068「扉」


 彼の目の前には、一枚の大きな扉。
 彼の頭を遥かにしのぐ、大きな扉。
 彼の視線をずっと受ける大きな扉。

 何故これほど大きな扉があるのか。いったい誰が、何の目的でこの扉を作ったのか。
 そしてこの扉の向こうには、何があるのか。誰がいるのか。

 彼は、その答えを全て知っていた。だからこそ、彼は扉をずっと見つめていた。
 この扉を開けて、広い世界へと飛び出そうとしていた。

 しかし、彼にはそれが、出来ないのだ。

 軟禁状態。

 彼はそう、この部屋に軟禁されているのだ。

 部屋には窓があるが、ここはビルの5階だ。窓から飛び降りれば、そのまま死ぬだろう。それでは意味が無い。
 助けを求めようにも、隣のビルまでは距離があって、助けを呼ぶ事は出来ない。
 実質、出入り口は、この扉しかないのだ。

 彼は、幾度と無く扉を開けようとしてきた。しかし、そのつど失敗した。

 この扉の表面はツルツルしていて、何の取っ掛かりも無いのだ。
 扉である以上ノブはついているが、その丸いノブは、ツルツル滑って掴めない仕様になっている。素手では無理だ。
 諦めの悪い彼は、今もノブを回そうとしたが、やはりツルッと滑って失敗に終わった。

 扉は、こちら側に引いて開ける物だ。押して開ける物ではない。

 扉と、扉の枠とのわずかな隙間に爪を引っ掛けて、扉を開けようと試みる。これも、今まで何度もやったことだ。
 だが、ノブを回さないことには、開きそうに無い。

 何とかして扉を開けようと、部屋の中を見渡した。部屋には色々な物がある。

 ソファー、テーブル、テレビ、椅子。
 パソコンもあるが、インターネットにはつながっていないようだ。これで助けを呼ぶ事も出来ない。

 この部屋には、食べ物が豊富に詰まった冷蔵庫がある。キッチンもある。なかなか待遇は良いと言えよう。

 ナイフ、包丁、フライパン。ガスコンロに電子レンジに炊飯器…。
 調理道具は一式揃っているが、扉を開けるのに役立ちそうな物はない。

 電子レンジのような重い物で叩けば、扉は壊れるだろうか。
 そう思った事もあるが、固定されているのか、電子レンジは押しても引いてもビクともしない。

 幾度と無く扉に頭をぶつけるが、やはり扉は動かない。彼の力では、決して開ける事の出来ない、鋼鉄のような大きな扉。

 彼は、扉の前に座り込んだ。
 彼は、大きな扉を見つめた。
 彼は、その時物音を聞いた。

 扉の外から、足音が聞こえた。帰って来たのだ。彼をここに閉じ込めた張本人が。

 彼は扉から少し離れて身構えた。

ガチャ

 彼の力では決して開かないその扉が、いとも簡単に開けられた。扉の隙間から入って来たのは、1人の女。

 彼女は彼を見下ろすと、「ただいま」と一言言った。
 彼は彼女の腕の中に飛び込むと、「みゃぁ」と嬉しそうに鳴いた。

こんにちは、068「扉」を書かせてもらったキグロです。
本当は、このタイトルで密室殺人事件を書こうと思ったのですが、何故か浮かんだネタがこれ……。
何故だ!? 何故なんだっ!?
…次回は推理物か、科学系を書かさせていただきます(←最近、科学系のショートショートを書いては消している)。
では、最後までお読みいただき、ありがとうございました。