若しわたしたちの過ごす此の世界が楽園だとして。

私は創造主。

そして、あなたはイヴ。理想の、イヴ。

私の総てを注いだ、愛しい愛しい私のイヴ。

アダムなどには渡してやらない。

だから、禁断の果実を頬張りなさい。

そして嬉しそうに私に駆け寄りなさい。

嗚呼、御免為さい・・・ですか?

良いのです。

禁じた理由は唯一つ―――

あなたの、美しい涙が見たいから。

さぁ、もっと、逃げ惑って泣き叫んで良いのですよ―――

 

† 理想のイヴ †

 

 満月が眩しい、夜だった。

燭台の灯火はさして明るくない。其れでも互いの位置が認識できる。

見詰め合っているのが、解る。

「めばえ、いらっしゃい。今日は本を読んであげましょう」

手を差し伸べる、麗しい主。

其の気品に吸い寄せられるように、人形は、踊る。

「はい・・・ジズ様」

従い、手を取り、膝の上へと遠慮がちに抱き上げられる。

めばえがきちんと座ると、ジズは本を開いた。

『TESTAMENT』―――金色の文字が刻印されている。

装丁も豪華で、厳かな印象を受けた。めばえは興味深そうに、目を丸くしてページを覗き込んでいる。

「アダムとイヴの物語は、知っていますね?」

優しい声色。其れに応え、何度も笑顔で頷くめばえ。

「覚えています。神様のお作りになった、初めての人間たちです。・・・聖書では」

付け加えられた一言が益々気に入ったのか、ジズは彼女の柔らかい髪を掻き撫でる。彼の手の中には今、溶けてゆくような感触が伝っている筈だ。

「そうですね。めばえ。あぁ・・・めばえ。なんて賢いんでしょう」

陶酔的に呟き、聖書を閉じる。

「あなたは・・・理想の、イヴですよ。私のね・・・・・・・」

唇の端が吊りあがる。めばえはうっとりした顔で其れを見ていた。其の意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、ジズは椅子へ、彼女だけを下ろす。

そして手を取り、口づけた。微笑む。マスカレードへの誘い。

拒むことなく、受け入れる。踊り狂う。時に身を委ね、時に引き合い、微妙な駆け引きにも似た感覚を愉しんだ。

ツーステップを踏み、穏やかに彼女を抱き寄せる。背中に手を這わせ、舞踏の中の不思議な快楽に悶えるめばえの躰を、極限まで踊らせた。

其れは決して淫猥な意味だけを持つわけではない。唯、ダンスの美しさ、煌びやかさを放つ、最良の手段、だ。

少なくとも彼女は、其れを巧く動きに組み込むことで、緊張を和らげ、最高のステップを踏めるよう、出来ている。

穏やかな輪舞曲。クラシックの中でも屈指の名曲だろう。然しジズは、物足りなかった。片手でめばえを支えながら、指を鳴らす。

曲が突然途切れ、切り替わる。残酷なまでに無邪気で、美しく、其れでも激しい、楽曲だった。

「めばえ、さぁ、私の手を離さないで」

力強く握り締める手。手袋をしていても、ジズの手は、彼女をしっかりと掴んでいる。

其れに安心しながらも、めばえはきちんと握り返した。其れでこそ、ダンスの上での信頼関係は成り立つのだ。

「・・・めばえ・・・めばえ・・・私の、めばえ・・・・・・・。」

自分に言い聞かせるように、ジズは不図彼女を抱き寄せた。曲は意思によっても操作できるのか、止められている。

「・・・あぁ、めばえ。何て可愛いんでしょう・・・」

自分よりも、約頭ひとつ分小さい彼女の頬を、そっと撫でた。長く華奢で、そう云いきってしまうにはごつごつした、男の手。

どんなに皇かでも、気品と誇りに満ちていても、彼は男なのだ。

極論を云えばそうなのだ、と、めばえは取りとめもなく考えていた。

「有難う御座います、ジズ様」

決して電子の声などではない。めばえの肉声。

其の度に、先程と同じく、踊り狂うジズの心。

「嗚呼・・・めばえ―――」

私の理想のイヴ。囁くと、ジズは、優しく口づけた。

めばえの頬が薔薇色に染まり、淫蕩と彼を見つめる。甘く、切なく、そして、狂おしい感情。

ところがジズの顔は、卑猥なものを見るような、欲情したものではなかった。

寧ろ、酷く哀しそうな、表情。

「・・・ジズ様?」

生前の彼女と。

其のあどけなく頼りない、不安そうな顔が、重なる。

―――めばえ・・・

―――私のエゴで・・・総てを狂わせてしまった

痛ましそうに、瞼を閉じた。そんな彼を見、めばえは、思考を巡らせる。

だが及ばないのか、百面相を見せたかと想うと、俯いた。

ジズの逡巡は、此れが初めてではなかった。

唯、其れを上手く隠すことが出来ている。

其れが、此の仮面の持つ役割だからだ。

「―――ジズ様」

不図、想いついたようにめばえが云った。はっとして見つめなおすと、めばえの細腕が伸びている。

鼻先に触れられた。ゆっくりと、侵食してくる。

「動かないでくださいませ」

耳にかけられた仮面を、丁寧に外すめばえ。そして、剥がした仮面を抱き締めて、上目遣った。

「勝手な真似をお許しください・・・、・・・ですが、ジズ様は、時折とても哀しげなお顔をなさいますから・・・めばえは、心配で為らないのです」

無言で立ち尽くすジズは、開いた口が塞がらないでいる。めばえが、此のような形で、『想っていたことと違う』ことをすると想っていなかったからだ。

右眼には頬にかけての長い傷痕が走っている。めばえとの、愛の証。

「・・・知っていますか、めばえ―――」

ジズの表情は、帽子に翳り、確認できない。

「・・・あなたの名前はね。愛が生きる、というところから、取ったのですよ」

安らかな、本当に安らかな微笑だった。

其れでも、めばえは俯いたままでいる。怒られたと想っているのだ。

「・・・安心なさい」

髪を再び、掻き撫でる。其の侭抱き寄せた。

「あなたは愛に生きている。私の理想の・・・イヴですよ」

崩れ往く音を聴きしは、寝台のみ。

燭台の灯りが揺らめき、ふっと消えた。



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短編・・・かなぁ・・・中篇ってことで。
ジズめば、漸くエロじゃないの書きました(笑)
でも最後エロに・・・突入してる・・・駄目じゃないか俺!(死)
甘々・・・にしたかったのに何処か痛い・・・!
冴故さんはこんなのしか書けないんですか。ねえ。(痛)

 

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