アルカディアの魔女
「行ってしまわれるのですね・・・。」
「ああ。だが必ず帰るよ。君の元へ必ず・・・。」
「どうか、どうかお気を付けて・・・。」今まさに旅立とうとする恋人を少女は抱きしめる。
男はその逞しい腕で、少女を安心させる様に抱きしめ返した。
少女の頬に涙が伝う、これから彼の身に降りかかるであろう苦難を思って。
男はそっと彼女の額に優しいキスを落としてそっと体を離した。
少女の瞳が哀しみで縁取られ、彼を切なく見つめる。
そんな彼女に柔らかな微笑みを見せ彼は旅立つ。「じゃあ行くよ。コレット。」
「オスカー様、どうかご無事で・・・。私いつまでも待っています。だから・・・だからどうか生きて帰ってらしてね?・・・・。」
「ああ・・・約束だ。だから待っていてくれ・・・。」彼は涙に暮れる恋人に片手を挙げてさわやかな笑顔を残し旅立って行った。
ここはエリューシオン剣と、魔法と、オートが支配する世界。
オスカーはこのエリューシオンにその名を知られる炎の戦士だ。
その剣技は並ぶもの無く、まるで炎の様に赤い髪と、切り裂く様に鋭い氷の刃のようなアイスブルーの瞳をした彼の容貌はすべての女性を虜にするほど秀麗だった。
そんな彼が、恋人を置いて旅立つ場所・・・・。
それはここ近年、男を惑わすと評判の魔女を退治するためなのだ。
その魔女は、それはそれは美しく、その魅力で男をだまし、その生き血をすするのだと言う。
先日、オスカーの部下でコレットの兄でもあるランディが、その退治に出かけたのだが、彼はついに戻ってくることはなかった。
そのことが、オスカーに決意させたのであった。
その麗しの魔女を退治することを・・・。
オスカーは、愛しい恋人コレットの為にも必ず魔女を打ち倒し、彼女の元に戻って彼女を妻に迎えなくてはならない。
その為にも早くその魔女を倒さなければならないと思っていた。
魔女が住むと噂されるアルカディアの森。
理想郷と名づけられたその森にその美しい魔女は住んでいる。
恐ろしい噂がされている森だというのにアルカディアはその名の通りまるで、夢の様に美しい森だった。
木々は優しい木漏れ日を落とし、小鳥はさえずり、涼やかな小川のせせらぎと、川岸を彩る色とりどりの花々。
生き血をすすると評判の魔女には似つかわしくないまるで、天国に迷い込んでしまったかのような錯覚に襲われる、まさに理想郷だ。
だが、オスカーはそれこそが魔女の罠なのだと思っていた。
男を惑わすと言うくらいだ、これくらいの罠をかけていてもおかしくは無い。
この美しい森で、緩んだ心に付け入って襲うつもりに違いないと考えていたのだ。
そして、森に入ってからもう何日目になっただろうか。
オスカーはついに魔女が住むという館らしきものを発見したのだった。
魔女の館・・・・。
もしこの森に魔女が住んでいるのだと知らなければ、それが魔女の館だと思うものは皆無に近いだろう。
それくらいその館は荘厳な雰囲気をかもし出した、白亜の館だった。
オスカーは慎重にその館の門をくぐり、館の玄関にやってきた。
大きな神鳥をかたどったノッカーと叩いてみる。
しばらくすると、美しい女がドアを開けた。「どちら様でしょうか・・・。」
「私の名はオスカー。旅の剣士です。道に迷って困っているのです。一晩の宿をお借りしたいのですが・・・。」オスカーはその玄関に立つ女性をまじまじと見詰めた。
(この女が魔女?)
オスカーに緊張が走っていた。
「申し訳ございません。当家ではそのような申し出をお受けするわけには参りません。どうかお引取りを・・・。」
そう言ってドアを閉じようとする女に、オスカーは慌てて食い下がった。
「ご迷惑は承知の上でお願い致します。」
そう叫ぶオスカーに、館の中からもう一人の女の声が聞こえてきた。
「ロザリア。お通ししてあげて?なんだかお気の毒だわ。」
「はい・・・・アンジェリーク様。」ロザリアと呼ばれた女がしぶしぶながらにもゆっくりと玄関の扉を大きく開け放った。
そして、その中の玄関ホールの正面に伸びる大きな階段の上に、その人はいた。
黒いドレスをその身に纏い、流れる様にうつくしい金の髪が腰の辺りまでやわらかなウェーブを作りながら掛かり、白磁器を思わせるように透き通る肌と、目を見張るばかりのその美貌。
その秀麗な顔の中で、ひときわ胸を打つのは翡翠を思わせるような美しい緑の瞳だった。
影を作るほど長く美しいまつげに縁取られたその瞳は、オスカーの胸をわしずかみにしていた。