圭とは違うんだ。圭とは。

『あのね……その……、怒ってない?』

とりあえず、今のところ僕の怒りの沸点を越えるようなイベントはスケジュールにはない。

「どうしたの?」

『えっと……乗る電車間違えちゃって……』

今度は電車か。飛行機よりはマシだよ。うん。

『多分、30分くらいかかると思う…んだけど……』

徐々に彼女の声が尻すぼみになっていく。

『でもね! 今日は早く着くはずだったんだよ! 早起きもしたし! 前の日にちゃんと用意して』

「分かった分かったから。落ち着いて。ていうか、今電車でしょ? 電車内では携帯は駄目だからね」

『……うん』

「30分で着くんでしょ? それまで待ってるからさ。それに、11時半ならお昼に丁度いいよ。」

『……うん』

「それじゃ、他の人に迷惑だと思うから切るよ。また後でね」

『……うん。また後でね』

そして再びの電子音。

「はぁ……」

30分か。エピローグだけで30分はちょっと難しいなぁ。

ポケットに手を入れ、小さな箱を取り出す。掌に乗るその箱には今日、彼女に渡す大切な物が入ってる。給料三か月分という話は嘘ではなかった。

僕は、今日これを渡すんだ。

……なんだかいざ決心すると気恥ずかしいものだな。指はちゃんと嵌るだろうか? 

周りに人がいなくてよかったよ。今の僕はきっと緊張してる青二才にしか見えないと思う。

「はぁー……」

30分かぁ。なぁに、4時間に比べたら短いもんだよ。


Fin