日曜日の朝。
 素晴らしき惰眠を貪っていた私は。

「お早うございます、志穂様」

 玖珂さんの義務的な起こし方で目が覚めた。


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 088 冬に
   White X'mas
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「ん…んぅ…」
「日曜日でも、最低起床は9時です。ご理解を」

 そういいつつ、無慈悲に布団を剥がす玖珂さん。
 うわっ、寒い。

「う〜…さぶい… 何、今日の最低気温って幾つですか…」
「新聞では2度と言っていましたが。まぁ外を御覧頂けば分かるかと」

 2度…というか、玖珂さんが新聞を読んでる姿って想像できないなあ。
 テレビとかでも縁遠そうなのに…。

 そう思いつつ、薄いカーテン越しに外を見て見ると。
 そこには、一面の銀世界。

「…雪っ!?」
「はい。雪ですね」

 驚きの余り目が完全に覚める。
 確かに寒いのは納得いったけど…それにしたって雪は早すぎない?
 だって、今はまだ11月下旬なのに。本当に雪?

「考えていらっしゃることはありありと分かりますが、雪です」

 …そんなに考えてること顔に出るかなぁ。
 冷静に言われると、ちょっとショック。

「とりあえず、着替えが終わりましたら下へどうぞ。食事の用意が出来ております」
「ふぁ〜い…」

 大きくあくびとともに伸びを一つ。
 一応ヒーターが起動しているが、寒い。おそらく玖珂さんが入ると同時につけたのだろう。
 起動したばかりのエアコンは暖房・冷房ともに役立たないからなぁ。

 パジャマを脱いで、下着をつけて、ふと気になって窓の外を見て見る。
 ――見事なまでに銀世界。
 まだ黄色、もしくは赤い葉がついた木にも白い雪が積もっている。

「うへぁ〜…こりゃ雪だなぁー」

 服を着ながら、分かりきったことを呟く。
 微かにだが、雪はまだ降り続いており、その様子が寒さを物語っている。

「後で雪だるまでも作りたいなぁ…」

 そういいつつ、着替え終わった私は食事を取るため下へと降りていった。





 -☆-




「瑞穂さんはいないの?」

 食事が中ほどになってからふと呟く。
 てっきり仕事とかが忙しかったりとか、寝坊とかしているのかと思ったけれど。
 そう疑問をあらわにすると、傍らに控えていた玖珂さんが答えた。

「はい。少々仕事で出かけるとの事です」
「へぇ…どこに行くかとかは?」
「伺っておりません」

 伺ってない、ってことは多分秘密のお仕事なんだろう。
 瑞穂さんは教えられる行き先なら、絶対に行ってから行く人だからだ。

 でもちょっと残念。

「そっかぁ…まぁいいか、今日は志苑ちゃんで遊ぼう!」
「…姉さん、それは間違えたのかわざとなのか聞いていいですか?」
「志苑ちゃん、そんなドス黒いオーラをお姉ちゃんに向かって出しちゃダメよう…」

 う〜、冗談のつもりだったのに。




 -☆-




 しかし困った。暇である。

「う〜ん…」

 何もすることなく、ベッドに転がって寝返りを打つ。
 志苑ちゃんは機嫌を損ねたのかどうなのか、「勉強する」と一言残して部屋に篭ってしまった。
 玖珂さんは勿論遊んでもらえることなどなく。
 …過去にトランプに無理矢理誘ったら、完全に叩きのめされたからなぁ…

「瑞穂さんが居れば何かしら料理とか教えてもらえるのに…」

 ああ見えて家庭的なスキルは完璧な瑞穂さん。
 休みの日は一緒にお菓子を作ったりする。
 材料が同じなのに、味が180度違うのは何でだろうと呟いたら非常に困った顔をしていた。

「ひ〜ま〜」

 それほど暇ならば、勉強でもしたらいいのだろうが、気が向かない。
 それに、宿題とか何も出てないのに勉強とか、何か損した気分になる。何故か。
 何か暇をつぶせるものはないかな…

「おや?」

 そこへ目に飛び込んできたのは、読みかけの文庫本。
 そういえば友達の沙耶ちゃんに借りたまんま、放置しっぱなしだった。

 これは丁度いい暇つぶしの材料。

 私は手を伸ばしてそれを取ると、寝転がったまま読み始めた。

「んー…ああ、主人公とその愛人が逃避行したところか…」

 軽い感じの文庫本のカバーとは裏腹に重い内容を、適当に読み進めていく。




 約20分。




 正直飽きた。なんつーか、擬音ばっかり使ってるもんだから読むに読めない。
 それに擬音使うにしても、同じような表現ばっかだし。
 そういえば沙耶ちゃんも「外見に騙された」って言ってたような気がしないでもない。

 うん、これはハズレだ…

 そう思うと、私は傍らに置いてあった栞を挟むと、四肢をベッドに投げ出す。

 ぼーっとしたまま天井を見つめて見る。

 何もすることがない。
 それに乗じて、なんだか眠くなってくる。

「…寝るかな」

 いつも9時には起こされて、惰眠を貪れないから、今日くらいはいいだろう。
 たまにはお昼寝もいいよね。

 決めると、布団をかぶりなおして目を瞑る。

 簡単には寝付けないかな、と思ったけど、意外とすんなり眠気は来てくれた。





 -☆-





「…志穂、起きなさい、志穂ったら…」

 ゆさゆさ。

「…もう、こんな時間に寝てるなんて、何考えてるのよ…」

 ゆさゆさ。

「………」

 ガバッ!

「うっひゃぁ!?」
「おー起きた起きた」

 気持ちよい眠りについていたところを不意打ちで布団剥がされて起きる私。
 …くそっ、今のは絶対ノンレムだったのに。

「おそよう志穂」
「瑞穂さん…布団剥がす前に優しく揺するとか考えないんですか…」
「その口でそれを言いますか志穂は…大体、人が帰ってきてみれば寝てるんだもの」

 そういえば、瑞穂さんはいつの間に帰ってきてたんだろう。

「ついさっきよついさっき。てっきり志穂が出迎えてくれると思ったのにさー」

 人のベッドに腰掛けて、足をぶらぶらさせる瑞穂さん。まるで子供。
 …というか心読まれましたね。やっぱり顔に出やすいのかなぁ。

 ふと、瑞穂さんが持っているものが気になった。

「なんですかそのビニール袋?」
「ああ、コレ?」

 軽く掲げてみせる。

「まぁ見ればわかるって。ほら」

 ひょいと投げられたそれを慌てて受け取る。
 色は赤。ラッピングされている模様。

「…プレゼント?」
「まぁそういうトコだね」
「開けてもいいですか?」
「…まぁ、多少恥ずかしいけどいいよ」

 確認を取ると容赦なくビリビリと包装紙を破いて中身を取り出す。
 紙の箱に包まれたそれは、時計だった。

 細い鎖でつながれた、綺麗な銀の懐中時計。

「これは?」
「これはって、懐中時計だよ。前に欲しがってたでしょ?」
「んー…覚えがないけど」
「確か2,3年前だった気がする」
「それは覚えてませんよ…」

 苦笑しつつ、手にとって見てみる。
 非常に凝った造りで、それ自体が輝く宝石のよう。
 鎖を首に回してかけてみた。

「似合いますか?」
「似合う似合う」

 瑞穂さんは微笑んだ。

「まぁ、ちょっとクリスマスの日に用事が入ったから、どうせなら手早くってことで」
「え、これクリスマスプレゼントだったんですか?」
「そーよ。天気も丁度いいし。そんくらい高価なもの、このときくらいしか上げないんだから」

 そういって瑞穂さんは意地悪く笑う。
 少し気になった私は、値段を尋ねて見ることにした。

「これ、いくらですか?」
「当ててみ?」
「…5000円程度じゃないんですか?」
「桁が違うね」

 マジですか。

「50000円もしたんですか、これ… 流石につけるには高価すぎますよ」
「いや、まだ足りないよ」
「はい?」
「それ、確か…250000したかな」

 にじゅーごまん?

「マジですか!?」
「マジですとも。高かったわよー?」
「そりゃ高いでしょうに! というかこんな高価なものもらっちゃっていいんですか?!」

 慌てて鎖をはずして元の箱に収める。
 よくよく見れば、箱だってただの箱じゃなくて、専用の入れ物っぽい。

「いいのよ、別に。お金なんて在って無いようなものなんだから」
「そんなもんですか…」
「そんなもんなのよ。それにね?」

 無邪気に笑うと。

「大切な人に贈るものだから、出し惜しみなんて出来ないでしょ?」

 そんなことを平然と言ってのけた。

 ちょっと頬が熱いですよ。

「そーゆーこと平気で言うんですね…多少恥じらいってモノはないんですか」
「ないねぇ。だって人間じゃないしー?」
「だからって…まぁ、有難うございます」

 もう一度手にとって優しく撫でる。

 時を刻む音が、小さく聞こえる。

「それじゃ、私は志苑にもプレゼント上げなきゃいけないから、これで」
「はい、分かりました」

 ひょいとベッドから降りると、振り向かず外へと出て行く。


 その背中を見送った後、私は再び時計を首につけた。

「もー…ああいう事平気で言っちゃうからなぁ、瑞穂さん…」

 布団をかぶる。
 頬が赤いのは多分気のせい。

「こんな高価なものもらったら、お返しが大変じゃないですか、ねぇ。」

 そう思いつつ、今から何をして返してやろうと考えるのが少し楽しみでもある。



 首に、彼女の髪と同じ、銀色の時計が揺れた。



紅桜より、紅瑞穂 紅桜αより、玖珂、天音志穂、天音志苑