彼女は美しい身体をしていた。

漆黒の流れる髪は艶かしく、白い肌の肢体は性欲を駆り立てるのに不自由はない。

そして彼女は生まれたままの姿で手足を投げ出し横たわっていた。

いや、この表現は間違いかもしれない。

彼女と、彼女であったモノが『そこ』に横になっている。と云う方が正しいだろう。

『そこ』は夜色。

周囲には灯りらしい灯りはなく、『そこ』が何色なのかを夜色で覆い隠している。

恐らく今から4時間弱で夜色は取り払われ、明かりが『そこ』の本当の色を明かしてくれるだろう。

鮮血の朱色を。


――――021 色――――

四祈にとってのセカイとは灰色そのものであった。

何をしても満たされず、ココロには大きな空白がある。

『――先日の風守市婦女暴行殺人事件の続報です。』

昔の私と今の私の内面的な相違点と言えば、その空白と、小さな、しかし今の私にとっては生きる意味と成り果てた欲求だけだろう。

『――模倣犯の可能性もありますが、以前4件と犯行手口が同じな為、警察は同一犯の見方で操作中』

本当に、セカイは灰色だ。

『――5人目の被害者の身元は同市の銀行に勤めている深口 香奈子さん26歳』

ふと立ち止まり、近くの硝子のショーウインドウを見やる。

肩幅は広く黒のツナギ―作業服―の腰に巻いたベルトには工具などが挿してある。中性的な顔は黒くやたら重苦しい外見のゴーグルが半分以上覆っている。

長い髪はポニーテールなので正面から見ると黒のツナギとゴーグルが相まって男性のような印象の姿。紅施 四祈―自分―の姿。

『――被害者に残された体液から、犯人は新野 之也26歳』

眺めていたショーウインドウの中のテレビに気を向ける。最近活発に殺人をしている男の顔写真が映っている。

何故写真が残っているのか気になるが、恐らく写真を残すくらいの小悪党なのだろう。だが少し――

「羨ましいわね。」





「あぁ、四祈。丁度いいときに来た。許可下りたよ」

四祈が毎日通わされているオフィスで開口一番こう言ってきた。

「巷で動いている殺人鬼だ。これ資料」

ぽいと資料をぞんざいに投げ渡す彼女――チサトはこちらの意思に関わらず話を続ける。

「手口は夜道に1人で歩いている女性とっ捕まえてレイプして満足したら殺して路地に放置。現場写真あるけど見る?」

訊いておきながら彼女は持っている資料から写真を取り出して見せる。剥かれた胸にナイフを深々と突き刺さされた女性や首を切られた女性の写真。、

「ニュースとかでも報道されてるから少しやり難いんだけど……まぁ、アチラさんに任せりゃいいか。で、専門家としてこの手口はどう?」

少し楽しげにこちらの表情を窺うチサト。

四祈はチサトに背を向けてオフィスから出る。チサトは気にしたそぶりもなく椅子の背もたれに体重を預ける。





時刻はもうすぐ零時を過ぎようかといったところ。

『そこ』は既に欲望の掃き溜めとなっていた。

「へへ……」

男の手に心地よい肉の感触を残したまま剥かれた女性は絶命した。瞳は恐怖と涙で満たされている。

死する事で男の欲望を満足させた女性の骸に背を向け男は路地裏から歩きだす。も、ほんの数歩で立ち止まる。

男の視線の先には人影がある。街灯の真下を陣取る人影は何をするでもなくこちらを眺めている。

目の前で殺人が起こったことでショックで呆然としているのかもしれない。

男は注意深く人影を観察する。白いゴーグルが顔を半分以上覆っているため判別し難いが肩幅は広く、背はやや高いから男か。

いや、よく見れば髪は後で纏められ、胸の部分はふくらみがある。

女だ。

男の欲望がまた鎌首を上げる。一晩で2人の女をヤるのは初めてだが、時間がかかるだけで普段と何も変わりはしない。いや、むしろ普段よりも興奮できるだろう。

男は下卑た笑いを浮かべ、また歩を進める。それと同時に女も動き出す。

こちらに向って。

男はその行動にやや驚くが、理性は欲望に侵食された。目下の欲望を吐き出す為に女に手を伸ばす。



ごとり。



何が起きたのか男には理解できなかった。だが、今、この場面を他の人が観ればこう思うだろう。

男の腕は斬られた。

地面に落ちた男の腕はもう小さな血の池を造っている。女はその池を見、そしてゴーグルで覆われていない口元を歪め、

笑んだ。





四祈から視るセカイは常人のソレとは違って視える。

何が違うかと云えば実に些細な事である。

死が線として視える。

モノにもヒトにも視える黒い線。その線を四祈の眼球は捉えることができる。

直死の魔眼と呼ばれる死を視る眼。四祈はソレを持っている。

線は死である。線をなぞれば、斬れば殺せる。

だから、義手の手首の隠し刃で男の腕を斬ることなど造作もないことだった。

右手の隠し刃は血で濡れ、赤色に染まっている。

血の匂いが路地に満たされる。

その匂いを鼻腔に十分に入れ、笑む。

左手を払い、手首から隠し刃を伸ばす。左腕すらも義手。

僅かに前進し、左の刃を振り下ろし男の右腕の二の腕の線をなぞり、殺す。

右の刃で今度は左膝から下の線をなぞり、殺す。

勢いの残る左刃で右腿から下をなぞり、殺す。

支えを失った男が崩れ落ちる前に、まだ僅かに息がある間に、

殺す――まるで息をするように

殺す――生を肯定も否定もせず

殺す――ただ肉体を血の色へと

殺す――死の色が魂を蹂躙する


The END.