081「誕生日」

「そう言えば、サチカの誕生日って、いつなの?」
 昼休み。教室のざわめきの中。ミキがサチカに聞いた。
「あれ? 言ったこと無かった? 7月15日よ」
「え、うそ。わたしと同じなの!?」
「ホントに!?」
 キャーッと喜び合う中学生女子2人。誕生日が同じ、と言うのは仲良くなるきっかけにはもってこいだろう。
 この2人は元々仲がいいのだが、お互いの誕生日は、今まで知らなかったようだ。
 ちなみにキグロ(作者)も、クラスに同じ誕生日の人がいるが、あまり話した事は無い。
「お前ら、抱き合って何やってんだ?」
「あ、先生」
 たまたまやって来たイノウエが、2人に聞いた。
「傍から見ると怪しいぞ」
「先生、それより聞いてくださいよ!」
 イノウエは、理屈っぽいが生徒受けは良い。2人の女子に腕をつかまれ、イノウエは話を聞かされることになった。
「あたしたち、誕生日が同じなんですよ!」
「へぇ?」
「2人とも、同じ7月15日。たった今判明したんです!」
「これって、すごい奇跡じゃないですか?」
「そんな事も無いさ」
 イノウエはさらりと言ってのけた。そして、意味深にニヤリと笑い、2人に聞いた。
「このクラスは、全部で何人だ?」
「40人です」
「40人か…。閏年を考えない場合、その中で同じ誕生日の人が少なくとも1組いる確率は、どのぐらいだと思う?」
「え〜? 1年って365日でしょ。そのうちの1日なんだから、相当低いんじゃないんですか?」
「そうでもない。じゃぁ試しに、『1組も同じ誕生日の人がいない確率』を求めよう。こっちの方が簡単だ」
「1組もいない…」
「いきなり40人は考えにくいから、まず2人にしよう。たった2人だけのクラスで、その2人が同じ誕生日にならない確率だ」
 イノウエは無意識に黒板に近づき、チョークを取った。
 教員生活30年。人に何かを説明する時、黒板があった方がやりやすい。
「2人が同じ誕生日ではない確率…。それはズバリ、365分の364だ。何故かわかるか?」
「えっと……?」
 2人は少し悩んだ後、サチカが言った。
「あ、そうか。2人をAさんとBさんとすると、Bさんが、Aさんの誕生日と一致しなければいいわけだから…」
「そっか。Aさんの誕生日が、365日のうちの1日だから、Bさんはそれ以外の364日のうちのどれかで産まれればいい…」
「だから、365日のうちの364日のどこかで産まれている確率、つまり365分の364が、同じ誕生日にならない確率!」
「その通りだ」
 イノウエは、黒板に『2人…364/365』と書いた。
「とすると、2人の誕生日が一致する確率は、365分の1、と言う事になるな。要するに、0.2%だ」
「2人だと、やっぱり少ないですねぇ…」
「そうだな。サイコロを3回振って、3回連続で1が出る確率が0.4%だから、それより低いな」
「…はぁ」
 何故そんな事を瞬時に計算できるのか、と2人の少女は思った。
 2人の思いを他所に、イノウエは話を続ける。
「では、今度は3人だ。3人の誕生日が一致しない確率は?」
「さっきと同じように考えると…」
「BさんがAさんと一致しない確率が、365分の364で、CさんがAさんと一致しない確率も、365分の364…」
「って事は、求める確率は365分の364かける、365分の364で…」
「いや、違う。Cさんは、AさんとBさん、2人の誕生日と一致してはいけないんだ」
「あそっか。Cさんが、Aさん、Bさんと一致しない確率は…365分の363?」
「その通りだ。あとは、その2つをかければいい」
 イノウエは、先ほど書いたところの下に、『3人…364/365 × 363/365』と書いた。
「これが3人の場合だな。では、4人だと?」
「4人だと…」
「わかった。365分の364かける、365分の363かける、365分の362だ」
「その通りだ」
 イノウエは黒板に、『4人…364/365 × 363/365 × 362/365』と書いた。
「では聞こう。40人だと、どうなる?」
「40人だと…」
「簡単じゃん。分母はずっと365のままで、分子が364、363、362、361…って減っていくのよ」
「そうだ。どこまで減る?」
「えっと…2人だと分数1個、3人だと分数2個だったから、40人なら39個…。だから、365引く39で、326まで!」
「その通りだ。そして、364から326まで、全てかけると、いくつだ?」
「え?」
 2人の娘は、ここで答えを詰まらせた。イノウエだって、こんな計算、出来やしない。
 イノウエはポケットから電卓を取り出すと、ポンポンと計算を始めた。
「先生、なんでポケットに電卓…」
「俺は数学教師だからな。電卓と定規、分度器、それに紙とペンは必携だ」
「はぁ…」
「ちなみにこの電卓、関数電卓って言ってな、便利なんだぞ。364から326までかけた答えが、一瞬で出る」
「で、いくつですか?」
「99桁の数字だ。俺には読めない」
「99桁…で?」
「今度はこれを、365で39回割る。すると…」
 イノウエは、再び電卓を操作した。
「出た。答えは、約0.1だ」
「0.1? やっぱり、誕生日が一致する確率は、低いんじゃないですか」
「勘違いするな。これは、『誕生日が一致しない確率』だ」
「あ、そっか。って事は、一致する確率は…」
「0.9。パーセンテージで表すと、実に90%にも上る。…誕生日が一致しない確率の方が、低いんだ」
「へぇ……」
 イノウエは満足げに微笑んで、黒板消しで、今書いた物を全て消した。
 この2人の少女は、数学の成績は悪くはないが、あまり好きではなさそうだ、とイノウエは常々感じていた。
 今回は、良い機会だった。これで、少しは数学を好きになってくれると、ありがたいが…。
 そう思った時、イノウエがもっとも苦手とする質問が飛んできた。
「ちなみに、先生って誕生日、いつなんですか?」
「え?」
「あ、そう言えば、あたしも知りません。いつなんですか??」
「え、いや、それは…ちょっと」
「教えてくださいよぉ。いいじゃないですか、別に!」
 イノウエは一度唇を噛み、搾り出すような声で、小さく言った。
「に…2月29日…」
「あ、閏年」
「同じ誕生日の人に会う確率は?」
「…目の前の人間が2月29日生まれである確率は、1461分の1…。0.06%だ」
「…ご愁傷様です☆」
 ちょうど、チャイムが鳴った。
 5時間目は、確か数学だったな、とサチカは思った。


081「誕生日」を書かせてもらいました、キグロです。 「誕生日」と聞いて、即座に確率を連想する自分は、やっぱり理系…なんですね。 ところどころのあとがきで「科学系」と言っていましたが、「科学系」と言うのは、こういうネタの事です。 …まぁ、今回のは「科学」と言うより、「数学」ですが。 ちなみに、最後、「40人の中に2月29日生まれの人がいる確率」を求めようと思ったのですが…。 電卓が、オーバーフロー(桁が大きすぎて計算できない)しました。 くそう…。 なお、今回はじき出した確率ですが、「40人の中に、同じ誕生日の組が、『少なくとも1組』存在する確率」ですので、 2組、3組、あるいは3人1組、4人1組などの場合も全て含まれています。