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032 「夢なのか?」
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――ジリリリリリリリリリリリリ

 聞き慣れた目覚まし時計の音…。

 とある東京郊外に一人住んでいる青年、竹内 光(たけうちみつる)は、むくりと体を起こし目覚まし時計のアラームを止めるボタンを押す。

 光は何処にでも居るような大学生。これと言った長所も短所も無く、成績も普通。まさに平凡を絵に描いたような青年である。

 朝食の風景も至って平凡。トーストを片手にコーヒーカップに入った牛乳を口に流し込む。

『今日は北風が非常に強くなっています。転倒は当然のこと、物が転落する可能性もあり
ますので、十分気をつけてください』

 そうニュースキャスターが言い終わる頃には既に登校の準備が完了していた。

「ご馳走様…。じゃ、行ってきます」

 光はマンション暮らしで、学校までは歩いて通っている。

「うぅっ、寒っ…!…ニュースで言っていた通りだったな……。酷い風だ…」

 外は北風が強く吹き付けてきた。風が横から叩きつける。高層ビルにある看板がガタガタと音を立て、揺れる。

そして―――。

――ガタンッ!

 と大きな音をだして、看板が落ちてきた…。その看板は不運にも光の頭上に…。

「危ないっ!!!」

 と誰かが叫んだが、その声が届く間もなく、看板が光を押しつぶした。




――ジリリリリリリリリリリリリ

「うわぁぁぁぁ!…………何だ。夢かぁ……」

 気がついたらベッドの上だった。「自分が死ぬ」と言う夢は非常に縁起が悪い。

 それが自分の日常の中に入ってくるのは更に性質が悪い。

 そう思いながらも朝食を食べ、登校をする準備をする。

「でも、あの夢…。夢にしてはあまりにもリアルだよなぁ…?」

 確かに、朝食を食べている時や、北風の冷たさなど、その他諸々の感触が嫌にリアルだった。そう、まるで本当にあったか事かの様に…。

 だが、現に自分は生きているじゃないか。看板が落ちてきて、自分の頭上に落ちてきたのに無傷。なんて事はありえない。そうだ、単なる夢なのだ。気にする必要性は無い…。

 片手にトーストを持ってコーヒーカップに入っている牛乳を飲む…。そしてふとTVの電源を付けてニュースを見てみた…。そして驚愕した。

『今日は北風が非常に強くなっています。転倒は当然のこと、物が転落する可能性もあり
ますので、十分気をつけてください』

――ニュースの内容が夢と全く同じだ。

 予知夢。と言うものがあると言うが、まさか自分が体験することになろうとは…。

 頭に不安が過ぎる…。だが、たかが夢。気にすることは無い…。

 北風は激しく吹きつける。そして高層ビルにある看板がガタガタと音を立てて揺れている。

「………まさかね…」

 今朝見た夢の通りになるのではないかと心配になった。予知夢を見たことなんて無かったが、感覚があまりにもリアルすぎる。「もしかしたら…」と思い、いつも通っている通学路とは違った道…。なるべくあの高層ビルには近づかないようにした。そしてその数秒後のことだった…。

――バァン!!!

 周囲に大きな音が響く。夢で見た通り、看板が落ちてきたのだ。もちろん、自分は高層ビルから離れていたから、怪我はしなかった。

(あの夢は本当だったんだ……)
 
 そう思いながら呆然と看板を見ていた…。だがその油断がいけなかった。

「危ないっ!!」

 目の前から大型トラックが突っ込んできた。恐らく、落ちてきた看板を避けようとしたのだろう。そして光は避けられずに激突。数メートル程突き飛ばされてしまった。




――ジリリリリリリリリリリリリ

「うわぁぁぁぁ!………また夢…?」

 …もう何がなんだか分からなくなってきた。

 さっさと登校の準備をすませ、マンションを出た。

「………裏道を通ろう」

 看板を避けたあと、トラックに撥ねられることを危惧した光は、いつも急いでいる時に通う裏道を通ることにした。この狭い裏道なら看板なんて落ちてくることはないし、大型トラックに轢かれることもない。そう考えたからだ。

「この裏路地なら……。大丈夫…。なはず」

――だが、その油断がいけなかった。

 目の前の人物を見て、光のからだは直立不動となってしまった。

 何故か。その目の前には黒い厚手のセーターに黒いジャージ。これくらいなら「暑苦しい服装だな」と思うぐらいで済むだろう。だが、頭は黒い帽子を深めに被り、やや大きめのマスクを着用。そして黒いサングラスをして、右手には大きめのナイフ。そのナイフの刃からは真っ赤な血が滴り落ちている。

 人目で殺人犯だと言うことが分かった。そしてその事実が分かったと同時に、犯人はナイフ片手に自分に向かって、体当たりをした。

 そのまま力なく倒れる光。自分が刺されたことに気づいたのは犯人がその場を立ち去った後だった。

 急速に薄れゆく意識……。彼が最後に聞いたのは看板が落ちる音と、トラックのスリップ音だった。




――ジリリリリリリリリリリリリ

「また夢………」

 しかし、毎回思うが夢でよかったと思う。

 若くして生涯を終えるのは嫌だし、まだやりたいことだってたくさんある。死ぬのは天寿を全うしてからだ。

 しかし、死因が徐々に悪化しているような気がする。死から避けようとすればするほど死に近くなり、死に方も酷くなっていく。

「いつもどおりの通学路を通ったら看板が落ちてきて、看板を避けたら次は大型トラック。
二つを避けて裏路地を通ったら殺人犯に殺される…。まてよ…、もしこの殺人犯をうまく
かわしたとしても、学校にいくなら銀行の前を通らざるを得ない…。もしかしたら銀行強
盗事件に巻き込まれて射殺されるかも……。そうしたら裏路地は使えない…。看板を避け
てトラックも避けれたと仮定して通学路を通ったとしよう…。するとこの先には…」

 安全な道を探す思案に暮れている、その時だった。

 突然、横に置いてあるコーヒーカップがカタカタと音を立て、震えている。光がそれに気付いたのは1秒後だった。そして部屋全体が大きく横へ揺れたと思うと、慌ててテーブルの下に潜り込んだ。小中学生のころにやった防災訓練の成果がここに現れる。

「危ない危ない…………。外に出なかったら大地震かよ……。くそっ」

 舌打ちをし、揺れが納まったかと思うと散乱した部屋から衣類や飲料水など、避難生活において最低限必要なものをリュックサックに詰め、急ぎ玄関のドアを開け、脱出を試みる。

「あ……、あれ?」

 しかしノブは回るものの、ドアが微動だにしない。地震の影響で壁が歪み、ドアが動かなくなったようだ。

「な………、だ…誰か!誰か開けてください!」

 ドアを何度も強く叩き、助けを呼ぶものの、誰も来る気配は無い。

 そして散乱した部屋からまたしてもカタカタと言う音が聞こえた。

 そしてまたもやマンション全体が揺れ、倒れた箪笥や落ちた食器が跳ね、光はその場に立つことが出来なかった。そして二度の揺れに耐え切れなかったマンションは脆くも崩れ落ち、光も瓦礫と共に地に落ちて行く……。




――ジリリリリリリリリリリリリ

「これも夢………。か」

 いいかげんにしてくれ、と呟きむくりと体を起こす。これで五回目だ。

 もう悩んだってしょうがない。なるようになればいい。そう思って朝食のトーストを口にし、コーヒーで押し流す。

 そして鞄を片手に玄関を開けて、最初の夢で死んだいつもの通学路を通る。歩調はやや遅めで。そして看板が落ちてきたら走って登校する。そうすれば、少なくとも看板に押しつぶされて死ぬことはないし、遅刻することも無い。

――ガタンッ!

――目の前で看板が落ちた。看板に下敷きになった人がいる。とざわめく民衆達。トラックのスリップ音。大破するトラック。

「よかった………。これで…」

 誰かが呼んだであろう消防車と救急車が来て、救護活動が始まった。

 今まで生の救護活動は見たことが無かったので、一部始終を見てから登校しても損はない。

 そう思って現場に留まり、看板の下敷きとなった被害者を救出する為、器具を活用する消防士。そして被害者を担架に乗せ、運ぶ医師。そして頭から大量の血を流している被害者を見た。

「そ………。そんな………」

――そして絶句した。

 当然だ。看板の下敷きになり、担架に担がれ、頭から大量に血を流しているのは……。

――光自身だったのだから。

「あれは…僕……?……じゃあ僕は……?」

 そう思って近くのビルのショーウィンドウを見た。

――そのショーウィンドウに映っているはずの光の姿はなかった。

「僕……。死んでる…?」

 そう呟いた時、光の身体は徐々に透けていき、とうとう消えてしまった。




 所変わって都内の病院。

 その病室の一角にあるベッドには、酸素吸入器をつけ、深い眠りについている光がいた。

「ん……。こ…こ…は…?」

「おい……。目を覚ましたぞ……。患者が目を覚ましたぞ!!」

 光はうっすらと目を開け、むくりと起き上がった。

 それを見て歓喜に沸きあがる医師たち。

 光が最初に夢だと思った看板が落ちた事件は、実は現実だった。

 だが光は死んでいなかった。だが頭を強打し、意識不明の重体に陥っていた。

 しかし奇跡的に4日目に目を覚ましたのだ。
 
 そしてその後の回復も順調で、入院からたった30日で仮退院となった。
 
「ふぅ……。早く家に帰って遅れた分を勉強しなきゃ…!」

 そうして、病院の玄関をでて、道路へ行った。スキップしながら、口笛を吹きながら意気揚々と道路へ…。
 
 そして知らぬ間に道路の真ん中まで来てしまっていた。
 
「危ない!」

 目の前にトラックが迫ってくる。それに光が気付いたのはトラックに衝突してからだった。

 そしてトラックに数メートル先へ撥ね飛ばされ、アスファルトの地面に叩きつけられるまでに薄れゆく意識の中で彼は思った。
 
(これも夢なんだろ…?どうせ…。気がついたら病院の病室で…)

 そしてアスファルトの地面に叩きつけられる光。そして駆けつける医師たち…。

(あれ…。おかしいな…。もうそろそろ起きてもいい頃なのに……。もしかしてコレは現実なのか……?これは…夢……な…の…か……?)




 経をとなえる和尚…。悲しみに暮れる若者達と遺族…。葬式ではよくある光景だ…。

 そして棺の中で安らかに眠っている人物…。遺影に写っている人物は……。

――竹内光本人であった。