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「もうこちらの生活には慣れたかね?」
一週間を過ぎたあたりで白竜にアンジェリークは声をかけられた。
かたわらにはいっしょにこの飛竜の里にやってきたロザリアが、頬を染めてよりそっている。
ジュリアスとロザリアは初めてあった日より順調そうだ。
まるでもうずっと前から恋人同士でもあったかのように……。
それに比べてアンジェリークは、いまだにクラヴィスになじむことさえ出来なかった。「はい白竜様。お気づかいありがとうございます。」
アンジェリークは二人をうらやましく思いながら挨拶を返した。
暗い表情のアンジェリークを見て、ロザリアは少々不安を覚えた。「アンジェ?クラヴィス様とうまくいってないの?」
こっそりとアンジェリーク耳元でロザリアがたずねると、アンジェリークは苦笑交じりに微笑んだ。
その笑顔を受けてロザリアはますます不安をつのらせた。「ロザリア?いかがした。」
ジュリアスが表情の曇ったロザリアを見て心配げに尋ねたが、今ここで何かいうことはアンジェリークを傷つけることになると思い、ロザリアは明るい笑顔を向けて彼の心配を逸した。
「何でもありませんわ。さあジュリアス様参りましょう。アンジェ、またね?」
ウィンクで後でたずねることを合図して、ロザリアはジュリアスをアンジェリークからとうざけた。
「ふう〜。」
いつもの木の上に登ってアンジェリークはため息をつく。
後一週間でクラヴィスの妻になるというのに、アンジェリークはロザリアのように恋心を抱くことが出来ずにいた。
あの後もクラヴィスは部屋を訪ねてはきたが、やはり彼に対して胸がときめくことはなかった。
こんな気持ちのまま彼の妻になることが果たしてできるのだろうか。
アンジェリークはそんなことを考えては今日もまたこの木の上で溜息をついているのだ。「姉上。よほどあなたはここがお気に入りのようだ。」
オスカーはいつものように幹によりかかって声をかけた。
「あなたもね紅竜様?」
アンジェリークは沈んでいた気持ちは緩やかに和んでいくのが気持ちよく感じられた。
オスカーはアンジェリークの隣にふわりと飛び移ると、いつものように腰掛けた。「姉上今日はどうしました?また嫌なことでもありましたか?」
最近オスカーはこういって彼女の相談役をしていた。
「ううん。なんでもないわ。でもどうして?なぜいつも紅竜様は私の心配をしてくださるの?」
何気ないアンジェリークの問いにオスカーは言葉を詰まらせた。
彼女のことを好きな気持ちを表に出すことはできない。
でも彼女に引かれる気持ちを抑えることもできない。
そんな葛藤を抱えて、でも彼女を支えたくて、いやなによりも彼女を見ていたくてこの場所に毎日足を運んでいるのだから。
そんな戸惑うオスカーを見てアンジェリークは心にざわめきをおぼえた。(もしかしたら…もしかしたら紅竜様は…。)
そんな疑問を持ったためにアンジェリークは急に恥ずかしさを感じて頬を染めながら目線を外した。
オスカーはと言うと、彼女にさとられたくなくて慌てて別の話題を頭の中で探し始めたが、こんな時に限って何も浮かんでこなかった。
それで彼もまた頬染めて目線を外したのだった。
甘い沈黙がしばらく続いたときに下から声がかかった。「紅竜!オスカー!黒竜兄上がおよびですよ?」
リュミエールの声にオスカーははじかれるように立ちあがると、
「わかった!リュミエールすまんな。」
と返事をして翼を広げて木の下へととび降りた。
微笑みを浮かべてリュミエールを一瞥するとオスカーは走り去った。
残されたリュミエールはオスカーが去ったのを確認すると、その青い翼を広げ木の上にいるアンジェリークの元へと飛び立った。「姉上。」
「青竜様。こんにちわ。」初めて言葉を交わすリュミエールはそのたおやかな容貌には似つかわしくない冷たい瞳でアンジェリークを見つめていた。
「姉上…あなたは黒竜兄上の婚約者。私の片割れを誘惑しないでいただきたいものです。」
「そ・そんな…。私そんなこと…。」突然の誹謗にアンジェリークはうろたえた。
リュミエールの水色の瞳のほうがオスカーのアイスブルーの瞳よりも冷たい色のようにアンジェリークには感じられた。「紅竜はあなたの一族のコレット嬢の婚約者なのです。彼を惑わすのはやめてください。」
アンジェリークの心はズキリと痛んだ。
リュミエールは言うだけ言うと皮肉な微笑を浮かべて飛び去っていった。
残されたアンジェリークは、最後にリュミエールのいった言葉にとらわれていた。
そう。
オスカーはコレットの将来の夫となる人物だったのだ。
何とも言えない絶望感がアンジェリークの心の中にの広がっていくのがわかった。
そのときはじめて、アンジェリークは自分がオスカーに引かれていることに気づいたのだった。