017「もういない?」


 孤島の岸に、クルーザーが到着した。中からわらわらと、大学生のグループが降りてくる。
「やっとついた〜!」
 第一声を上げたのは、新山 徹(にいやま とおる)。体格の良い男だ。
「館って、あれの事?」
 第二声は女の声。榎本 泉(えのもと いずみ)だ。
 彼女が指差したのは、この島に唯一ある人口建造物。名前は知らない。
 この島は、全体が、いわば「レンタル島」になっていて、夏休みなどを利用して、よく大学生などが借りるのだ。
 賃貸料は、さほど高くない。1年間アルバイトすれば、十分借りる事が可能である。
「早く行こうよ、啓一(けいいち)♪」
 榎本 唯(えのもと ゆい)が、小津(おづ)啓一の腕を引っ張った。それに引きずられるようにして、啓一が歩く。
 全体がレンタル島になっている以上、館も貸切だ。お城…とまでは言わないが、ちょっとした豪邸に、安価で住む事が出来る。
 言ってみれば、短期間だけ大富豪気分が味わえるのだ。

 館の大きな扉を開けて、中に入った。電気はついていない。
 壁のスイッチを押して電気をつけると、あっという間に、古風な内装が照らし出された。
「すごい…!」
 谷屋 翠(たにや みどり)は感嘆の声を漏らし、その場にたたずんだ。
「すごいけど、少し埃っぽいな…」
 高い天井、長い廊下は、掃除はしてあるのだろうが、少し埃っぽくなっている。
 まぁ、こっちの方が、「古城」と言う雰囲気があるにはあるが。
「それより、早くご飯にしようよ。あたし、お腹すいちゃった!」
 泉が荷物を持ったまま、廊下を歩き出した。
 ご飯にしよう、と言っても、ここにはレストランなどもちろん無い。
 ここを借りる人は皆、ここにある台所で、自分たちが持ってきた食材を使い、自炊をする必要がある。
 だからこそ、安価で借りる事が出来るのだろう。
 全員が適当に自分の部屋を決め、そこに荷物を置いて、食堂へ戻る。食堂に直結する台所から、女性陣の話し声が聞こえた。
 どうやら、もう調理に入っているようだ。
「とりあえず、カレー作ろうか」
 初めからその予定だったようで、彼女たちは早速、カレー作りを始めた。
 キャンプ料理の定番品。一度作ってしまえば、2〜3日分の料理を一度に作った事になる。
「なんか手伝おうか?」
 台所に入ってきた啓一が、彼女らに聞いた。
「あ、ありがとう」
「じゃぁさ、料理より、テーブルセットやっといてくれる?」
「へいへい」
 間の抜けた返事をして、啓一が食堂に戻る。
 布巾でテーブルの上を拭いて、持ってきていたテーブルクロスをかけた。
 そうしているうちに徹もやってきて、一緒にテーブルセットを進める。
 コップを置いて、スプーンを並べる。テーブルセットと言っても、やるのはそれだけだ。
 その間、女性陣は材料を切り、煮て、カレー作りをせっせと進める。
 ご飯は電子レンジで温めるタイプの物を使うようだ。
 この分なら、1時間ほどで夕ご飯が出来そうである。

 約1時間後、全員が食卓に着き、これから始まる数日間の宴の開始を祝っていた。
「かんぱ〜い!」
 コップに注いだジュースで、乾杯を交わす。
 全員成人しているのでワインの類も持ってきているが、カレーにワインは似合わない。だからジュースだ。
 コップのジュースを少し飲むと、早速カレーを食べ始めた。
 熱くて辛いそのスープを、口へ運ぶ。突き刺すような味が、口いっぱいに広がった。
「あ、美味しいじゃん」
 啓一が意外そうに言った。
「当然でしょ! なんでそんな、意外そうなのよ??」
 唯は、啓一を小突くように言った。可愛らしい表情で、啓一を睨む。
 そんなこんなで楽しい食事会が続いていた。
 その時ふと、徹がつぶやくように言った。
「外…すごいな」
「え?」
 食堂には、大きな窓が無い。唯一ある小窓から外を見ると、いつの間にか、外の木々が大きくなびいていた。
 強風に、木があおられているのだ。
「ホントだ…。嵐でも来るのかな?」
 啓一が携帯電話を取り出して、何かを調べ始めた。どうやら、天気情報のようだ。
「ウッソ! ここ、台風が直撃すんじゃん!」
「え!?」
 …その時だ。
ダン!
 と音がして、部屋の電気が一気に消えた。
「キャッ!? なに!?」
「停電?」
「おいおい、どうなったんだ!?」
 外は闇夜。電気が消えた食堂は、一瞬にして闇と化した。
 立ち上がる音、歩き回る音、食堂のドアを開ける音、誰かが出て行く音、ドサと何かが落ちる音…。
 色々な音が、部屋の中を右往左往した。
「蝋燭は無いのか?」
「あるかよ、んなもん!」
 数分間混乱が続いた後、突然電気がついた。
「あ、ついた。良かった…」
「…ひっ!?」
 翠が小さな悲鳴を上げた。その声に反応して、各自次々と、目の前の惨劇に気がついた。
 あの暗闇の中で聞いた、何かが落ちる音…それは、人間が倒れる音だったのだ。
 胸にナイフを刺された唯の死体が、椅子の横に転がっていた。
「きゃ〜〜〜〜っ!?」
 絹を裂くような悲鳴。「おい、どうした!?」と、啓一が外から入ってきた。
 そしてすぐに、目の前に転がる女の体を発見した。
「お、おい、唯…!?」
 啓一はすぐさま、恋人の体を抱き上げた。だが、その体は既に、彼氏の呼びかけには応答できなくなってきた。
「ゆい〜〜〜っ!?」

 楽しいはずの旅行が、一瞬にして悲しみに変わった。
 とりあえず警察には連絡したが、この嵐でこちらに来る事は出来ないようだ。
 全員、台風が通り過ぎるまで、待ち呆けである。
「唯…なんでだよ、唯…」
 適当な布が無かったので、唯の体には、テーブルクロスがかけられた。
 そのすぐ横で、啓一がうずくまって泣いていた。
「ね、ねぇ…」
 啓一の心中を察しながらも、翠が口を開いた。この場でこんな事を言うのは憚れるが…。
「唯ちゃんって…殺され…たの……?」
「それは…そう、だろう」
 だとしたら…犯人は? 口には出さずとも、全員が同じ事を考えた。
 今、この島には自分たちしかいないはずだ。とすれば、犯人も自分たちの中にいる…のだろうか。
 それとも、自分たちしかいないようで、実は外部の者が、この島のどこかに…?
 しかし、外部の者だとしたら何故こんな事を?
 わざわざ、ブレーカーを落としてまで(ちなみに、ブレーカーを上げたのは啓一だった。これは後でわかった事だが…)。
「………あたし、部屋に戻ってるね」
「お、俺も…」
 涙を流す啓一を見ながら、泉と徹が、それぞれの部屋へ帰っていった。
「………ごめん、わたしも、部屋に戻るね」
 翠もそう言い残し、部屋に帰って行った。
 啓一はいつまでも泣いていたが、やがて諦めて、部屋に戻っていった。

 それから2時間もしないうちに、第2の被害者が出た。泉だった。
 発見したのは、徹だ。なんとなく泉の様子が気になり部屋を訪ねたが、返事が無かった。
 ドアノブをひねってみると、なんと鍵がかかっていない。
 恐る恐る中に入ったら、入り口のすぐそばで、胸からナイフを生やした泉が死んでいたのだそうだ。
「泉…なんで、泉まで…」
 恋人が死ぬと、人は皆、同じ行動を取るのだろうか。徹も、泉の体を抱き上げて、何度も泉の名を呼んだ。
「泉…泉……」
 涙を流しながら、徹は顔を上げた。既に赤くなった目を、更に血走らせ、わめくように叫んだ。
「誰だ!? 泉を殺したのは、誰なんだ!? くそっ、くそぉ〜っ!!」
「………」
 啓一が小さく首を横に振った。「わからない」か、「俺じゃない」か、どちらかは判断できない。
「…俺は、部屋に戻る。お前たちも、部屋に戻って、鍵をかけろ。そして、誰が来ても、部屋には絶対入れるな」
 啓一が淡々と述べた。確かにその通り、それなら安全だろう。
「俺も、誰が来てもドアを開けない。いいな?」
 返事を聞かず、啓一は足早に部屋へと戻っていった。

 だが、それでも殺人は続いた。
 その日の真夜中。ドアをノックする音が、廊下に響いた。
「誰…?」
「僕だよ」
 その声を聞くと、翠は恐る恐るドアを開け、僕を見上げた。


 次の日の朝、一応朝食を食べに、全員が食堂に集まった。
 …いや、翠だけがいない。
「翠は?」
「さぁ…」
 サッと、背筋を冷たい物が走った。
 別に、食堂に集まると言う約束があるわけではないのだから、翠だけ来なくても不自然ではない。
 しかし…気になる。既に、2人も殺されているのだ。
「おい、まさか…」
 誰からともなく立ち上がり、翠の部屋へ走った。2階の、一番右端の部屋…。
「おい、翠!」
 ドンドンドン、とドアを叩く。が、返事が無い。返事ぐらい、してもいいはずだ。
「きっと、まだ寝てるんだ。そうに決まってる!」
「翠、開けるぞ!」
 ドアノブをひねると、やはり鍵がかかっていない。
 そのままドアを開けて中に進み出ると、部屋の置くのベッドの上に、翠が寝ていた。
「なんだ、やっぱり寝てるだけじゃないか。おい、翠…」
 そう、寝ているだけなのだ。ただし、胸の上にナイフを突き刺して。
「み、翠…!? お、おい、おい!!」
 前の2人の美女同様…翠もまた、返事をする事は無かった。

 とうとう男だけになってしまった。気まずい沈黙の中、男たちが冷蔵庫の中身を平等に分配していた。
「この台風が過ぎ去れば警察も来るし、俺たちも帰れる。天気予報じゃ、明日の午後には台風が過ぎ去るそうだ」
 と、徹が言った。
「だから、それまでずっと部屋にいて、部屋からは一切外に出るな。誰が来ようが、決して扉を開けるな」
 そうすれば、殺されずにすむ。恋人を失っても、命だけは失わずに済むのだ。
 食料の分配を終えると、徹も啓一も、それぞれの部屋へ戻っていった。
 ドアを閉めて、厳重に鍵をかける。警察が来るまで、このドアは決して開かれないだろう。

 それでも、死者は出るのである。
 その日の午後、徹と啓一の部屋に、それぞれ一体ずつ、新たな死体が転がっていた。
 死体のすぐそばには、コップと濡れたカーペット。ワインに仕込まれていた毒で、死んだようだ。


 こうしてこの連続殺人は、ついに5人の死者を出し、館は完全に沈黙した。
 犯人は、外部の者なのだろうか。いや…違う。

 犯人は、この中にいる。

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事件編は、ここまでです。
この連続殺人事件の真相を解き明かす全ての手がかりは、
ここまでの文章のどこかに散りばめられています。
今は解けていなくても、何度も読み返せば、誰でも必ず解ける仕様になっておりますので、
お暇な方は、どうぞ、挑戦してみてください。
真相編は、下の方から始まります。


























それでは、真相編を始めます。
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 5人の死者を出した、連続殺人事件…。その犯人は、一体誰か。
 その前に、あなたは不思議に思わなかっただろうか。

 何故、「5人」なのか、と。

 殺された5人は、女3人と男2人である。そのうち、泉と徹、唯と啓一は、それぞれ恋人同士だ。
 つまり、残り1人…翠だけ、「余る」のである。
 これは少し、不自然ではないだろうか。
 そう、実はこの島にやって来たのは、もっと自然な人数…すなわち、「6人」なのである。
 そしてその6人目こそ…翠の恋人である、この、僕自身なのだ。

 あなたは、この物語が「神の視点」で描かれた物だと思い込んでいたかもしれない。
 だが、実際には違う。この物語は1人の人間であり、1人の殺人鬼である僕の視点で描かれた物なのだ。

 翠が殺された時の事を、思い出して欲しい。
 あの時僕は、「その声を聞くと、翠は恐る恐るドアを開け、を見上げた。」と言った。
 ここに、この物語が一人称で描かれている事が、示されているのだ。
 これに気付くか気付かないかが、真相にたどり着けるかどうかの大きな分かれ道である。

 そうでなくとも、いるはずなのに描かれていない「6人目」の存在に気付けば、
 その「6人目」がどこにいるか、すぐにわかるはずだ。
 あなた…すなわち読者から決して見えない場所、すなわち「語り手自身」である。

 ここまでわかれば、翠が何故ああもあっさりドアを開けたのかも、あの5人が何故あの順番で殺されたのかもわかる。
 翠が殺された時点で、既に2人の死者が出ていた。そうなれば、当然みんな警戒し、ドアを開けない。
 しかし、ドアをノックしたのが、自分が心から信頼する人物…すなわち、自分の恋人だとしたら、どうだろう。
 殺人鬼がうろついているかもしれない恐怖。次に殺されるのは誰かもわからない恐怖。
 そんな恐怖の中、翠は、僕に一縷の安心感を求めたのである。

 また、被害者の順番も、これで説明できる。
 1人目は、完全に油断しきっているので、殺すのはたやすい。
 だが、それは相手が女だからだ。徹も啓一も、僕と本気で戦ったら、多分負けるのは僕だろう。
 仮に勝っても、相当苦戦を強いられて、その間に逃げられるか、誰かに見つかってしまうだろう。
 大の男を殺すのは、とにかく大変なのだ。
 ところが、女ならどうだろう。大人でも、同じ年齢の女なら、簡単に殺す事が出来る。
 だから、まだ油断が多い最初の時点で、唯と泉を殺したのだ。
 まさか殺人が起こるなんて思っていない唯。自分たちの中には犯人はいないと信じたい泉。
 この2人なら、恋人ではない僕でも、簡単に殺せる。
 最後の2人の男は、ナイフでは無理だ。だから、毒にした。
 おそらく、食料を分配して部屋に立てこもるだろうと言う予測を立て、あらかじめ毒を仕込んでおいたのだ。
 僕は、ただワインを飲まなければいい。そうすれば、後は勝手に死んでくれる…。


 念のため、徹と啓一の部屋のドアを蹴破って、僕は2人が死んでいる事を確かめた。
 その後、館の大きな扉を開けて、嵐の中へ歩き出した。
 そのままクルーザーに乗り込むと、昼間なのに薄暗い海へと、僕は走り出した。


 そうそう、最後にこの物語のタイトルについても、言及しておくべきだろう。
 この物語のタイトルは、何故「もういない」ではなくて、「もういない?」なのか。
 それは、単純な事だ。
 事件編のラスト…この島に来た者全員が、「もういない」事を疑え、と言う意味なのだ。


 嵐の海を失踪する僕は、いずれ死ぬだろう。
 クルーザーが壊れるか、転覆するか、あるいは僕が嵐の海に投げ出されるか、餓死するか…。
 そして僕が死んだ時、この物語は終わる。この事件の真相を知る者は、あなたを除いて、「もういない」のだ……。



やっとミステリーらしき物を書いたキグロです。こんにちは。 一見一人称っぽくない文章だけど、実は一人称だった、と言うある意味単純な真相。 「一人称の人間(語り手)が犯人」と言うのは良くある話なので、そういう意味では、典型的な物語でしたかね…? 今回の物語、考え付いた後で、裂鎖さんと被っていた事に気付く…。 でも物語を破棄するのは少し勿体無かったので、「館」とか「減ったなあ」とかにタイトルを変更しようかとも思ったのですが、 「もういない?」に勝るタイトルが無かったので、結局被らせる事に…。 ご、ゴメンナサイ。でも、「被りOK」って書いてあるから、良いんですよね?? お題を探す時は、「お題表一覧」より、「作品一覧」で探した方が良さそうですね。 え、犯人の動機? …う、う〜ん……。まぁ、気にしないでください。 では。