胎動

「…母さま…」
 
 凛々しい戦装束に身を包んだ少女が、墓所の前に佇んでいる。
 長い若草色の髪が風に弄られる。その隙間から見えた顔は、あどけなくはあったが、激しい決意を秘めたものに思えた。
 
 真新しい墓石の前に供えられた花が、揺れる。

「母さま…あたし、行くね。お兄ちゃんを探し出して、そして…」

 少女の脳裏に、母の在りし日の姿が蘇る。
 あの日も母は、いつもの様に儚げな笑みを浮かべていた。

『…行くのね?』

 考えを変えようとしない様子の青年に、困ったような…しかし愛しげな視線を向けた。

『…母さんは…いいんですか? このままで…』

『良いのよ…。母さんは、信じているから。父さまは必ず、帰ってきてくれるって』

 その時の母の、顔。
 …美しかった。

「母さまは…そんなに、父さまのことを…信じていたの?」

 帰ってくるはずの無い問いを、口にする。

「そんなに…愛していたの…?」

 自分の呟きに、少し、照れる。

 追憶を振り払って、少女は改めて墓石を見た。
 彼女の、たった一人の母が、此処に眠っている。

 懐から、小剣を取り出す。

 ざくっ…!

 長い髪が、風にちぎれ宙に舞う。
 惜しげも無く切り落とした自分の髪を、墓石の前に置く。

「母さま…あたし、絶対父さまを見つけ出す。見つけて、此処に連れてくる。…母さまは、信じてたんだから。母さまが信じてたとおりになるように、あたしが…!」

 また、母の面影を思い出す。父を語るときの、あの、美しい―――

 自分が将来恋をしたとき、あのような表情を浮かべる事が出来るだろうか?

 ふと、兄の言葉を思い出す。

『…お前には…お前を支えられるくらいの強さを持った奴じゃないとな。そうでなきゃ、危なっかしくて任せられないよ』

 首を振る。短くなった髪が揺れる。

 …今は、兄と…父を捜すのが先だ。

 もう一度、母の眠る場所を見る。その悲しくもどこか美しい光景を心に刻み付け、少女は身を翻し、走った。

 母の最期の言葉を、胸に刻み込む。

『…貴方は、陽の光を向いて進みなさい…』
 
 自分の人生を、自分で決める為に。

「…行こう、マーニャ!」


「…もし、其処の金髪の兄さん」

 街の喧騒の中で。
 しわがれた声に止められて、青年が声の主を見る。その髪は、まさしく陽光のような金色。

「面白い相が出ているね…良かったら見てやるが」

 路地裏から聞こえてくる声。その持ち主は、あからさまに妖しげな老婆だった。手には大きな水晶玉。 
 青年はそれを見て、眉を顰める。

「占いの類に頼らないといけないほど、落ちぶれてはいねぇよ」

 言って、背にした包みに手をやる。その感触を確かめた青年は微かに笑ったように見えた。

 しかし老婆は、跳ねつける青年には構わず、その顔を無遠慮に見る。

「ふむ…面白いね。お前さんは、同族と争う事になるだろう」

「…何?」

 思いがけない言葉に、つい聞き返してしまう。
 訝しげな青年の様子を楽しむように、老婆は青年に言葉を掛けていく。

「おまえさんの中に眠る力が、解き放たれるのを待っているのさ。それは同じ血を持つものへ向けられる…」

 老婆の手が、青年の腕を掴むような動作をする。
 何故か、血が騒ぐ様な気がした。

「…何が言いたい!」

 焦げ茶の瞳にはっきりと怒りを浮かべて、青年は老婆へ掴みかかろうとする。老婆はしかし、落ちついて意味ありげな笑みを浮かべて見せた。

「いや、それだけではない。お前を導く血の縁は、解放と栄光へと向かっているのさ。わしには見える。そして…」

 いきなり大きくなった話に、青年は少々毒気を抜かれてしまった。その様子を見て老婆は、今度は意地悪気な笑みを見せる。

「…常若の風、白き翼が、お前さんの過ちを防いでくれるだろうよ」

「はぁっ?!」

 青年は、今度は盛大に気の抜けたような顔をした。そんな表情をすると、張り詰めた雰囲気が崩れ、なんだか少年のような印象になる。

 あっけに取られたままの青年に、老婆は優しく…そう、優しく語り掛けた。

「自らを貶めることなく、奢ることなく進むが良い。そなたの持つ血と、力と、縁を信じて。誇りさえ失わなければ、きっと道は開けるであろう…」

 そして。
 その言葉の語尾が空気を振るわせた時、青年は、老婆のいたはずの空間がぽっかりと開いていることに気がついた。
 さっきまで、此処にいたはずなのに。

「ど…どうなってるんだ?!」

 奇妙な体験に、思わず舌打ちをする。魔法というものがこの世界に存在する事は知っていても、実際使う事の出来ない身では、それがどのようなものかは解らない。
 頭を振って、包みをもう一度確かめる。何事もなかった事にして歩き出そうとしたが、どうも老婆の言葉が耳について離れない。
 思わず、自分の手をじっと見る。

 …見えないが、きっと血で汚れているのだろう。

 ―――縁を信じて。誇りを失わず―――

 耳鳴りがする様で。あの老婆から感じた"力"は…
 首を振る。考えても仕様の無い事だろう、きっと…今は。

「帰ろう…子供達が待っている」

 自分に言い聞かせる様に呟いて、青年は歩き出した。

 ―――常若の緑、白き、翼―――

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