――ガッシャーン!

 「きゃあっ!」

何かが壊れる音に似た、雷の音に竦んでしまう私。

そんな私の肩に、暖かい手が乗せられる。

 「参ったな… こりゃ台風だね」

その言葉につられるように、私は窓の外を見た。

外は、灰色と雨音だけの世界だった。




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Nomber:053 かみなり
   雨色の憂鬱
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 「信ちゃーん!」

廊下でそう叫びながら、ある人物に向かって走っていく私。

昼間なら叫んだり走ったりすると迷惑をかけるけど、放課後の今ならそんな心配はご無用。

そんな私の声に気付いた前方の影。

 「沙羅、走ると危ないよ?」

少し線の細い外見に、よく似合う優しげな雰囲気と笑顔。

私の幼馴染、赤藤信也である。

 「今帰り? 一緒に帰ろー」

 「別に構わないけど…とと、乗りかかるのは止めてくれよ」

よろけて、苦笑しつつ言う信ちゃん。

最近信ちゃんの委員会が文化祭とかで忙しいらしくて、中々帰る時間帯が合わなかった分鬱憤が溜まっているんです。

そのくらい我慢してくださいっ。

と思ったが口には出さず、素直に降りる私。

 「さて、それじゃあ帰ろうか。この雲だと一雨来そうだから、早めに」

 「えっ? 天気予報やってた? 私今日傘持ってきてないんだ…」

確かに見上げて見れば曇天。

未だ4時頃にしては暗く、確かにコレでは雨も降りそうである。

 「よし、それじゃ少し早足で―――と?」

 「どうしたの?」

 「あれ、携帯が何処か行っちゃって…あ、ひょっとして机の中かな」

そういえば5限目の体育の時、机の中に突っ込んだ覚えがある。

あのまま忘れたのだとする可能性が一番高い。

 「ゴメン、ちょっと待っててくれる? すぐ戻るからっ」

 「分かった。玄関口で待ってるけど、転ばないよう気をつけてね」

 「私、そんなにそそっかしくないもんっ!」

そういって私は(いわれた通りに)小走りに教室に向かう。

…いや確かに急いでると結構転んだりするけどさ。

それにそそっかしくないなら携帯を忘れるなんてこともないだろうし…。

まぁあまり信ちゃんを待たせるのもアレだし、さっさと携帯を取って戻りますかっ!

思い直すと私は、やっぱり小走りに教室へと向かっていった。



-☆-



 「うわぁ…」

 「大雨だね…」

そして今に至る。

私たちは玄関で、灰色の景色をぼーっと眺めていた。

…所謂夕立ですか?

 「ゴメンね、私のせいで…」

 「大丈夫だよ。どうせそのまま帰ってたって降られてたし、問題なし」

 「でも、信ちゃん傘持ってるでしょ? それなら一人だけ帰ってもいいんじゃない?」

折りたたみ用の小さい傘だが、信ちゃんは確かに傘を持っていた。だが、

 「残念だけど、この雨量じゃあこんな傘意味ないしね…」

そういうと、傘を袋に入れてバッグに突っ込んだ。

どうしよう…。

私がそう思っていると、信ちゃんは携帯を取り出して何処かへ電話しようとする。

 「どこに電話するの?」

 「瑞樹姉さんに。この雨だったら迎えを頼んだ方がいいし、それに沙羅だって傘ないんだから、一石二鳥だろ?」

瑞樹姉さんというのは信ちゃんのお姉さん。基、お義姉さん。

確かに優しくて、頼りがいがある大人の女性なんだけど…どうも相性がよくないというか。

信ちゃんに色目とか使うからなぁ、瑞樹さん。

でも険悪な仲では決して無い。なぜなら、瑞樹さん相手では喧嘩しようが無いからだ。

以前、ふとしたことで(こっちが一方的に)口論になったときも、ぽややんとした空気で受け流してしまうのだ。

アレが天然っていうんだろうか…?

そういうことを考えているうちに電話が終わったらしい。おそらく瑞樹さんのことだ、二つ返事でOKだっただろう。

 「姉さん、OKだってさ。でもちょっと渋滞があるらしくて、少し遅れるかも、って」

ほらやっぱり。

 「それじゃ、此処に居ると水が跳ねて濡れちゃうから、先生たちの宿直室でも入らせて貰おうか」

 「うん、そだね」

そういって、再び上履きを履いて、校舎の奥の方へと歩き出した。



-☆-



今日の宿直は初老の先生で、快くOKしてくださったばかりか、お茶も頂いた。

最近寒くなってきたから、お茶は体にしみます。

 「ふぃ〜…やはり寒い日はコタツで蜜柑 or お茶だよね」

 「それじゃ御婆ちゃんだよ」

苦笑しつつも、信ちゃんも結構お茶を飲む姿が様になっている。

 「む、そういうことを女の子に言っちゃダメだよ信ちゃん。女の子は年を気にするものなんだから」

 「え、そうなんだ…ゴメンゴメン」

照れるように頭を掻く信ちゃん。

昔から照れ隠しにする信ちゃんのクセだ。ずっと傍に居たから分かってる。

多分、信ちゃんも私のいくつかのクセを知っているんだろう。

そう思うと少しだけ恥ずかしい。

そんなことを考えていると―― 突然、電気が消えた。

 「えっ!?」

 「どうやら、停電しちゃったみたいだね…」

確かにこれだけの雨風となれば、停電しても不自然じゃないかもしれない。

少しすると、先生が入ってきて、電線が切れたと思われること、暫く復帰の目処はないとのことを教えてくれた。

しかし、停電になると中々に暇になる。

暗闇の中話すのも何かためらわれて、すぐ会話が途切れちゃうし。

本とかを読もうにも信ちゃんいるし、大体電気つかないし。

 「……………」

 「……………雨だね」

 「え、あっと…うん、雨だね」

 「姉さん大丈夫かな? スリップ事故とか起きてそうで心配だ」

 「そういえばそうだね…渋滞もそれが原因だろうし。瑞樹さん、何かと抜けてることが多いからね…」

そういってみたが、実際には事故なんて起こさないだろう。

なんというか、瑞樹さんは「数本ネジが抜けてるけど、大事なネジは抜けてない」っていう感じがある。

しっかりするところではしっかりしてるんだよね…。

 「まぁそれほど心配することでもないんじゃない? おとなしく待ってようよ」

 「うん、そうだね……」

 「……………」

 「……………」

しまった、会話打ち切っちゃってどうするのよ私ッ…!

話題どうしようと思っていると、突然、外が光る。

 「わっ!?」

 「雷みたいだね…」

…びっくりした。

 ――ゴロゴロ…

暫くのラグを経て、遠く音が聞こえた。

 「12秒…。気にするほど近くじゃないみたいだね」

 「う、うん…」

しかし、驚いた。

これだけの雨と風なら、雷が来てもおかしくはないと覚悟していたけれど、やっぱり慣れそうに無い。

と――

 ――ガッシャーンッ!

 「きゃあっ!?」

凄く近い。とんでもない轟音が響いた。

おそるおそる見て見れば、少し離れた場所の木に直撃したらしい。大雨だというのにごうごうと燃え盛っていた。

 「うぁ…」

 「…流石に驚いたな。鼓膜とか、大丈夫?」

 「………だ、大丈夫」

――アレが校舎に落ちていたら。

実際には避雷針とかあったはずだから、そんなことは無いだろうけど。

それでも、そのもしもを考えると独りでに体が震えてきた。

――ぽん。

 「参ったな…こりゃ台風だね」

そういいつつ、信ちゃんが私の肩に手を乗せてくれる。

思ったより大きかった信ちゃんの手。

その暖かさは、さっきのお茶以上に私の体にしみこんでいった。

ようやく震えも収まって、窓の外を見上げる。

木の火は消えたようだが、未だ燻っている。

他はただ、灰色。

 「…姉さん、まだかな?」

 「思ったより、渋滞があるのかな…」

何とか言葉を搾り出す。

 ―― トゥルルルルル。

噂をすればなんとやらか。そのとき、信ちゃんの携帯が鳴った。

 「はい、もしもし…着いた? 入り口前。うん、わかった、すぐ行くよ」

断片的なやり取りを交わした後、信ちゃんは電源を切った。

 「着いたみたい。入り口で傘持って待っててくれてるから、行こうか」

 「う、うん、了解」

立ち上がった信ちゃんが、手をさし伸ばしてくる。

実を言うと、雷で少し足がすくんでいた。

 「…ありがとう」

そういって、信ちゃんの手を取る私。

やっぱり信ちゃんの手は思ったより大きくて、あったかかった。