追憶の花

 風が渡る。
 短い夏が訪れた、最北の大地にて。
 目の前に広がる風景。初夏の柔らかな光が、揺れる花々を照らしている。
 信じられないくらい優しい、一枚の絵のように。
 
 懐かしさに、思わず目が眩む。

「ミデェール…此処は…?」

 思わず震えてしまう声を振り絞り、エーディンは背後に立つ青年に呼びかけた。
 ミデェールは、照れたような誇らしいような、透き通った笑みを浮かべて立っていた。
 その瞳に、愛しさを込めて。

「…私も、偶然見つけたんです。エーディン様に花を贈ろうと思って…捜していたら、偶然に」

 ミデェールの心にも、懐かしさが蘇ってくる…ほんの少しの苦い思いと共に。

「信じられない…まるで、あの場所と同じ…」

 エーディンの唇が、驚きを紡ぎだす。

「懐かしいわ…あの頃は…幸せだったわね…」

 二人が今いるのは、シレジアの地。北の大地…二人の故郷とは遥か離れた、筈の地。
 しかし、目の前に映る光景は、まるで、故郷のユングヴィにあった、小さな花畑とそっくりだった。
 ユングヴィ郊外にあったその花畑は、エーディンが偶然見つけたものだった。すっかり其処を気に入ったエーディンは、ミデェールを連れて良く其処へ出かけていた。

 平和で、幸せで…まだお互いの気持ちに気がついていなかった頃の、想い出。

「人がどうなっても、世界がどうであっても…時も場所も関係無く、花は…ただひたむきに、咲いていくのでしょうね…」

 記憶の中にあるのは、ユングヴィ…懐かしい故郷と、まだただの主従だった自分達。
 でも、今此処にあるのは…たとえ記憶とそっくりでも、やはり違う。
 此処はシレジア。短い夏に咲き乱れる花々。そして、戦乱の只中で、懐かしい故郷に追われる身の二人。
 
 そして…共に生きることを選んでしまった、二人。

 もう、戻れない。

「帰りたいですか? あの頃に…」

 ミデェールが問い掛ける。

 その問いに、エーディンは静かに首を振った。

「…いいえ、いいえ。過ぎてしまった時を戻す事は、出来ません。でも…」

 顔を上げ、ミデェールの瞳をじっと見つめるエーディン。
 エーディンの瞳に移る静かな輝きに、ミデェールは吸い込まれて行く様な気がした。

「…たとえ、出来たとしても。何も知らなかったあの頃には、戻れません。今の私は…自分の気持ちを、押さえる事は出来ないから…」

 その言葉を聞いて、ミデェールは、静かに、恭しさすら感じさせる仕草で…エーディンを抱きしめた。

「エーディン様…いつか帰りましょう、ユングヴィへ。そして、あの花畑へ行きましょう…もう一度、二人で…」

 心に染み込んでくるその言葉に、エーディンは自分の瞳から熱いものが流れ出すのを感じた。

「…はい、ミデェール…必ず、ですよ。約束ですよ…」

 やっとの事で、それだけ言えた。後はただ、嬉しさと愛しさの入り混じった涙が流れるのを止めることなく、愛する人に抱かれていた。
 
 ミデェールは、愛する人のその美しい頬を流れる涙を拭い、そして囁いた。

「…エーディン様。私は、ずっと貴方と共にいます…。ずっと貴方の側で、貴方をお守りいたします……ずっと、貴方を愛しています」

 エーディンは、身体中を溢れる喜びが満たすのを感じながら、言った。

「ミデェール…どうか私の事は、エーディンと呼んで…」

 戦乱と戦乱の間の、ほんのひとときの平和のなかの、そんな風景。

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