ねえ、君よ。
僕は君を愛して居てもいいの??
天気の良い日だった。
風は緑の香を乗せて吹き抜け、木々を揺らす。蒼褪めた空は何時も以上に広く感じた。ぽつりぽつりと、千切れた雲が浮かんでいる。
絶好の洗濯日和に、彼は目を細めた。
「さ、今日もばりばり働きますかっ」
景気づけの独り言。重労働の前は、必ず云っている。
前掛けをぎゅっと締めなおし、頭を三角巾で縛る。前髪が落ちてくると、洗濯板に擦りつける力が弱くなったり、染みが見えにくくなったりするからだ。汗拭き用のタオルを首にかけるのも忘れない。
洗濯機などは使用しない。というより、屋敷に置いていない。ジズ様は僕達を生かす為の電気を与えてくださるので精一杯なのだ、というのが、彼の持論だ。
ポンプによる汲み取り式の地下水を、桶いっぱいに張る。籠の一番上に被さっていたシャツを取った。一気に湿らせ、石鹸を宛がう。乳白色になった部位を、洗濯板に擦りつけた。
丁寧に黄ばみをとっていく。泡立ちの良い石鹸だった所為か、シャボン玉が幾つも生まれた。運動で荒くなった彼の息で離れ、弾けた。
半時も続けた頃だろうか。流れる汗をタオルで拭い、立ち上がる。すっかり綺麗に成った最後の洗濯物、ジズのスカーフをぱんぱんと引っ張り、水気を切って、紐にひっかけた。
風は、未だ吹いていた。穏やかに服の群れをたなびかせ、汗ばんだ彼の肌を冷ます。鼻腔を、柔らかな香りがついた。石鹸の爽やかな香り。
洗い桶をホースで流し、ポンプ脇に立てかける。膝立ち用に敷いたレジャーシートを剥がし、土埃を払って畳んだ。
未だ彼の仕事は終わっていない。次は、パートナーとのダンスレッスンが控えている。
眼前に広がる庭には、見事に咲き誇る薔薇たち。薄紅の花弁を揺らし、水を求めているように見えた。
一度は離れたホースの元へ戻り、彼は水を汲み出した。指で先を潰し、全体に行き渡るように水をかけていく。強い日差しの下だった為か、鮮やかな虹が描かれた。
管を丸め、所定の位置へ戻す。彼は今度こそ、ダンスフロアへと急いだ。
表へまわり、彼の身長の一、五倍程はあろう扉を開く。外の暖かさとは対照的に、冷たい空気が漂っていた。
冷房をかけているわけでもないのに、此の涼しさはなんだろう。彼は何時もそう想っていた。
整然としたフロア。並べられたソファ、半螺旋の階段。壁に描かれた肖像は、主と、ニ体の人形達。
彼と、―――愛しいパートナー。
ソファとは離れた場所に、クラシカルな椅子が対になって並んでいた。其処に、ひとつの姿を見る。
「めばえちゃん」
彼の呼びかけに、振り返る少女。見つめ返す瞳は、不思議な色合いに輝いていた。
光の反射率で変わる彼女の瞳は、まるで宝石のように美しい。
「あなた・・・」
優しい声。透明感のある、気品を覚えた。
「待たせて済まないね。そろそろ練習をはじめようか」
微笑んで歩み寄り、めばえの手を取る。
「・・・冷たいわ・・・」
伏し目がちに、彼の手を包むめばえ。暖めるように息をふきかけ、擦ってくる。彼は想わずときめき、頬を赤らめた。
「・・・・・・だ、大丈夫だよ」
彼の精一杯の笑顔は、照れに引き攣っていた。其の顔を見て、少しだけ安堵の笑みを浮かべるめばえ。
「じゃあ、往きましょうか」
テーブルの並んだスペースを離れ、上質な素材で出来たフローリングへと移動する。ワインレッドの絨毯をおり、床へ立った。磨きぬかれた其処には、彼らの姿が反射している。
「ジズ様、あと半時間もしたらお帰りになるそうよ。其れまでに腕を磨かなければね」
最初のフォームの通り組むと、めばえが思い出したように云った。出て行く前、説明されたのだろう。
「私達の為に、新しい衣装を買ってきてくださるのですって」
明るく、本当に嬉しそうに笑うめばえ。
―――良かったね
そう云うべきなのは、解っていた。
だから、彼は、また笑顔を作る。
どんなに切なくとも、痛くとも。
「良かったね、めばえちゃん!ジズ様ならきっと、特別似合うものを買ってきてくださるよ」
笑う。
笑う。
心で泣きながら。
嫉妬の炎を焦がしながら。
絶対に敵わない相手に、其の想いを抱きながら。
「有難う。其のためにも、沢山練習しなくてはね」
めばえの笑顔。
本当の笑顔。
自分の、作り物である其れとは違う、輝いた表情。
何処まで彼女を、誤魔化せるのだろうか?
「・・・でも、何時もより遅いの、ジズ様」
果敢無げに俯くめばえ。寂しさと不安に、精神が爛れている。彼は其れを理解した。そして、遠慮がちに、ふわりと抱き寄せる。
「・・・大丈夫。めばえちゃんが心配するようなことは、何も無いよ。ジズ様を信じよう?」
彼は、笑う。
心を半開きにしたまま。
本当に伝えたい言葉だけ、置き去りにしたまま。
・・・彼の心を映したかのように、めばえの瞳から涙が零れた。
「・・・・・・僕は、一緒に居るよ。」
―――何処まで支えになれるのか、解らないけれど。
「ね」
―――君を、愛していたいんだ。
彼女の白く皇かな顎をそっと持ち上げ、頬を摺り寄せ、耳に口づける。擽ったそうにしながら、めばえは瞳を閉じた。
腕の中、彼女は少しだけ、泣いた。
愛しい人間の、代用品の元で。
彼は、何を想うのだろう。
哀しい笑顔を貼りつけたまま、今日も彼は踊る。
―――彼の名はめばえ、憐れな程に凛とした、電気人形。
プラスティックトゥリーの「バカになったのに」のc/wがあの名曲、「もしもピアノが弾けたなら」だったので、其れに感化されて書きました。(笑)
********************
元の曲も大好きですが、プラのロックアレンジも大好きですv
因みに小説の挿絵として、たいまー様よりイラストを拝借致した初の作品でもあります・・・!
たいまー様のイラストと曲はとても素敵ですので、文章で満足できなかった方は是非、サイトの方へと足をお運びください・・・!(死)
めば夫の話しの割に暗いですね(爆)でも切ない彼、萌え(死)