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41 眠い
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 視界がぼやける。落ちそうになった首を、ハッとして持ち直す。

 引き金は3時間前から指をかけたまま動いていない。今はもう夜中の0時くらいだろうか。
9時からこの高い草の間にスナイパーライフルPSG-1を設置して暗視スコープを覗きはじめて
から、この森の中にはずっと「異常ナシ」が続いていた。目標が乗ると思われる車にも、誰
も近づいてくる気配など少しも無かった。そう、俺は今凄く眠い。

 人間といえど生き物だ。人を殺めようとしてるときでも眠くなるものは眠くなる。まして
や、昨日の作戦の後だからなおさらだった。とにかく俺は、今とにかく眠い。

 こういうときはジョナサンがミントガムを食べればいいと教えてくれたことがあった。だ
が生憎俺は、そういった食べ物は持っていなかった。俺は頬をつねってみたりしたが、思った
より効果はなかった。他にも水で顔を洗うとか、色々なことを考えていたが、やはりスコープ
から目を離す訳にはいかなかった。でもやっぱり眠い。

 さらに2時間くらい経った。眠さは倍増していくばかりだったが、夜の森の寒さで少し紛れ
た。ずっとぼうっとしていると、色んなことが頭に浮かんでくる。俺はジョナサンのことを
考えていた。ずっと昔のこと、彼と会ったころのこと。

 俺が会ったとき、ジョナサンは軍事学校の特待生だった。俺は20のときに、彼の行ってい
たエリート軍事学校の見学に行き、そこで彼と出会った。彼は寡黙な青年で、とても射的が
上手かった。肌は白く、髪は俺の金髪と違って地味な黒だった。背は高めで、精悍な顔つき
で他の生徒と並んでも目立っていた。

 俺は彼にゴム弾での模擬戦を挑んだ。当然、数分と経たず彼の勝ちだった。彼の身のこな
しは軽く、射撃は正確だった。しかし彼の一番凄いというか特技というか、取り得のような
ところは大口径のリボルバーを片手で扱うということだった。そのリボルバーは俺の手の先
から肘までほどの長さと大きさがあり、彼がそれを持つとまるで彼の右腕の先から銃が生え
ていると思えるほど巨大であった。少しばかり古いものらしい。ジョナサンはいつもそれを
大事に持っていた。

 俺は試合の後で彼に話しかけ、そこで仲良くなった。一度戦ったりした相手とは不思議な
友情が生まれるものである。これは実際に試合をした者でないと分からないかもしれない。
 ジョナサンは俺に色んなことを教えてくれた。足の動かし方、狙いのつけ方のコツなど、
学校では教えてもらえないことをたくさん。俺は次第に、彼に尊敬の念を抱いていたのかも
しれない。それから頻繁に彼と会うようになった。

 そんな風に彼のことを思い出しながら俺はスコープを見続けた。何も変化は無い。そして
やっぱり眠かった。そういえば、人間の集中力の限界は二時間だと聞いたことがある。俺は
ジョナサンと過ごした日々のことを呆然と思い出していた。視界がぼやけてきた。

 ふと前をみると、ジョナサンがいたような気がした。ジョナサンが俺のほうに顔を向けて
呼んでいる。俺は急いで彼の元に駆けていった。ジョナサンは俺が一度も見たことが無い笑
顔を俺の方に向けていた。何か嬉しいことでもあったのだろうか?俺も長い付き合いだがい
つもムッツリとしている彼の笑顔は一度も見たことがなかった。正直ちょっと気持ち悪いが
笑顔になれるのはいいことじゃね?とか思っていた。俺は銃を乱射しながら踊っていた。ア
ハハハハハ、楽しいなと叫びながら海岸をクルクルと回っていた。

 俺はさらにジョナサンと手をつないでクルクル回り始めた。ああ、このままどこまでも飛
んでいけるような気がする。凄い!あぁ何て素晴らしいのだろう。これが飛ぶということ!
そして雲の上に着地した。俺とジョナサンはずっと笑っていた。あぁ楽しい。すると突然、
ジョナサンが俺の方をむいてニコリとした後、
「うるせーぞ、このバカ」
 と言って俺の眉間をリボルバーで撃った。俺は雲から落ちた。






 その瞬間、体をビクッと震わせてハッと目が覚めた。
 小鳥がチュンチュンと鳴いている。目標の乗るハズの車はすでに無かった。
 暖かい朝日が差し込んでいた。