059「凡庸」 教師の仕事と言うのは、何も生徒に授業をする事だけではない。生徒の生活指導もあるし、事務的な仕事も多い。 それから、遠足や社会見学、修学旅行の計画も立てなければならない。 これが意外に大変で、どこに行くか決めるだけではなく、実際に行く予定の場所に赴いて下調べをしたり、 社会見学なら見学先、修学旅行なら宿泊先の方々に挨拶をしなければならない。 そして私、神崎笑子(かんざきえみこ)が今立っているのは、今度社会見学で子ども達を連れてくる予定の科学博物館の前だ。 都心にある子ども向けの博物館で、うちの小学校は数年周期でこちらにお邪魔している。 この博物館は本物の科学研究所と直結していて、毎週末には本物の科学者と会話も出来ると言う、優れた場所だ。 ここで働いている人の中にも、研究員と館員を兼任している人もいると言う。 既にアポは取ってある。中に入り、受付嬢に用件を伝えると、「少々お待ちください」と言われた。 受付嬢が電話をかけると、「もうすぐ担当の者が参りますので、お待ちください」とまた待たされた。 1分もせずに、若い男性が私のところにやって来た。広報担当の志藤(しどう)と名乗った。 この人とは、電話でも話したが、会うのはこれが初めてだ。 「お待ちしておりました、神崎さん。どうぞ、こちらへ」 そう言われて、博物館内を実際に歩き回る事になった。歩き回りながら、話を進める。 「今度、うちに子ども達が見学に来る、と言う事ですが、何年生でしたっけ?」 「小学4年です」 「ああ、良いですね。色んな事に興味が持てる年代です」 そういう事は、教育者では無い人が言っても、あまり信用できない。と言うのは、私の偏見だろうか。 もちろん、教育者が言う事ですら、あまり信用ならないのだが。 この博物館は3階建てだった。1階、2階がそれぞれいくつかの部屋に分かれていて、3階がまるまるプラネタリウムだ。 実は私は、この博物館に来るのはこれが初めてだ。 古代の生物がテーマの部屋、未来科学がテーマの部屋、地球内部がテーマの部屋…。 実に様々なテーマがある物だ、と思った。 2階に案内される。エスカレーターで吹き抜けを上った。 3つほど部屋を案内され、最後の4つ目に入った部屋は、この博物館内で一番小さな部屋だと言う。 だが、一番人気のある部屋でもあると言う。 なんと、宇宙人がテーマの部屋だそうだ。 「宇宙人? 宇宙、ではなくて?」 「ええ、宇宙人ですよ」 私が驚いて聞くと、志藤さんはニッコリと笑った。 「実はわたしは館員と共に研究員も兼ねてまして。わたしの研究は、この宇宙人探査なんです」 「宇宙人…」 私はそう言う、オカルト系には疑ってかかるタイプだ。テレビの怪奇現象物も、鼻で笑ってしまう。 どうも胡散臭い。ここに見学に来るのは止めた方がいいんじゃないか。 「志藤さんは、宇宙人の存在を信じてらっしゃるんですか?」 「信じてないんですか?」 逆に質問されてしまった。 「ええ。テレビでよく宇宙人やらUFOやらの映像を見ますが、どうも…。あんなの、ウソに決まってますよね?」 「そうですね…確かに、テレビでやっているのが全て本物だ、と考えるのは無理があると思います。 逆に全て偽物だ、と考えるのは、さほど無理がないと思います」 おや、意外に否定しなかった。もっと全力で否定してくるかと思ったのだが。 もしかして、宇宙人の存在を信じていないのか。 私がそう聞くと、「ハハ」と志藤さんは笑ってから答えた。 「信じる信じない、の問題じゃありません。『存在しないとは考えられない』んですよ」 「どう言う意味です?」 まるでわからない。 「つまり…そうですね…。あなたは地球人ですよね?」 何を突然。当たり前ではないか。 私が答えると、「ですよね?」と志藤さんは念を押すように言った。 「少なくとも、この地球には生命が存在し、知的生命体が存在します。 地球に存在するんですから、他の星に存在したって、別に構わないでしょう?」 「それはそうでしょうけど、『構わない』と言う事と、『存在しないとは考えられない』と言う事とは、話が別ですよ?」 「う〜ん…ま、そうなんですけどね。 …神崎さん、『平凡原理』って聞いた事ありますか?」 知らない。私は聞いた事が無い。そもそも私は文系で、理系にはあまり通じていないのだ。 「例えば、あなたが地球上で、10メートルの高さからボールを落とせば、それは1.8秒後に地面に落ちます。 わたしが地球上で、10メートルの高さからボールを落としても、やっぱりそれは1.8秒後に地面に落ちるんです。 条件が同じならば、全く同じ現象が起こる……。これが、宇宙の大鉄則です」 それは、なんとなくわかる。あっちとこっちで違う現象が起こったら、宇宙は崩壊する。 「『平凡原理』と言うのは、『宇宙には特別な物は、何一つ存在しない』と言う原理なんです」 「だから、私たちがいれば、宇宙人もいるはずだ、と?」 「はい」 そうだろうか。そんなに話は単純なのか? 私が胡散臭がっていると、志藤さんは更に考えて、説明し始めた。 「例えば、あなたは今ここに立っていますよね?」 「立ってますね」 「この建物は、下から上まで15メートルあります。あなたの身長の10倍近い高さがあるわけです。 そしてこの建物は東京都にありますし、その東京とは日本にある…。 『日本は狭い』なんてよく言いますけど――そりゃ他の国に比べりゃ確かに狭いですけど―― それでも歩いて一周しようと思ったら、大変な時間と体力を要します。つまり日本は広いんです。 その広い日本ですら、他の国に比べれば小さい。世界地図を見ればわかる事です。 と言う事は、この地球は日本よりもはるかに大きいんです。 しかし、その地球ですら、太陽よりはとても小さい。太陽の直径は、地球のそれの109倍…。 つまり太陽の中には、その3乗の120万個以上の地球が入ってしまうんです。 地球120万個ですよ。想像できますか?」 まずそもそも、地球の大きさが想像できない。 「さらに太陽の周りには、地球を含め8個の惑星が回っている。それら一つ一つが巨大で、しかもかなりの距離を置いている。 太陽系ですね。この太陽系は、物凄く大きい。 ところが、その太陽系も、我々の住む天の川銀河の中にあります。 天の川銀河の中には、太陽のような星が何億個もあると考えられています。それら一つ一つが“太陽系”を構成していれば? この天の川銀河は、想像をはるかに超えた大きさなんです。 そして、そういった銀河が寄り集まって、『銀河団』を形成しています。 更にその『銀河団』が集合して、『超銀河団』と呼ばれる集団を形成しています。 その超銀河団がどこまでもどこまでも集まり、つながり、広がって…この宇宙は成っているんです」 志藤さんは間を置いた。私にその大きさを想像しろ、と言っているようだ。 私。ビル。日本。地球。太陽。太陽系。銀河。銀河団。超銀河団。宇宙。 果てしなく広がる世界。巨大な宇宙。 「これだけ大きい世界…我々しかいないと考えるのは、不自然です」 そう言われてみれば、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 少なくとも、この志藤と言う人の熱意は、十二分に伝わる。 「平凡原理によれば、我々は決して特別な存在ではありません。平凡で、凡庸で、ありふれた存在です。 それなら、この宇宙には知的生命体がありふれていたって、いいはずです。 あなたが10メートルの高さから落としたボールが、1.8秒後に地面に落ちるように、 地球以外のどこかの星で、知的生命体が存在しているはずなんですよ」 この後、私は3階のプラネタリウムも見学した。ちょうど上映が始まると言う事だったので、タダで見させてもらった。 プラネタリウムのナレーションが言うには、現在地球から見れる星の数は、我々の住む銀河系のうちのほんの一部だと言う。 だがそれでも、地球上にある全ての砂粒の10倍以上の数があると言う。 どうやって数えたのか疑問に思いつつも、それほどの数ですら「一部」だと言う事に畏敬の念を覚えた。 帰り道。外はすっかり暗くなっていた。 なんの気なしに空を見上げるも、街頭が明るくて月ぐらいしか見えない。 月のすぐ隣にやけに明るい星があるなと思ったら、飛行機だった。 あんな小さな光の点の中に、何十人もの人間が乗っている。本当は大きいのに、上空に行くと点になってしまう。 それほど、地球は大きい。なのに、その地球すら宇宙の中では砂粒のようだ。 これほど広大な世界に我々しかいないと考えるのは……なるほど、確かに少し、不自然かもしれない。