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067:かなしみ



「……うわっ、こりゃひでぇ」

 ハルカの第一声はそれだった。というかヒカルもおんなじ意見だろう、絶対。
 扉の窓ガラス越しに見えるのは、ヒトの成れの果て。大昔ヒトを絶滅寸前まで追い込んだ悪夢の奇病「アムズン」が少量ながらもまだこの時代にも残っていてたまにヒトがかかる事もある。
 ちなみにヒトは大昔に比べるとかなり数が減ったが今でもまだ存在している。カリヤやクラウドがその例だ。オレがそんな事を考えているとヒカルが少し引きながら感想を呟いた。

「こんなアムズン、始めて見ましたよ……」
「うーん、あたしどっちかっていうと合成獣や特別変異種の方に詳しいからねー。ユウト、これどーゆータイプか分かる?」

 どっちかっていうと生命体タイプ関係の仕事が多いハルカの質問に対し、機械系全般の仕事をやってる俺が答える。
 って何でこんな説明口調になってんだ?

「アンドロイドタイプと創造タイプを足して足して足しまくったもんだよ。
 そのせいで創造タイプなら本来物質の形が完璧に出来た時点でボトッと落とされる筈が
 アンドロイドタイプの全身機械化によって中途半端な状態で合体したままになってる。
 オレ等に対して害は無いとは思うけど、良く15年間もこの体でいられたなぁ……」
「それ、あんたにも言えるセリフ」

 ……言うな、ハルカ! そりゃ確かにオレは……アムズンに犯された人の子供だけど、ハッキリ言わんでほしかった。
 ちなみに今回オレ達三人がここ、元病院である牢屋にいるのには訳がある。といっても仕事の依頼が来たから来ただけなんだが。
 オレ達は改造したパソコン、もしくはハルカ命名「鳩のコンジョー君」が持ってくる手紙やメールからやってくる仕事の依頼などで食っていっている。何気に評判は高く、結構依頼は来る。仕事は何でも屋に近い。
 ちなみにハルカとカリヤとクラウドが生命体ハンティングもしくはトレジャーハントなどの行動系、ヒカルが浮気調査や極秘情報などを調べるスパイ系、セイナは会計&解析係、でもってオレは機械が多い。
 といっても大抵これは無視されてるけどな。今回の依頼だってオレ一人でも十分なものだし。
 そんな最中ハルカはふざけて仕事の内容を聞いてきた。

「えーと、依頼内容って何でしたっけ?」
「これをコワス事だ。この手のタイプは2,3発切れば死ぬ」
「ふーん。でもあんた一人でやれんの?」
「オレをなめてんのか?」
「違う」

 違う? ハルカの奴、何が言いたいんだ?
 オレが不思議がっている中、ハルカはふざけず真剣にオレの方を向きながらこう言った。





「……あれは、あんたの母親でしょ?」





 あぁ、そういうことか。





「……これは、オレの使命なんだよ」





 俺を産んでしまった悲しい母に対して、安らぎの終わりを与える為に。





 15年前、聞いた話によると母は複数の男に襲われた。アメーバンとロボットも混じっていたらしく、かなり太刀が悪い。助けてもらった時には時既に遅し、母は汚れきった後だった。
 ショックがでかく精神的なダメージもでかいっていうのに、母さんを大きく追い詰める出来事が起きた。

『イヤアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 病院中に響いた悲鳴。それは自分の産んだ赤子、つまりオレを見たからだ。
 オレは生まれた時からアムズンと一体化していてヒトでありヒトでなくモノでありモノでなき存在、言ってしまえばバケモノだったから。
 ショックはでかかった、そりゃそうだ。子供を作らされていただけでなく、自分の体内からバケモノが産まれた事を受け入れられる程強い奴なんていない。
 オレが生まれてから数ヶ月が経った後、母にも異変が起きた。それが、アムズンの感染。いや、襲われていた時から既にアムズンに感染させられていたらしく、オレはその影響下の中で生まれた。
 アムズンの中でも異例なそれは幼いオレの記憶にハッキリ残っている。時間こそはゆっくりだが心身ともに確実に狂っていく母の姿を。

『なんで? ねぇ、なんで? なんであたしなの?
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
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 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで』

 壊れたラジオテープのごとく「なんで」と繰り返す母にオレは、悲しいとも怖いとも思わなかった。
 だが病院の奴等はおびえてしまっていて、殺すか殺さないかの議論が出ていた。本当ならとっくに殺されている筈のオレ達親子だが、当時オレは珍しいからという理由で生かされていた。
 産んだ存在だからという理由で生かされていた母はジャマになってきて、議論されている最中まだ赤ん坊としかいえないオレはブチ切れた。
 これには本当に爆笑したよ。なんたって赤ん坊が病院内のモノを改造したり、動かしたりして暴走しまくってたんだからな。
 オレだけにある能力、それはモノを操る力。等価交換も関係無い、サイコキネシスとかじゃないがモノの形を変えたりその仕組みを簡単に知ることが出来る力。オレは赤ん坊の頃からそれをやってのけた。

『ままを、いじめるな』

 そう言って、オレは気に食わなかった医者どもを徹底的に閉じ込めていった。全く、赤ん坊なのにこれは無いだろって思った。
 そういえばアレがオレの初めて喋った言葉だとあのヒトは言っていた。




「おやおや。一人で来なかったのかい」

 オレが昔の事を思い出しているといきなり後ろから話しかけられた。あっちゃー、ちょっと安心しきってたな。色々な意味で。
 ハルカとヒカルはとっくに振り向いている、オレも相手が分かっていながら振り向いて答えた。

「こいつ等が着いていくって言って煩かったんだよ。……母さん」

 母さん――――オレを育ててくれた病院の院長である初老の女性「キミカ」さん、もとい、この仕事の依頼人。
 オレを唯一ヒトとして見てくれた存在。彼女のおかげで母は死なずにいた。

「そう。相変わらず面白いお友達だねぇ」
「面白いって、他に表現方法無かったの!?」
「ハルカさん、仲が良いとか奇妙よりはまだピッタリだと思うんですけど」
「おっ、ヒカルが良い事言った」
「ドコがよ!!」

 母さんはオレ達の会話を見て笑う。本当に、このヒトは偉大だと思った。バケモノであるオレを全く怖がらずに包んでくれたのだから。
 一通り騒いだ後、オレは一人で部屋に入る。赤ん坊の頃無茶苦茶に改造した病院だったがここだけは前のまま、そこら辺の記憶は無いが壊したくなかったのだと思う。
 もう、壊れてしまったこのヒトを。

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「……」

 オレは眼中に無いらしく、体中メタリックになっていて体の様々な部分が鏡、扇風機、テレビ、ゲーム機等と半端に合体したような姿と化している母は15年前、いや、昔から変わらずひたすら「なんで」を繰り返している。
 オレは機械と化している左手を斧に変えて、母を見る。何故だろう、涙が止まらない。

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」

 止めてくれ。もう、それを言うのは止めてくれ。
 耳を塞ぎたくなる、逃げ出したくなる、拒絶しか出来なくなる。
 だがオレがどんなに願っても母が別の事を喋ってはくれない。

「………………くそったれ」

 オレは床に涙をこぼしながら、顔を涙と鼻水で汚しながら、母に向かって斧を振り下ろした。

「なん………………おかえり」

 オレが斧を大きく振り下ろしている最中、母は始めてオレの顔を向いて、笑顔で別の事を喋った。
 それと共に、オレの振り下ろした斧は母の笑顔を壊してしまい、オレは斧が母の笑顔に埋め込んでしまっているのにも関わらずその場に力なく座り込んでしまった。

「……うそ、だろ」

 信じたくなかった、認めたくなかった。あんなに狂っていた母が、笑った。
 悲しみに囚われていた母が、バケモノとなっていく母が、あの頃と心は変わっていない筈の母が、
  オ レ ニ ム カ ッ テ ワ ラ ッ テ ク レ タ ?

「うそだろ、うそだろ、うそだといえよ……いってくれよ、ママ」

 もう、涙が止まらなかった。止めたいとも思わなかった。
 オレは壊してしまったママの前で泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きまくった。






「ママ」






 オレは、ママと一緒にいたかった。