夜の終わりは、地平線から生まれ出でる弱々しい光。
闇を引き裂き、輝きを撒き散らし、太陽はゆっくりとその姿を顕わす。
鮮やかに世界を照らし、暖かなぬくもりをこぼし、光は世界を染め上げる。
再び夜に、世界を返すまで。
日々繰り返される、それが、世界の理。
そこには大きな樹があった。
かつて、鬱蒼と茂った森の封印の中にあった、呪われた遺跡。それは誰もが知っている世界の危機の、誰も知らない原因だった。
今はもう、そこにその遺跡は無く。代わりに大きな樹が聳え立っている。誰もが知らない世界の危機の、誰も知らない結果として。
その意味を知るものは、ほんの一握り…樹の護人として暮らす少女と、かつてのその仲間たちだけ。
樹に寄り添うようにしてたったひとり、世界から切り離されたように暮らす少女。かつての仲間たちの誰もが、少女が樹を護り続けることを止めさせたくて…やめさせられないでいた。
この樹は、柩なのだ。少なくとも、彼女にとっては。
「ネス」
トリスはいつも、樹の根元にいる。まるでそこにしか、己の居場所を見つけられないでいるかのように。
いつもいつも、変わりなく。幹に背を預けて、梢を揺らす風と葉の間から落ちる光の愛撫に、自分の全てを委ねて。
そしていつも、語りかける。樹に…樹の中に「眠る」、彼に。
「もう朝だよ。今日もまた、あたしよりネスの方がねぼすけだよ」
声は葉ずれの音にすら掻き消されるほど、か細くて。
無意識のうちに落とされる、ため息のような囁きは…ひょっとしたら、彼の眠りを妨げないがためなのかもしれなかった。
「もうあたしのこと、ねぼすけだって怒れないよ? 説得力、無いんだからね」
唇に微かに笑みさえ浮かべて、トリスは静かに語りかける。
返事は、吹き抜ける風が鳴らす葉の擦れる音だけ。
あの声は、返ってこない。
それでも、トリスは笑っている。それはどこか、空虚な。
「あれから、いくつ陽が昇ったのかな。あれからいくつ、陽が沈んだのかな」
遠い目で、トリスは高みにある梢を見上げた。葉をすり抜けて降り注ぐ光の粒はちらちらと目を射るけれど、それでもトリスの瞳は虚ろに天を向いていた。
「ねえネス、前に言ってたよね? ひとは、陽が沈むと同時に死ぬんだって。そして陽が昇る時に、もう一度同じように生まれて来るんだって…」
眠りと死は等価だという考え。そんな風な言い伝えがあると言うことを話してくれたのは、他でもない彼自身で。
『つまり君は、人生の半分以上を死んだまま過ごしているというわけだ! 全く…』
彼はその時、トリスの昼寝癖を皮肉ってそう言ったのだろう。けれど。
あの声を、想い出す。深い声、やれやれと吐き出される溜息。皮肉の筈なのにどこか優しさを含んだ響きまで、はっきりと憶えているのに。
もう、あの声は聴けない。
「…こうしている間に、ネスのこと知っているあたしはどんどん死んで、
ネスのこと知らないあたしが、毎日生まれていくんだね…」
毎日のように陽は沈み、彼を憶えている自分が死んで。
毎日のように陽は昇り、彼を知らない自分が生まれる。
それが自分にとって、良いことなのか悪いことなのか、今のトリスには判らなかったけれど。
「…ネスのこと憶えてるあたしは、死んだらネスのところへ逝くのかな…」
それは少し、倖せなことかもしれないと、トリスは思った。
そして、陽はまたのぼり、くりかえす。
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