「っはぁっ、アァァァ…!」

 もがく。胸をかきむしるようにして。
 地面に四肢をついて、必死に渇きに耐える。

 痛い。耐え難いほどに。
 過ぎた渇きは激しい痛みを伴う。

「…、はあっ、はぁ…」

 何とか山は過ぎた。
 おそらくこれで、今日はもう来ないはず。

 冷たい床から棺桶の中に入りなおす私。

 暗い闇の中で、目を閉じ、思う。

 私はあとどのくらい、この渇きに耐えれるのか、と――





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 079 耐えられる
  「赤い渇き」
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 小鳥のさえずりで目が覚めた。

 重く封印された蓋をこじ開けると、カーテンから日光が差し込んでいた。
 私のような夜の眷属というか、そういうモノに対しては驚異的だと思われているけど。
 実際にはそれほど辛くないのよね。多少だるいけど。

 そうしたことを考えつつ、起き上がる。 ――む、右の肘が固い。寝違えたか?

「ふあぁ…」

 寝癖がついたままの自慢の銀髪を撫でつけ、ドアを開ける。

「おはようございます、瑞穂様」

 …あけた先には、玖珂が居た。

「お、おはよう玖珂。…つかなんで私の部屋の前に?」
「いえ別に、意味はありません。丁度通りがかったら蓋の落ちる音がしましたから」
「あ、そう…」

 んー、玖珂は何か苦手だなぁ…。
 この態度というか、温度差というか…

「ところで、志穂と志苑は?」
「まだ起きてはおられません。それにまだ起こす時間でもないですし」

 そういわれて壁掛けの時計を見て見ると、まだ5時。
 学校は大体7時くらいに家を出ればいいから、十分余裕がある。

「それよりも、瑞穂様はどうかしたのですか? いつもならまだ寝ていらっしゃると思ったのですが」
「…あー、ちょっと寝付けなくてねぇ」
「そうですか。それと、先ほどイデア様から電話がありました。」
「ん、なんて?」
「『30分で着く』との事です。電話があったのは20分前ですが」
「さいですか」

 いつもの事ながら、突発的に来るのはやめてくれ、イデア。

「んじゃ、とりあえず出迎えの準備しますかね」
「はい、私は仕事に戻ります」

 そういうと、会釈して去っていく玖珂。
 手にモップを持っていたところから、どこかしら掃除してくるんだろう。ご苦労なことだ。

 さて、と。

「で、いい加減人の背後に気配消して立つのは悪趣味だと思うんだけど、イデア?」

 背後に向かって話しかけると。

「個人的には早く気付いてほしかったんだけど。お早う瑞穂」

 そういいながら、銀髪の女性が姿を現した。
 まぁイデアなんだけど。私とは仕事仲間というか、同族というか。

「何回目?」
「今回で11回目になるかな」
「飽きてこない?」
「さぁどうだろう?」

 肩をすくめて大げさにおどけてみせるイデア。

「で、何の用? つーか、10分早いわよボケ」
「10分前行動ってヤツをやってみたんだ」
「そりゃ3分前行動、さらにそれは中学生の言葉なんだけど…」

 お前、今何歳ですか。
 少なくとも私と同じくらいだと思ったんだけど…

「で、まぁ瑞穂。調子はどうだ?」

 急に真顔になって話すイデア。
 この調子だと、おそらくばれているに違いない。

「調子って、何がよ」

 それでもあくまで隠す。

「隠しても無駄、って事は分かってるだろう? 君の中の衝動が大きくなってることくらい、すぐ分かる」
「あらそう。まぁ隠すつもりもないけどね」
「あらそう、って… それでいいのか?」

 相変わらずうるさいんだから、コイツ。
 そんなこと、聞かなくても分かってるだろうに。

「いいわよ。もしもの時はよろしくね。理穂にも言ってあるけど、あの子土壇場に弱いから」
「………」
「そんな顔しないでよ。それに、私はまだ耐えてやるんだから」

 そう。私はまだ耐えられる。あの渇きに。

「…分かった。まぁ今日のところはそれだけだ。もう帰るさ」
「あら意外。もうそろそろ朝食だから、珈琲くらい飲ませるわよ」
「いや、ご厄介になると悪いからね。それじゃ失敬」

 そういうと、イデアは柱の影に寄りかかるようにして消えた。

「今までの迷惑考えてああいう科白いえるかしら…全く」

 悪態をつくと、時計を見上げる。
 もうそろそろ6時。二人を起こしに行く時間だ。

 そう思うと、私は階段を上っていった。




 -☆-




 さて。
 どうしたものか。

 …うん。

 とりあえず。

 ――ガバッ!

 私は両手で思い切り布団を剥ぎ取った。

「きゃあっ!?」
「志苑、朝だよ、起きろー」
「み、瑞穂さんっ、心臓に悪い起こし方しないで下さいよ! 一瞬というか数秒浮きましたよ!?」

 とりあえず志苑を起こした。
 気丈に振舞ってても、その内ウブなんだから。 ピンクのパジャマが目にまぶしいよ。

「大丈夫、死なないようにベッドの上に落としたでしょ?」
「落としたって、やっぱり確信犯だったんですね…」

 あ、やべ。

「まぁとりあえず、玖珂がご飯作ってくれてるから早く着替えて下に行きなー」

 返事を待たずして、そそくさと部屋を出て行く。
 後ろから愚痴愚痴言っている声が聞こえるが、気にしない。いつものこと。
 志苑とは何か相性が悪いのよね…何でだろう。

 さて、次は志穂の部屋。

 志苑の部屋とは違って、何か…こう、お子様っぽい? 感じが否めない。
 だけどなぜか、綺麗なナイフが壁に飾ってあったりと、どこかずれてる感じもする。
 …あ、でもこのナイフ結構造りいいわね…

 とと、いけない。起こさないと。

 志穂は完全に布団をかぶったまま微動だにしていない。爆睡している模様。

 やはり定石で布団はがしで行くかな。
 前回は普通に起こしたし。今回はいいだろ。

 そう思って、布団に手をかけ――

 ――ゴガッ!

「ったぁっ!?」
「きゃっ!?」

 ――たら、跳ね上がってきた志穂のおでこが顎に直撃した。

 鈍い音がして、双方ひっくり返る。

「いっ痛ー………志穂、これは何、ブービートラップ?」

 顎を押さえつつ見ると、志穂はおでこを抑えて悶絶していた。
 相当痛かったようだ。

「大丈夫?」
「…だいじょーぶれす、ごめんらさい」

 涙目で謝ってくる志穂。

「や、とりあえず冷やした方がいいかな…こういう時は」

 そう思って、ベッドの傍らにおいてあった冷えピタ(子供用)を取ると、志穂のおでこに貼り付ける。

「う〜…まだジンジンするよ…」
「じっとなさいな」
「むぅ… ごめんなさい、瑞穂さん…」
「謝らなくてもいいってば。というか何で突然起き上がったりしたの? 夢見悪かった?」

 そう聞くと、ちょっと落ち込むような素振りを見せる。
 どうやら本当に悪かったようだ。ちょっと墓穴ったかなぁ。

「これでよし、と。まぁもう6時だから着替えて降りてきなさいな。ご飯も出来てるし」
「…はい」
「それじゃ、私は戻るけど」

 ――はっし。

「?」

 見ると、服の端を志穂がしっかりと掴んでいた。
 まるで逃がさないかのように。

「どうしたの志穂? まるで赤ちゃんみたいよ?」
「瑞穂さん…」

 顔を伏せて見えないようにしてるけど、多分、ちょっと涙目。
 声の様子から、震えてるのが分かる。


「瑞穂さんは、いなくなりませんよね?」


 志穂は震える声を押し殺してそう言った。

「…どうしたの、いきなり」
「夢を、見たんです。よく覚えてないけど…お母さんとかと同じように、瑞穂さんも忽然と消えるような…」

 手の振るえが、服を通して伝わってくる。

「瑞穂さん…瑞穂さんは、いなくなったりしませんよね? 私や志苑ちゃんを置いて、何処か手の届かない場所に行ったりは…」
「…馬鹿ねぇ」

 ポン、と頭に手を置いて撫でてやる。
 まだ寝癖のついた頭をくしゃくしゃと。

「言ったでしょ? 私は薫と約束したのよ、貴方たちを守る、ってね。それが果たされるまでは、ずっといるわよ。それに――」

 軽く腕に力を入れて、抱き寄せる。

「こんな寝癖だらけのお子様、放っておけるわけないじゃないの?」
「瑞穂さん…」

 私の背中に腕を回して来る志穂。

 そのまま、少しの空白。

「…でも、瑞穂さんも人のこと言えませんよ?」
「ん?」
「ほら、寝癖ばっかり」

 志穂が髪の毛を撫で付けてくる。

 …しまった! 起きてからそのまま来ちゃったんだった!
 イデアと話してたから洗面所へ行く時間が無かったんだ…

「あ、これはね、ちょっと時間がなくてね? イデアと話したりしてたし…」
「はいはい、分かりました」

 クスクスと可笑しそうに笑う志穂。
 その様子から、もう大丈夫だと思った。

「もう、志穂聞いてないわね!?」
「聞いてませーん♪」

 ふざけて耳をふさぐ格好のままそっぽを向く志穂。でもその顔は笑顔。

「ちょっと、志穂ったらっ!」

 怒る私も、笑顔のままで。
 いつの間にか、起きてからうっすら感じていたはずの渇きさえ、引っ込んでしまった。




 きっと私は耐えられる。耐えてみせる。
 そして、ずっと貴方たちを守るわ、志穂―――。


紅桜より、紅瑞穂、イデア、神奈理穂(名前のみ) 紅桜αより、玖珂、天音志穂、天音志苑