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黒竜は、オスカーをその神秘的な瞳で見つめた。
オスカーは自分の心の中までも見透かされそうで、ついついその視線を避けた。「紅竜…。そなたの瞳には何やら迷いがある。そなたにとっての正き道は見えてはこぬか?」
「兄上…。私は道を誤ったりはいたしません。何を私に見られたのかはわかりませんが、兄上が心配されるようなことなどありませんのでご安心を…。」オスカーはそう言ってクラヴィスをけん制した。
クラヴィスはそんなオスカーを見て目を細めた。「おまえにとっての正き道を見誤るな。」
それだけ言ってクラヴィスはオスカーを下がらせた。
オスカーはクラヴィスからの忠告を受けて、ますます自分の思いを押さえこもうと心に決心していた。
黒竜は不思議なところがある。
思慮深いためなのか、いつも心を見透かされてしまうのだ。
黒竜は自分の抱いたアンジェリークへの思いに気づいてしまったのだろう。
だから、自分の花嫁に手を出すなと暗に言っているにちがいない。
オスカーはそう思ってもう一度心の奥の思いに鍵をかけた。
クラヴィスは、オスカーの先ほどの表情を思い出して表情を雲らせた。
クラヴィスは、リュミエールが忠告して来たようにどうやら、オスカーは自分の婚約者を好きになってしまったというのは真実のようだと確信した。
普段は明るく、軽口も叩くオスカーだったが、根はまじめで正直だ。
きっと彼は、兄と恋の間で一人苦しんでいるのだろう。
恋とは不思議なもの…。
クラヴィスにとってこの婚約は、一族間で決められたこと以外の何物でもなかった。
白竜のように、幸運にも恋に落ちることができたならよかったのだろうが、自分とアンジェリークの間にその感情は芽生えなかった。
結婚して肌を合わせればそのうち愛情は芽生えるかもしれない。
でも…。
オスカーは彼女に恋してしまったのだ。
皮肉なものだとクラヴィスは思う。
愛のないものが結婚を約束され、愛あるものがその思いに封印を施さねばならないとは…。
クラヴィスは、オスカーに一族の決め事ではなく、彼自身にとっての正しい道を選んでほしいと思った。
恋をしたオスカーの思いをつまらない決め事でつぶしてしまうのは彼の望むことではなかったのだ。
クラヴィスは恋をしたオスカーを心からうらやましく思い、兄として彼の幸せを心から願っていた。
アンジェリークは部屋でロザリアとお茶を飲んでいた。
ロザリアは、沈んだ表情のアンジェリークをさぐるようにじっと見つめていた。「ねえ。アンジェ何を悩んでいるの?」
沈黙に耐えきれ無くなったロザリアは口を開いた。
だがアンジェリークはなかなかその表情のわけを語らなかった。「もう、じれったいわね!いったいどうしたって言うのよ!クラヴィス様と何かあったわけ?」
ロザリアはいらついた表情でアンジェリークに詰めよった。
「いいえ、、、いいえクラヴィス様とは別に何もないわ。そう、私クラヴィス様には何も、何も感じない…。」
アンジェリークはしぼりだすように口を開いた。
「?クラヴィス様が嫌いなの?ま・まさかジュリアス様のほうがよかったってことなの?」
驚くロザリアにアンジェリークは慌ててロザリアの考えを否定した。
「ちがうわ。ジュリアス様にもクラヴィス様にも私特別な感情が持てなかったわ。私が心ときめかせた人はあの方達じゃあなかったのよ。」
アンジェリークの告白にロザリアは慎重な面持ちになった。
「じゃあ、あなたったら別の方が好きになっちゃったってことなの?」
恐る恐る尋ねるロザリアに、アンジェリークはまたも表情を雲らせた。
「誰。」
ロザリアは迫る。
アンジェリークはそんなロザリアから顔をそらす。
それでもロザリアは迫った。「アンジェ。一体誰を好きになっちゃったの?それがわからないと問題解決できないわ。」
だがアンジェリークは曖昧に微笑んで口をわらなかった。
ロザリアも、こうなったらアンジェリークはてこでも動かないことを知っていたのでひとつ大きく溜息をして降参した。「もうわかったわ。でも一つだけ言わせて、あんたが嫌な結婚なんてしなくていいのよ?わかった?」
ロザリアはそれだけ言うと彼女ひとり残して部屋から立ち去った。
ロザリアのロザリアらしい優しさはうれしかったが、アンジェリークは自分の置かれた立場がのろわしかった。
本当に里にいたころは純粋にクラヴィスやジュリアスと花嫁になることを疑問に思ったことなどなかった。
幼い日より、そう定められ、そのように言われて育ってきたのだ。
それなのになぜ、今になって彼に…オスカーに出会ってしまったのか。
オスカーの声や、微笑みを思うと、アンジェリークは全身が熱くなるのがわかる。
何とも言えない切ない甘い痛みが心に刺さる。
でもこの気持ちを持つことは自分には許されないことなのだ。
後一週間で名実ともに、自分はクラヴィスの妻となるのだ。
そしてその夫の弟であるオスカーにこの思いを伝えることなどできようはずもないではないか。
そう思うとアンジェリークの気持ちは、さらに沈んだのだった。