FINALE

 

紅竜のオスカーは人気のない夜の泉に身を浸しながら、この胸に宿った切ない思いを抱きしめていた。

「姉上…。」

口に出してしまうとその思いはさらに増し、胸を締めつける。
運命というにはあまりにも切ない出会いにオスカーは胸を痛めた。
と、突然泉に水のはねる音が響いた。
驚いて振り返ると、そこにはオスカーが今の今まで胸に思い恋こがれた兄嫁のアンジェリークが立っていた。

「オスカー…。」

彼女の大きな翡翠のような緑の瞳が揺れる。
彼女は薄い白い夜着をつけたまま泉の中へ入ってきた。

「姉上…どうして…。」

彼女は漏れることも気にせず、何か決意したように真っ直ぐオスカーの元に進んでくる。

「姉上…だめです。俺は今何も着けていない。こちらに来てはいけません。」
「いや!姉上なんて呼ばないでオスカー!私…私あなたのことを…。」

彼女の言葉にオスカーは身を強ばらせた。
そんなオスカーの前に彼女はうっすらと涙を浮かべて立っている。
そして彼女は、オスカーの背に腕を回した。

「好きなの…。あなたのことが好きなの…オスカー。」

 

二人の花嫁は白いベールをすっぽりと頭からかぶり、しずしずと飛竜族白竜のジュリアスと黒龍のクラヴィスの双子の兄弟長の前に進み出た。

「ようこそ飛翼族の姫君。私が飛竜族族長のジュリアスだ。そして隣にいるのが私の片割れ黒竜クラヴィス。われらの花嫁、その顔を拝ませてはいただけないかな?」

白竜ジュリアスのあいさつに、花嫁たちは一度頭をゆったりと下げて礼をすると、ゆっくりとそのベールをあげた。
その美しい花嫁たちを目にして、二人の花婿ばかりでなく臨席していた他の飛竜族たちも感嘆の溜息をついた。
花嫁の一人は、青紫の美しい巻髪ですみれ色の瞳を持つ聡明そうな花嫁だ。
そしてもう一人は、まるで光りのなかから現れたかのようにやわらかな金の髪で翡翠を思わせる明るい美しい緑の瞳の愛らしい花嫁だった。

 

白竜と黒竜の傍に分かれてもう一組の双子が控えていた。
飛竜族の長の家系は必ず双子が生まれる。
それも必ず対の竜が生まれてくるのだ。
上の双子竜は、白竜黒竜。下の弟双子竜は、紅竜青竜だった。
紅竜の名はオスカー、青竜の名はリュミエールといった。
飛竜族の子供は、なぜか全員男だ。
そのため飛竜族は代々同じように一族すべて女という飛翼族から嫁をもらい、飛翼族のほうに飛竜族の男が婿に行くという取り決めがなされていた。
そして紅竜オスカーは、次期飛翼族の長となるコレット嬢の婿に決まっている。
だが今、その紅竜は、兄たちの花嫁特に金髪の花嫁に心を奪われていた。

「白竜、黒竜様。お目にかかれて光栄ですわ。私たち二人飛翼族よりまいりました。私はロザリア、こちらはアンジェリークです。至らぬ私たちではありますがよろしくお願い致します。」

青紫の髪の花嫁がそう挨拶すると、その横で控えめに金の髪の花嫁が微笑む。
その笑顔にもオスカーは目が釘付になっていた。
彼女の存在自体が、オスカーにとってまばゆいばかりの閃光となって彼の心に焼きついていた。

「して、私の花嫁となっていただけるのはどちらかな?」

白竜の言葉に、オスカーは我にかえった。
そうなのだ、彼女は兄たちの花嫁なのだ。
頬を染めるあの美しい娘は、あと数日後には正式に兄の妻となるのだ。
そう思うとオスカーは、これ以上美しいアンジェリークを見ていてはいけないと感じ目を伏せた。

「どちらをお気に召しましたか?白竜様。」

ロザリアはその美しいすみれ色の瞳で白竜を熱く見つめた。

「ロザリア嬢。私はあなたを花嫁にしたい。クラヴィスどうだ?お前はアンジェリーク嬢を気に入ったのではないのか?」

ジュリアスはそう言って片割れの黒竜に視線を向けた。

「私のことは白竜、お前がよくわかっているのだろう。私はおまえの選択に異存はない。」

クラヴィスは静かにそう告げる。

「ふふ。相変わらず素直ではないな。では決まった。花嫁方にも異存はないかな?」

ジュリアスの言葉に二人の花嫁もうなずいた。
こうして白竜の花嫁にロザリア、黒竜の花嫁にはアンジェリークとなった。
オスカーは、そんなやりとりが胸に重く響いたが、わざとそれには目を向けないようにした。
オスカーにとってもアンジェリークにとってもこれが最初で最後の恋の始まりであったことにまだ二人は気づいていなかった。