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クラヴィスが滞在するようになってアンジェリークの気持ちは少なからず慰められた。
1日が終わって寝るまでの短い間アンジェリークとクラヴィスは居間で軽いお酒を酌み交わしながらオスカーの思い出を語りあった。
アンジェリークにとって、オスカーの話題はつらいことではあるがオスカーを身近に感じることができる唯一の方法だった。
クラヴィスはいつもアンジェリークを気遣って彼女が悲しみに触れることのないように自分が知る中でもなるべく明るい思い出を語るようにしていた。
そんなクラヴィスの思い出を聞いているときのアンジェリークは悲しみの中にも安らぎを覚えた。
そんな日々がもうどれくらいたっただろうか。
アンジェリークの哀しみに彩られた心は次第に柔らかい色彩を帯びたものになっていった。
クラヴィスがアンジェリークのもとにやってきて早1年になろうとしていた。
それだけクラヴィスの存在がアンジェリークにとって心のよりどころになっていたことは間違いなかった。
ヨシュアもクラヴィスの存在にだいぶん慣れてきて最近では彼の傍に坐りこんで彼のとつとつとした話に耳を傾けたりするようになった。
そんなある日、アンジェリークのもとに小包が届いた。
小包はオスカーの所属していた軍隊からのものでアンジェリークの心はまたしても動揺と悲しみに打ちのめされようとしていた。
恐る恐る小包を開けてみるとそこにはやはりアンジェリークの気持ちを奈落の底につきおとすような品々が現れた。
小包の中にはオスカーが爆撃を受けた場所から見つかった彼の遺品だった。
見覚えのあるそれらの品々にアンジェリークの哀しみはまたもやあの戦死を知った日に逆戻りしてしまった。「本当にオスカーは死んでしまったの。これが彼が死んでしまったという証拠だというの?いや、いやよ。」
アンジェリークは悲痛な叫びと共にオスカーの遺品を抱きしめてその場に泣き伏した。
クラヴィスはそんなアンジェリークを抱き寄せた。「オスカーはもういない。それを受けとめることはおまえにはつらいかもしれない。しかしいつかはそのことを受け止めなければならないだろう。それがいつになるのかはわからないがそれまでおまえの側にいよう。おまえがよければいつまででも。」
クラヴィスのその言葉にアンジェリークは驚きを隠せなかった。
クラヴィスがそのような気持ちを自分に持っていたとはまったく気づかなかった。
だが今のアンジェリークにはクラヴィスの気持ちを受け止めるだけの気力がなかった。
オスカーの遺品が届いてもまだアンジェリークにはオスカーの死を信じられないでいた。
毎日毎日オスカーの暮らしていた痕跡が失われていくそしてこうして遺品が届けられ、ますますオスカーの死が確かなものになっていくことがアンジェリークには耐えられなかった。
クラヴィスはこの1年アンジェリークのもとにいたことで封印したはずの思いが今のクラヴィスを満たしていた。
アンジェリークを思うだけでクラヴィスの孤独な心は癒され暖かいものがクラヴィスの心を満たした。
こんな気持ちはもうずいぶん味わったことのなかった。
それを思うとアンジェリークの存在がクラヴィスにとってはかけがえのないものになっていた。
クラヴィスとてオスカーのことを考えないでもなかった。
もちろんアンジェリークにとってオスカーの存在が最も大きく自分の存在などたいした物でないことは重々わかっていた。
だからアンジェリークのためにはオスカーが生きて帰ってきてくれることが1番だと思ってはいたが、自分の気持ちを抑えることもまた出来なかった。
その日の晩アンジェリークは居間でオスカーのことを考えているうちに眠ってしまった。
そしてアンジェリークは夢の中でオスカーが爆撃の炎に巻かれ苦しんでいる夢を見た。
オスカーの苦しんでいる姿はアンジェリークにとって耐えられるものではなかったそのためにアンジェリークはひどくうなされた。
夢にうなされ苦しむアンジェリークを突然誰かが揺り起こした。「しっかりしろ!アンジェリーク。」
「あっ、クラヴィス様。」
「恐ろしい夢を見たのだな。ひどい汗だ。」
「オスカーが、オスカーが苦しんでいる。オスカー…。」恐ろしい夢のために泣きじゃくるアンジェリークをクラヴィスは強く抱きしめた。
そしてその唇に自らの唇を重ねた。
クラヴィスの強引なくちづけはアンジェリークの気持ちを落ち着けるには激しい過ぎた。
思わずアンジェリークはクラヴィスのくちづけに翻弄されそうになった。
慌てて体を離すアンジェリークにクラヴィスは切なげに呟いた。「おまえが苦しんでいるの見るのはつらい。オスカーの代りにはなれないかもしれないが私の思いはオスカーと変わらない。おまえを愛している。」
クラヴィスの告白を聞いてアンジェリークは彼の思いが真剣であることがわかった。
そのことを考えるとアンジェリークはいい加減な思いで彼に返事は出来ないと思った。「クラヴィス様。どうかもうしばらく待ってください。私にはまだオスカーが死んでしまったことが信じられません。私の気持ちが整理できるまで返事を待ってはくれませんか。」
アンジェリークの答えにクラヴィスはうなずいた。
待つことには慣れている。
このままいつか彼女が振り向いてくれるのならいつまででも待つつもりだった。
焦る必要などない、彼女の持つオスカーはもう帰ってはこないのだ。
そしてクラヴィスはもう一度彼女を抱きしめた。