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オスカーはもう一週間近く館の周辺や、森の中をランディを求めて捜しまわったが、何一つその手がかりを掴むことは出来なかった。
そのことはアンジェリークが、ランディを殺したと言う証拠が手に入らないということと同じだった。
この一週間、アンジェリークはというと本当に普通の貴族の婦人の様に過ごしている。
どれ一つ取っても不信なところは感じない。
むしろ、なぜ彼女が魔女であるかと言うことの方が不思議なくらいなのだ。
今も彼女は庭に咲くバラを一つ一つ丁寧に花篭に摘んでいる。
その姿は、誰もがうっとりするくらいに美しい光景だった。
朝露に濡れるみずみずしいバラの花を抱える彼女は本当に天使のようだった。
もし彼女が、白やバラ色のドレスを着ていたなら、その姿はもっと輝かしい美しさを放つだろう。
そう、アンジェリークはオスカーが初めて会った日から、一度も黒以外のドレスを身につけていることが無かった。
デザインはそれぞれ違うが、どれもこれも喪服のようなものばかりだ。「ミセスアンジェリーク。」
オスカーはバラを摘む彼女に近づいて声をかけた。
バラを摘む為にうつむいていた彼女が、オスカーに顔を向けるとオスカーはまたしても彼女のその翡翠のような美しい瞳に心奪われてしまった。「オスカー様?どうかされましたか?」
固まるオスカーを不思議そうにアンジェリークが覗きこむ。
そのしぐさを見て、オスカーの胸が抑えようとしても高鳴るのが自分でもイヤと言うくらいにわかった。「ミセス・・・・あ・あなたはなぜいつも喪服を?」
やっとの思いで、口を開くと光のように美しい彼女の瞳に悲しみの色が浮かんだ。
「主人はきっともう死んでいるのです・・・。彼が自分に掛けた転生の魔法によって甦って帰るまでは、私は黒以外のドレスを着ることは無いでしょう。」
「転生の魔法?」
「私の主人はとても魔法に長けた人だったのです。彼が戻るまで私は生き続けなければならない・・・・。この館はそんな私の牢獄なのです。」アンジェリークの言葉に、オスカーは言葉が浮かばなかった。
転生の魔法が、いったいどういったものかぐらいはオスカーにもわかった。
あの不確かな魔法で、甦る夫を待っているのだと彼女は言う。
そして彼女はなぜなのか死なないらしい。
夫が帰るまでここで待つことが、唯一彼女に架せられたことだと言うように。
オスカーの心のなかで魔女のアンジェリークと、夫にこの館に縛り付けられ続ける哀れなアンジェリークと2人のアンジェリークがぶつかり合っていた。
そしてある日、オスカーはまた森の中を手がかりを求めて歩き回っていた。
その場所はこの森の中では数少ない少々険しい場所で、深い谷が地面を分けていた。
その谷は20mぐらいあるだろうか。
一本だけつり橋がかかっていて、その橋も人が余り使わないせいだろうかかなり老朽化していた。
もうそろそろ昼になりそうな頃合だったので、一度館へ戻ることにしたオスカーはその橋を壊さないように慎重に渡り始めた。
すると館のほうからアンジェリークがやってきて、橋の向こうからオスカーを発見するとうれしそうに手を振っているのが見えた。
オスカーも手を振って挨拶を返すと、アンジェリークはオスカーに向かって橋を渡り始めた。
オスカーは、アンジェリークのその行動に驚いて声を荒げた。「ミセス!この橋は危ない!所々橋板が朽ちています。戻ってください!」
今にして思えばなぜこんなことを・・・そう思わずには居れないほど真剣な叫びだった。
その声でびっくりしたアンジェリークは、一歩踏み出したところで足を止めたが遅かった。
橋板が落ちてアンジェリークはその穴に吸い込まれて行く。
オスカーは慌ててアンジェリークに駆け寄って、落ちる彼女の手をかろうじて掴んで落ちるのを食いとめた。
つり橋からぶら下がるアンジェリークをオスカーは引き上げ様と全身に力をこめたが、橋板が不安定で力をこめることが出来なかった。
そればかりか、オスカーの体を支えるのもやっとと言うくらいに橋板が無気味は音をたてていた。
そしてオスカーの腕には、アンジェリークの重みがじりじりと増して行くのだった。