6
アンジェリークはその夜、寝室にこもって涙にくれていた。
オスカーが生きていたその事実が今度はやっと平穏を取り戻したアンジェリークの心を激しく動揺させていた。
今日、やっとクラヴィスの思いに答えようと決心したというのにそんな日にオスカーは戻ってきた。
これは暗にアンジェリークのオスカーに対する裏切りを運命が許さなかったということなのだろうか。
だからオスカーはアンジェリークの顔を見ることなく去っていったのだろうか。
生きていたのに帰ってこなかったオスカーを恨めしく思う気持ちと、オスカーを待っていることが出来なかった自分に対する後悔の気持ちがアンジェリークの中で激しく渦巻いていた。
とめどなく流れ出る涙をぬぐうことなくアンジェリークはただただ哀しみにくれた。
哀しみにくれるアンジェリークの寝室のドアをノックしてクラヴィスが入ってきた。
クラヴィスを見てアンジェリークは心が乱れた。
昼間クラヴィスと結婚しようと約束し合ったのに、今ではアンジェリークの心はオスカーで一杯だった。
そんなアンジェリークの気持ちを察していたのだろうクラヴィスはアンジェリークを見つめる瞳に苦汁をにじませていた。「クラヴィス…。ごめんなさい私オスカーを忘れることなどやはり出来ません。」
「アンジェリークやっとおまえを手に入れたと思ったのにまたおまえは私から去っていくのか。」暗い悲しみに満ちた紫水晶のようなクラヴィスの瞳は何かを決意しているように見えた。
その瞳の色に危険な色彩を感じ取ったアンジェリークは身を固くして後に下がった。
そんなアンジェリークの様子にクラヴィスの青い情熱の炎は激しくその孤独な魂を燃やし、その欲望はアンジェリークへと襲いかかった。
クラヴィスはアンジェリークをベッドに押し倒すと無理矢理彼女の唇を奪った。
アンジェリークは驚きと恐怖で抵抗出来なかった。
アンジェリークの戸惑いをよそにクラヴィスは次第にその欲望に翻弄され彼女の衣服を引き裂いた。
ここにきてアンジェリークはことの重大性が理解できて激しく抵抗した。
それがさらにクラヴィスの欲望に火をつけた。「アンジェリーク愛している。愛しているのだ。」
だんだんエスカレートするクラヴィスの行為にアンジェリークは悲しみで涙が止まらなかった。
嗚咽を漏らすアンジェリークにクラヴィスはやっと我にかえった。
引き裂かれた衣服の下から彼女の白い肢体があらわとなり、その美しい双丘は嗚咽のために激しく上下していた。
クラヴィスは欲望のために彼女を哀しませたことを激しく悔いた。「すまなかったおまえを哀しませるつもりはなかった。私はおまえを愛している。たとえオスカーであろうと渡したくはない。だがそれがおまえを哀しませるのなら私はどうしたらよいのだろうか。答えてくれアンジェリーク。」
涙で咽ながらアンジェリークはクラヴィス見つめた。
「ごめんなさい、ごめんなさいクラヴィス。あなたの苦しみを私はわかっていなかった。あなたがこんなにも苦しんでいたというのに私はまだあなたに甘えようとしていた。ごめんなさい。」
「でもごめんなさい。オスカーが生きているとわかった今私はやはりオスカーを裏切ることができません。あなたの優しさや悲しみに答えて上げたいとずっと思っていました。でも私にはやはりオスカー以外いないのです。」その答えにクラヴィスは頭を垂れた。
クラヴィスは絶望と悲しみにくれながら寝室を後にした。
残されたアンジェリークはオスカーとクラヴィスのこと思いまた涙にくれるのであった。
そのころオスカーは町はずれのホテルの一室にまんじりともしない時間を過ごしていた。
正直言ってアンジェリークがクラヴィスと暮らしていたという事実は彼にとって大きな衝撃であった。
だが自分が3年もの間連絡を取れなかったことがこの事態を招いたことがよくわかっていた。
そうオスカーは連絡を取りたくても取れなかったのだ。
オスカーは戦争で爆撃を受けた後、激しく頭打ち記憶を失っていた。
記憶を失ったオスカーは傷を負いながらも何とか戦場をはいだし、力尽きて道端で倒れているところ近くに住む農夫に助けられた。
その家で手厚い看護受けオスカーは回復したが、記憶はなかなか戻らなかった。
覚えていたのは自分の名前とアンジェリークの名前だけだった。
彼は記憶が戻るまでのこの3年間をその農夫の家で過ごした。
農夫の家には娘がいた。
彼女の名はアンジェラ。
その名前にオスカーは記憶がないながらにも親しみを覚えた。
彼女がやわらかな金髪だったこともオスカーが親しみを覚えた理由だったかもしれない。
彼女は本当にオスカーに尽くしてくれた。
彼女が自分に居候以上の気持ちを持っていたことは知っていた。
記憶のなかったオスカーも彼女の気持ちに答えてやりたいと思うようになったが、なぜか気持ちの中に何かが違うという自分がいた。
それがなくした記憶とそして唯一おぼえていたアンジェリークという名前に原因があるのだと思い始めていた。
そんなある日オスカーが暮らすその村に盗賊団がやってくるという情報が入った。
さっそく自警団を編成しオスカーも自警団に加わった。
そして、やってきた盗賊団を討伐したとき、オスカーは自分が軍隊にいたことを思い出した。
そしてそれを引き金にだんだん自分の記憶の断片が頭の中に浮かんでくるようになった。
そしてとうとう自分が何者であるのかということをすべて思い出したのである。「オスカー様。行ってしまわれるのですか?」
アンジェラが涙を浮かべてオスカーを見つめた。
その瞳をまともに見ることは出来ずに、オスカーはアンジェラに別れを告げた。「すまない、アンジェラ。俺は妻を、アンジェリークを愛しているんだ。彼女以外の女性を愛すことは出来ない。君には感謝している。でも行かせてくれ、妻のもとに俺は帰らなければならないんだ。」
オスカーの言葉にアンジェラももうなにも言うことは出来なかった。
哀しみにくれる彼女を残し、オスカーはその村を後にしたのだった。
「アンジェリーク・・・。」
オスカーはホテルの部屋で、愛しいアンジェリークのことを思っていた。
もう彼女はクラヴィスのことを愛し、自分のことは忘れてしまったのだろうか。
それを確かめるのが怖くて、今日は逃げ出してしまった。
だが、オスカーの気持ちはアンジェリークをあきらめることなど出来るはずも無かった。
誰のものにもさせたくない。
そんな気持ちだけがどんどん大きくなって、オスカーの心を支配していた。
クラヴィスがアンジェリークと暮らし始めた理由はわからないが、クラヴィスがアンジェリークを愛していたのではないかとオスカーは以前から思っていた。
守護聖時代クラヴィスのアンジェリークに対する瞳はいつもやわらかなものだった。
ひそかに嫉妬したこともあった。
そんな彼がアンジェリークを訪ねることは容易に想像が出来た。
今もそのクラヴィスがアンジェリークのそばにいるかと思うと嫉妬で狂いそうだった。
やはりアンジェリークをこのままクラヴィスのもとに置いておくわけにはいかないとオスカーは決意した。