彼の脳は、妙に冷静だった。
一筋の汗。乾いた素肌を伝い、流れる。見下ろした視線の先には、裸体。
―――何故、こうなっているのだろう
遠くを見つめるような眼で、彼は天窓を振り仰いだ。
静寂の似合う、新月の夜。妖しく揺らぐ蜃気楼の満月。朧に霞む。
彼は、一日の炊事洗濯などの仕事を終え、漸く自由時間にありついたところだった。
一階のフロアで、椅子に腰掛け、蝋燭を灯す。電気を使うことは赦されていない為、薄暗い炎でしか居られない。
自分で買った本を持ってきて、開く。膝の上で繰り広げられる世界。
因みに今、読み進めているものは、不思議な力を持った主人公が、不思議な"もの"たちと会話をし、其の中で様々な事件に遭遇していく、というファンタジーだ。
此の瞬間は、孤独を忘れることが出来る。
一日の唯一とも云える愉しみ、であった。
眼を閉じれば、完全な闇。
瞼を焼く蝋燭の炎も、何も入ってはこない。
そして其処で繰り広げられる、彼の思い描いた、世界。
主役の青年と同じ目線に、自分を置く。そして、愛しく気丈で、其れでも果敢無げなヒロインには―――
「・・・・・・あなた?」
慌てて眼を開け、顔を上げた。暗闇の中に、ぼんやりと浮かぶ人影。
「めばえ・・・ちゃん」
主が居ないのを確認すると、遠慮がちに彼は云った。目の前に立つ少女は、虚ろな瞳をしていた。
「あなた・・・あなた・・・・・・あなた」
吐き出すような、悲鳴。金切り声とか、叫ぶような、其れではないけれども、其れ以上に、危うさを感じさせる、声。
ぎし、と音を立てる床を一歩一歩と踏みしめてくる。見なれた、愛らしい顔。しなやかな肢体。
けれども何故だろう、此の、胸騒ぎは。
「あなた・・・っ」
倒れ込むように、くず折れるめばえ。反射的に駆け寄り、支える。
洋書はカーペットに落ち、鈍い音を立てた。
「めばえちゃん・・・めばえちゃん!めばえちゃん!!」
最初は優しく、そして段々と激しく、めばえを揺さぶる。眼球は逃げ惑うように狼狽えを示し、涙で滲んでいる。
「あなた・・・あなたぁ、あなたああ・・・」
搾り出す声。暗闇を引き裂く。苦悩を物語っているようだった。
「めばえちゃん!しっかりして!!」
彼も焦りを露にし、必死に彼女を揺り起こす。
「・・・めばえ?」
あまりに戻りの遅いめばえを不審に想ったのか、ジズが背後から現れた。
「ジズ様・・・!」
慌てふためく彼を突き飛ばし、ジズは跪いてめばえの頬を軽く叩いた。
倒れた彼女の瞳孔は開き、脅えたように眉は歪み、唇は乾いて締まりがなく、白い顎を突き出してびくびくと戦慄いている。
「ぅ・・・あ・・・あ・・・あぅ・・・・・・!」
呻き声は嗚咽へと変わる。両手で顔を覆い、突然泣き出すめばえ。
「やぁ・・・厭、厭、厭、あなた、あなたァ!」
髪を掻き毟る其の姿は、常軌を逸していた。何時ものめばえでは、考えられないことだった。
―――まさか。
「私の本棚から、秘術の書を持ってきなさい」
其の声色は、動揺が滲んでいた。
動揺というのは正しくないかも知れない。得体の知れない不安感、そう云った方が確かそうだ。
「で、ですが」
「早く為さい!」
珍しく語調を荒げ、命令するジズ。
命じられた通り、本を取ってきて手渡す。文献を開き、ジズの指先が書面を這う。
其の間、めばえの瞼はおりていた。気絶、したようだった。
はっとした顔で、ページの中ほどを眼で追い始める。其の顔は見る見るうちに強張っていった。
沈黙。
哀しげな、落胆しきった瞳で、彼を睨む主。ページを開いたまま机に置き去りにすると、自室へと失せていった。
「・・・?」
そっと本に近づき、覗き込む。其処にあった言葉に、彼は目を見張った。
―――『・・・新月の夜、魂と肉体のバランスが崩れることが、極稀にある。其の際は足りない欲求を満たす必要がある―――』
恐る恐る、めばえの方を見やった。ぴくんと瞼が震える。彼はそっと近づき、ゆっくりと屈んだ。
先程の騒動で、燭台の炎は消えている。月明かりだけが、めばえの白い肌を照らしていた。
肌蹴た胸元。長く伸びた脚。悩ましげな程の色香を放つ美貌。
ごく、と生唾を飲み込む。顔をゆっくりと近づけ、息のかかるほどの距離までになった。
すると突然、めばえの大きな瞳が開かれた。
慌てて離れようとする彼の首に、彼女の細い腕が回る。
「・・・・・・だめ・・・」
小さく囁く声。どきりとして、突っ張る腕を固める。
「・・・おねがい・・・あなた・・・いかないで・・・」
相変わらず息のかかる位置のまま、眼が離せなくなる。
―――で、でも、此の体勢って・・・
そう、今彼は、所謂『正常位』に近い格好になっているのだ。
顔を少しだけ落とせば、めばえの唇を貪ることだって出来るだろう。けれど。
「だ、駄目だよ、めばえちゃん、ぼ、僕は・・・」
「わたしが、お嫌い?」
ふにゃ、と歪むめばえの顔。今にも泣き出してしまいそうな表情だった。そんな顔を、こんな至近距離でされてしまっては、彼も如何しようもない。
「そ、そういうことじゃなくて」
理性と本能の、戦い。
「ほら、めばえちゃんは、ジズ様と―――」
「あなたは、如何想っているの」
見つめ返す瞳。覗き込めば覗き込むほど、其の色合いの麗しさにやられてしまう。
駄目だ。駄目だ。彼は必死に首を振った。流れ落ちる汗。紅潮する頬。
「ぼ、僕は・・・」
きゅ、と唇を引き締める。咽喉の奥を、また唾液が走っていった。
「・・・僕は・・・」
尊敬、羨望の念を抱く主。其の主の愛する人形。
愛しい女性。別な男のものである、女性。
どちらも、秤になどかけられない。
価値観的に違う部分はあれど、どちらも大切なのだ。
だからどちらかを選ぶ、などという真似は、彼には残酷過ぎて出来ないのだ。
「あなたじゃないと厭よ・・・あなた、あなた・・・・・・っ」
腕を限界まで伸ばし、めばえは彼を抱き寄せた。必死にしがみつく其の姿が愛らしくて、切ない。
彼の理性は、正に孤軍奮闘、そうとしか云えなかった。
愛しい。
傷つけたくない。
愛しい。
壊したい・・・。
矛盾し相反する想いが、巡る。
「わっ」
手が滑り、めばえの首筋に顎があたった。胸板の辺りに、柔らかな感触を感じる。乳房だ。
愛しい女性は、とても暖かい匂いがした。穏やかで、総てが赦されるような、そんな、優しい香り。
「あ・・・」
彼の中で、何かが切れた。
優しく前髪をかきなで、涙で濡れた頬に触れる。穏やかに微笑んで、めばえを安心させた。
「・・・何処にも、いかないよ」
唇が重なる。嘘のように美しく、脆弱なほど果敢無い、魂のキス。
罪でも構わない。其れでもいい。赦されないのなら此れを背負っていく。
・・・其れはまるで、前世のジズとめばえの初めての交わりを、彷彿とさせた。
そんなことを露ほども知らぬ二人は、暫し其の接吻の味を確かめ合った。柔らかい舌。脅えきっためばえの舌を、丁寧にリードする。
顔を離し、めばえの歯列をなぞる。サーチングキスと呼ばれるものだ。今度は口紅を塗るように、唇を舐める。吸ったり、時に緩やかに歯で挟んだりしながら、心地のよい交わりを味わう。
唇を貪りながら、彼はめばえの服をゆっくりと脱がせていった。焦りは見られない。
―――嗚呼・・・
こういうことなのだ、と彼は想った。
だから主は、あのような表情を見せたのだ、と。
愛しい女が、他の人間に抱かれなければ、壊れてしまう。
其れは、どれだけの苦痛を強いられることなのだろうか?
彼は、其の痛みを、良く知っていた。
・・・何時も、そうだったから。
「あ、あんっ」
すっかり熟れた乳房が、彼の手の中に現れた。呼吸で揺れ、先端の突起は未だ半分ほど埋まっている。
「あ、あふ、あ、あんっ」
口唇を嬲っていた舌が、つつと移動し、首筋へと到達する。其の間も彼の左手は頬を、右手は乳房を、飽く迄優しく愛撫し続けるのだ。
満たされていく感覚に、めばえは仰け反った。背筋を這う、寒気にも似た快楽。
白い顎に軽く口づけると、彼は頬から手をはずし、舌の辿った道筋を指でなぞった。
両手が乳房まで訪れる。しっかりした掌だった。ふくよかな胸の膨らみを、愛しげに揉みあげる。
「あ、あんん・・・っ」
官能的に喘ぐ彼女が、更に獣じみた欲求を助長した。彼は其の谷間に顔を埋め、深く先にある溝へと舌を伸ばす。
搾り出すように根元から、右の乳房を握る。痛みはないのか、めばえは甘い声をあげた。
「ひぃ、ぃい」
反対側の乳房へと、吸いつく。巧みに嬲りながら、丁寧に、じわじわと彼女を追い詰めていく。
そして其の弾力のある乳肉を寄せ、勃ちあがった乳首を擦り合わせた。嬌声。
―――もっと、気持ち良くしてあげる。
―――だからもっと、乱れて。
言葉を飲み干し、彼は更に乳房を愛撫し続けた。
固くなった蕾を、ふたつ纏めて口に含む。其の狭間へ舌をねじ込み、責め立てた。
「あひぃいいいっ!い、いくぅ・・・いく、いっ・・・ちゃ・・・っ!」
声を押し殺すのに、彼女は必死なようだった。
そんなめばえを穏やかに、彼は、受け入れる。
足をぴんとつっぱり、仰け反る彼女。言葉の通り、軽い絶頂に達したのか、息を整えようとしている。
「・・・止めないよ」
落ち着いた、穏やかな声だった。が、科白には残忍さが滲んでいる。
彼はめばえの下着の上から、性器を弄び始めた。
「あっ・・・や、やぁ、ああっ」
薄布越しに、指を湿らせる液体。糸をひき、彼に絡みついてくる。
「・・・もっと欲しいよね?」
ショーツを横にずらし、指をそっと滑らせる。割れ目はくちゅりと音をたて、其れを求めていた。
興奮して充血しているであろうクリトリスも愛でる。乳首を吸われ嬲りながら、膣口から溢れる液体を、更に擦りつけた。
「んぁあ、やぁあ、ああんっ」
言葉だけの否定。
其の証拠に、めばえの手は彼の頭をおさえていたからだ。
「あん、あぁあ、いい・・・っ」
暫し、根気強い愛撫を続けていると、めばえの心も薔薇色に染まってきたのか、彼のものを求めてきた。
「・・・・・・んっ・・・ん・・・んん・・・」
口腔性交。めばえのものを彼が嬲る間、彼女も彼のものを愛する。
シックスナイン、というやつだ。
めばえの奉仕は、巧みだった。
男性の喜ぶような部位を選んでいるかのように、唇をそわす。
陰嚢へも口づけ、鳥が餌を啄ばむように奉仕した。
「・・・あぁ・・・め、めばえちゃん・・・」
―――そろそろ、いくよ。
両足を広げさせ、開いた花弁に肉棒を宛がう。抱き返してくるめばえの腕を心地よく想いながら、彼は一気に腰を沈めた。
「あぁあああっ!!」
すっかり濡れそぼった其の場所は、恐いくらいに締めつけてきた。
彼は、抗い難い快楽に眉を顰めながら、何度も何度も彼女に腰を打ちつける。
其の度めばえは、喘ぎ悶えた。彼のものが自身を抉るたび、壊れるくらいによがり狂った。
「ぃあ、ああ、ああん、あああっ!!あぅ!あう!あう!!」
ウネウネといやらしく絡みつくめばえの媚肉。乳房を両手で鷲掴みにしながら、唇を貪った。
性行為に及ぶ際、人が最も、多く使用する体位。
其の筈なのに、今の二人は、まるで野獣のようだった。
美しく、麗しく、果敢無い筈なのに、強過ぎる何かがある。
奥までつきたて、欲望を爆発させた。めばえは揺さぶられている間に、何度となく気をやっている。
―――此れが何時もは、あのお方のものだというのか
そんな考えがちら、と浮かんだが、一瞬ですりかわる。サディスティックな、欲求に。
めばえが、泣いている。
そう想って居ても。
此れは、自分を想って泣いてくれているのだと。
自身の中で、入れかえる。
罪深い欲望を、何度も何度も吐き出しながら。
人形の、魂の慰め合いは、外が白むまで続いていた。
翌朝、何時もの通りの朝がやってきていた。
ジズは自分の元へめばえを連れ戻し、未だ寝ぼけている彼女を膝に乗せている。
めばえは、何も、覚えていないのだ。
彼とまぐわったことさえも。
幾度も愛を囁き合ったことさえも。
絶対に守らなければならない、古書の一文には、こうあった。
―――『・・・但し、其の記憶は残らない。そして、其れを知られては成らない―――』
また彼はこうして、己の想いを封印する。
愛しさを、胸の奥へと。
たいまー様に捧げさせていただきます小説ですv
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勿論読者の皆様(いらっしゃれば(爆))にもお愉しみいただければ、と想い、アップ致しましたvv
因みに此の後めば夫は、最低3〜4日は完全無視の刑です(笑)
犬のように懐く彼には、最もこたえる罰でしょう・・・(笑)
でもきっとまた、何事もなかったかのように、永遠の生活が待っているのでしょう・・・嗚呼、素敵(笑)