25時のパラノイア

「またA棟の患者が抜け出したのか?」
「はい。抜け出したのは過去にも何回かの脱走を繰り返しています」
「その時はどういう処置をとった?」
「謹慎処分と懲罰です」
「その患者はなんと言った?」
「もうしませんと言いました」
「そうか……なら約束を破ったわけだな……」
「そうです」
「ならいつも通りに処分してしまえ、約束を守れないやつなどゴミだ」
「わかりました」


建物を壁も真っ白な空間だ。
なにもない。いや、ベッドがあるか。
あと人もいる。
「あれ? 昨日までそこで寝てたやつはどうした?」
「さぁ、知らないね。昨日逃げ出していたみたいだから」
「無事に逃げたのかなぁ?」
「殺されたんじゃない?」
「あぁーあり得るな。あいつはマヌケだからな」
 どうしてだろう?
 どうしてこんなところでこんな会話をしてるんだろう?
 みんなこんなに普通なのに?
 どこが悪いんだろう?
 おかしいのはここにいる医者のほうじゃないのか?
 気に入らないのはみんな殺せばいいと思ってる。
 信じられない。


 ここは病院の薬臭さもない奇妙な病院。
 ここでは特殊な患者を扱っているとしか聞いていない。
 患者はみんな至って普通なのに……。
 とりあえず朝の仕事である点呼を取りにいかなくちゃ。
 ドアをノックしてから入るとすでにみんな起きているようで起こす手間が省けた。
「みなさんもう起きていたんですね。それじゃあ点呼をとりますね」
「看護婦さーん、すいません。なんか一人朝からいないんですけどー」
「え? またですか?」
「はぁ……ちゃんと探しておきますね」
 ここの病院は時々患者がいなくなる脱走なのかそれとも単にトイレかどこかに行ってい
るだけかは知らないけど。
「探しても無駄なんじゃないですか?」
「どうして?」
「だってどうせ殺されちゃったんでしょ? それじゃー探しても見つからないよ。自分も
死んで追いかけるしかないんじゃないのかな?」
「はぁ……」
 この病棟の人たちは大抵こういうことを言う。誰かいなくなったら死んだの殺されたの
なんだなと。実際に朝はいなくても昼には帰ってくるケースが大半だというのに。
「まぁまぁ、看護婦さん。気にしないでくださいよ。あいつは元々おかしかったんだし」
「それは言い過ぎだって。せめてちょっと特殊とかにしてやれよ」
「どっちだって変わんねーよ」
 おかしいのは自分たちのほうじゃないか?
 とふと思ってしまう。
 事務的に点呼を取り私は病室を後にした。


 この病棟は見舞いの客がほとんど来ない。身内も親友も誰も来ない。
 ごくまれに人が来ることがあるがこのナースステーションを利用することなんてない。
 だからこのナースステーションは休憩所以下の堕落した場所に成り下がっている。
 菓子やジュースが常に置いてあり、誰かがそれを食べている。
 大した目的も無くこんなことをしてるようじゃそこら辺にいる家畜とやっていることは
なにも変わらないような気がする。
「点呼終了しました」
「ご苦労様。みんなちゃんと居た?」
「なんか一人いませんでした。他の患者は脱走だとか殺されたとか言ってましたけどね」
「まぁ、いつものことだから驚くことじゃないわね。夜までに帰って来なかったら報告し
ましょう」
「そうですね」
 今日またいちだんと堕落していく。
 患者のことなんて知ったもんじゃない。あのどっからどう見ても健康そうなやつらのこ
となんか。
 健康な患者なんか患者じゃない。私達の手間を増やすだけの家畜以下もいいところよ。


 ここの病院はいつ来ても生きてる感じがしないな。
 ナースステーションにいる看護婦もやる気が無さそうに同僚の看護婦と一緒に菓子を食
べている始末だ。
 仕事に大してやる気がないやつはやはり家畜なのだろうか? 
 俺も自分の仕事にやる気がわるわけではないからあそこにいる看護婦と変わらないな。
 それに仕事をしてるからまだ家畜よりはマシだ。
 そんなことよりも院長室へ行かなくちゃな。
「院長、入るぞ」
 返答も聞かずに院長室のドアを開ける。そこには豪華な椅子にやる気無く腰をかけてい
る院長の姿があった。
「相変わらずやる気がないな」
「そんなことはどうでもいい。今日は一晩中頼むぞ」
「一晩中!? どうしてだ? 一人やればいいだけじゃないのか?」
「今日は何の日だか聞いてから来なかったのか?」
「そんなことに興味はない。ただいつも通りにすればいいと思っていたが違うのか?」
「今日はちょうどパラノイアが起こる日だ」
 パラノイア……今日がちょうど起こる日だったのか。
 この事は同僚に何回か聞いたことはあるが相当なもんらしい。
 気が違った、気の狂ったとかの言葉では表せない状況だと言っていた。
 なんにせよ、言われた仕事だ。やるしかないだろう。
「俺はどうしたらいいんだ?」
「夜の1時までゆっくりしてろ」
「仕事の内容は?」
「時間になれば嫌でもわかる」


「ねぇ、今日はせっかくだから飲みに行かない?」
「たまにはいいわね。行きましょうか」
 どういうわけだか知らないけど急に今日の帰りが早まった、しかも私と同僚の二人も同
時に。しかも明日は休みというおまけ付きだ。
「たまに休みがあるっていいわねー」
「しかし、一体なんで休みになったのかしら?」
「知らない。でもいいんじゃないの? 貰えるもんだから貰っておきましょう」
「そうねぇ。でもどうせなら男と飲みたかったわね」
「贅沢は敵よ」


 消灯時間からもうどれくらい過ぎたのだろうか?
 今日はなぜだか眠れない。体の奥がウズウズしてくる。頭の芯が火照るように熱い。
 今にも天に届きそうな気分だ。目を瞑っていても世界が見えるようだ。
 他のやつらはどうしてるんだろうか?
 目を閉じて集中してみると他のやつらのことが手に取るようにわかる。
 あぁ、みんな俺と同じで見えてるんだ。
 見えている? 全部? 俺のこともか?
 あれ? でも俺はお前のことが見えない?
 でもお前は見えている?
 お前は見ている?
 俺は……なにも見えてない?
 どうしてだ? どうしてだ? どうしてだ? どうしてだ? どうしてだ?
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?
「あぁぁぁぁ! なんでだ! なんでお前らは見えてるんだよ!」
 隣で寝てたやつに拳を思いっきり叩きこんだ。
 ボキっともバキッともつかない中間の歯を砕く音が部屋に響いた。
「はぁぁ……ひぁぁぁ……」
 いきなりの衝撃に驚いたのだろうか? それとも歯の折れた衝撃に驚いたのだろうか?
 無様に顔面を押さえながらベッドの上をのたうち回っている。


 リノリウムの床のひんやりとした感覚が靴の上からでも感じとれるような気がした。
 時間にして0時58分。1時までもう少しだ。
 これからなにが起こるのだろうか?
 病院には誰もいない。看護婦も帰らされたらしい。
 居るのは実質院長と俺と患者ぐらいなもんだ。
「あぁぁぁぁ…………」
 遠くから叫び声が聞こえてきた。
 時計を見ると1時……約束の時間だ。
 悲鳴は色々な部屋から聞こえ始めてきた。発狂なのか断末魔なのかはわからない。
 確かめて見ないとなんとも言えないな。
 その瞬間だった病室の扉が打ち破られるように開き中から患者が出てきた。
 その顔を恐ろしいもんだった。
 不安、焦燥、怒り、妬み、疑心……全ての負の感情が綯交ぜになったような顔だった。
「お前も見えるのか? 見てるのか?」
 静かな口調のままこちらに向かってくる。明らかに敵意は剥き出しだ。
 一瞬、ほんの一瞬躊躇ってしまった。
 バスッ!っという音がしたと思うと向かってきた患者は額から血を流していた。
「これが君の仕事だ。頼んだよ」
 院長は銃をなんの事も無げに降ろすとスタスタと院長室へと帰って行ってしまった。
「全員やれってことですか」
 ため息をつきながら渋々、仕事をはじめることにした。
 さっき開けられた扉からまた患者が出てくる、指が変な方向に曲がっている、重度な骨
折だな。
 バスッ!
 躊躇いも無く銃を抜いて撃つ。弾は見事に額に命中していた。
「あんまり無駄弾使うと上司から文句言われるからな」
 それから一つ一つの部屋を見て回った。
 そこは患者同士で殺し合う現場だった。泣き叫びながら殺すやつ。怒りの表情で殺すや
つ。怯えた表情で殺すやつ。なにも考えていないような表情をしているやつ。
 そこには殺人の全てが詰まっているような気がした。
 色々な表情がそれを物語っている。
 憎悪、怨恨による殺人。恐怖心からくる過剰防衛とも思われる殺人。快楽殺人など……
 だけど俺はどれにも当てはまらなかった。
 こいつらに恨みはないから憎悪、怨恨ではない。
 殺される恐怖心はない。
 別にこんなやつら殺したって快楽は得られない。
 ただただ事務的に仕事の一つとして殺している。
 人が家畜である豚や牛を殺すのに躊躇いがないように俺もこいつらを殺すのに躊躇いは
ない。
 こんなところでのうのうと暮らしているんだ。家畜となにも変わりがないじゃないか。
 もしかしてこいつらも育てるだけ育ててこうやって殺して、調理してどこかに出してる
んじゃないのか?
 こいつらが家畜ならばそれも納得がいく。
 曲がりなりにもこいつらも肉だ。食えないことはないだろう、マズイとは思うけど。
 いや……案外豚や牛の餌になっているのかもしれないな。
 窓に目をやるとベッタリと血がついている。おおかた外へ逃げ様として頭を強打したん
だろう。
 ここのガラスは強化ガラスだからな。思いっきり頭をぶつけたら血もでるわな。
 窓の下でうめいているやつを殺してから次の部屋へと向かう。
 次の部屋では男が同じ部屋にであると思う患者の腕をへし折っていた。
 その患者は前歯も無く指も折れ曲がっていて無残な姿だった。
「そこらへんで勘弁してやれ」
 バスッ!
 後ろから頭を撃ち抜く、そして腕を折られていたヤツのこともついでにと言わんばかり
に撃ち抜いた。
 部屋からでると硝煙の匂いが鼻をついた。
 そんなには撃っていないはずなんだがな。
 

 今度のやつは上手くやっているだろうか?
 前回のやつは途中で正常な思考ができなくなったのか逃げ出してしまったしな。
 おかげで私が途中から全部やるハメになったしな。
「院長終わったぞ」
 ノックも無しに部屋が空けられてやつが入ってきた。
「全部終わったか?」
「とりあえずはな」
「わかった、ならもう帰っていい」
「一つ聞きたいんだが、あいつらはどうしていきなりあんなのになったんだ?」
「入院してるんだ、病気に決まっているだろう」
「そうか……わかった」
 やつはそれだけ言うと振り向きもせずに帰っていった。
 なんて愛想のないやつだ。だがやつの仕事は完璧だ。次からはやつに頼むとするか。
 さて……これから処理が大変だな。
 電話をとり処理を担当してくれる業者に連絡をする。
「私だが、終わったぞ。片付けに来てくれ」
 受話器を戻すと椅子に軽く体を預けてしばらく目を閉じることにした。


 深夜ということもあって車はほとんど走っていない。
 時折見かける路上駐車の車にはどうでもいいようなカップルが乗っている。
 淡々と運転していると、前に車が見えてきた。
「仕事帰りか……ご苦労様だな」
 そんなことをぼやくと自分も仕事帰りじゃないかとすぐに気がついて思わず笑ってしま
う。
 まぁ、前の車のやつとはずいぶんと職種が違うけどな。
 時計を見ると1時58分。仕事をはじめてからまだ一時間も経っていないのか……
 思った以上に早く終わったな。
 しかし、今度の仕事はやっぱり少しハードだったのかもしれないな。
 体の奥がウズウズしていて頭の芯が火照るように熱い感覚がある。
 ふと、前の車の速度が落ちたような気がした。
 あいつはもしかして俺のことを殺そうとしてるんじゃないのか?
 こういう仕事をしてからやはり命を狙われたのだろうか?
 なら殺される前に殺してやるだけだ。
 ん? あそこに路上駐車している車もそうか……カップルに見せかけて……
 まったく用意周到なことだ。仕方がない相手になってやるか。
 銃を取り出して窓から手を出して撃つ。
 すると見事にタイヤに当たりクルクルと前の車はスピンしだし中央分離帯にぶつかり反
対車線に飛び出していって対向車とぶつかった。
 よし、いっきに二人も殺したぞ。あとは……まわりを見るとさきほどよりも車の数が増
えている。
「ずいぶんと敵がいるなぁ……おもしろいみんな殺してやる」

 時計は1時59分になったばかりだった……


久しぶりの活字更新です。
しかもオリジナル。なんでしょうこれは?
たまにはこんな感じのもね(謎
ちなみにパラノイアの意味は妄想狂です。


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