と、

 待つのは、苦手だ。
 ずっと前だけ向いて走り続けて来た。魂に刻まれた約束を護る為に。
 全てを自分だけの手で成し遂げるなど不可能な事は解っている。事態を良く運ぶ為には待つ事もまた不可欠な時があることも。
 …それでも今は。待つ事は、苦痛だった。自分の手で決着を付けたかった。それが出来ないとしても、せめてこの目で結末を見届けたかった。
 苛立ちを抑えようがなくて、小さく舌打ちする。人が煙草を欲する時と言うのはこんな時なのだろうか。
「…俺らしくない…」
 一つ、息を吐く。僅かなりともそれで気が納まった事を感じて、南条圭は手にした書類を広げた。
 やるべき事はいくらでもあるはずなのだ。

「Kei…今帰りましたわ」
 須藤竜蔵を追っていった桐島英理子が帰って来たのは、南条の苛立ちが頂点に達し掛けた頃だった。弾かれたように立ち上がる。
「桐島…どうだった、一体どうなったんだ?」
 焦りを隠し切れない自分の姿を滑稽だと思いながらも、南条は英理子を問い詰める。
 それに答えるように英理子が浮かべた微笑みは、静かで、弱々しいものだった。
「…Mr.神取は…」
 それ以上は言わず、首を振る。それだけで全ては伝わった。
「そうか…」
 呟く声からあからさまに力が抜けている事を、南条は自覚していた。英理子の視線が、痛い。
 解っていた筈だ。
「Kei…彼は、きっと死に場所を捜していたのですわ。ですから…」
 そう。そんな事など、解っていたのだ。
「ああ…桐島、俺にだってそれくらいは解っている。それでも…せめて最後は、俺が引導を渡したかったと思うのは、俺の思い上がりなんだろうか…」
 3年と言う月日は決して短いものではない。しかしあの闘いの日々…大切な一つを失い、大切ないくつかのものを手にいれた時…の事は、今でも酷く鮮明に思い出せる。
 その時手に入れた感情の一つが、しきりに痛みを訴えるのだ。
「神取と俺は同じ人種だ。3年前、あの戦いの中で皆を知る事が無かったら、きっと俺は神取と同じように、道を踏み外してしまっていた筈だ…」
 呻くような声。
「だから…分かり合えるだなんて事は思わなかったが、せめて…」
 せめて最期くらい看取りたかった。それは傲慢なのだろうか。
 
 言葉を途切れさせた南条の手を、英理子がそっと取った。
「…わたくしが見てきた光景を、全て伝えられたらいいのに…」
 不可能と解っていても、それが叶えば良かったと、英理子は心から思った。それでも自分で出来得る限り詳細に、海底神殿でのやり取りを伝える。
「Kei、youは出来得る限りの事をやったのですわ。ですから、そんなに自分を卑下しないで」
 既に過ぎてしまった時を巻き戻す事など出気無い。しかし英理子は、南条が神取に感じていた思い…それは同族嫌悪と似ているようで違う、哀れみよりも苦い感情を知っていたから…そう言うしか出来なかった。
 そして南条がそこまで自分を曝け出しているのは、今は自分だけなのだと、知っているから。
「ですから、Kei…」
 伏せられた南条の顔は見えない。
「…桐島、俺は」
 言いかけて南条は言葉を途切れさせる。言葉を選ぶような逡巡は南条の普段からは珍しい事だった。
 しかし顔を上げた南条は、不思議に穏やかな顔をしていた。何かを心の中で昇華させた、そんな表情。
「…俺は、神取を越えなければいけないと、ずっと思っていた。…だが、もう固執する事はないだろう。俺は日本一の男子になる。その過程で、自然に道は開けて行くだろう…」
 声は普段より静かなのに、まるで雷鳴のように鮮烈に響く宣誓の言葉。
 英理子は微笑んだ。
「…それでこそ、Keiですわ。ええ、Keiならきっと…」
 
 「彼」の慟哭を知っているひとは幾人もいないだろう。
 それは、悔恨を昇華する事が出来るほど、彼が強い人だから。
 そして慟哭せざるを得ないくらいは、彼が弱い人だから。

 だからそれを知っているのは…

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