月光
月の美しい晩。
オスカーは何故か眠れずブラブラと夜の道を歩いていた。
暑苦しいといったことは無いが、空中都市としては少々暑く感じる晩だった。
やはり女王陛下のサクリアの弱まりは確からしい。
そんな思いがオスカーの頭の中に浮かんだ。
歩いているうちに足は何故か森の湖に向かっていたようだ。
オスカーは苦笑する。
森の湖はオスカーがよく使うデートコースの一つだった。
思わずいつもの癖でこちらに向かってしまっていたらしかった。「まあいいか。今夜は月が美しいし、この暑さだ。湖辺りならば少々涼しかろう。」
独り言を言うと、オスカーはそのまま湖へと足を向けた。
しばらくすると、湖の辺りから何か水音がする。「うん?誰か居るのか?」
オスカーはそっと湖に近づくと、そこにはキラキラと光る金の髪の少女が、その若くしなやかな裸体を惜しげもなくさらして泳いでいるのが目に入ってきた。
少女の髪は水面で揺らめきながら月の光を反射して神秘的な光を放ち、水の中をまるで人魚のように泳ぐ体は抜けるように白い。
オスカーはまるで何かに憑かれたように彼女に見入ってしまった。
不意に彼女は岸辺に向かい、水から上がって岸辺に立った。
ふっくらとした胸、すらりと伸びた肢体、まるでそれは今生まれたばかりの月光の精のようだった。
オスカーはとっさにすぐそばの木陰に身を隠し、そしてそっと彼女の方に目をやった。
彼女は雫を飛ばすように頭を振ると今まで伏し目がちにしていた目を見開いた。
翡翠のように輝く美しい緑の瞳に、オスカーの胸はまるで矢に貫かれたかのようにズキズキと痛んだ。「アンジェリーク・・・。」
彼は驚きを隠せなかった。
いつもうつむき加減に自分を見つめ、執務室に来ても何か恥らってばかりいるアンジェリークがまさかこのように美しい女性であったとは。
オスカーにとってアンジェリークはそれほど目立たないけれどなんだか放って置けない妹のような存在だった。
そのアンジェリークに、今、オスカーは突然女を意識してなんだか胸がドキドキしてたまらなかった。
彼女の方は彼に気づくことも無く、岸に脱いであった服を着ようとしていた。
ブラウスを着てスカートに手をかけたとき、彼女に見とれて思わず踏んでしまった小枝の音に気づき、彼女はオスカーの潜んでいた木陰へ目線を向けた。「誰?誰か居るの?」
訝しげに尋ねる彼女の前に、どうしようか迷った挙句、オスカーは何かいたずらを見つけられた子供のような表情で進み出た。
「やあ。お嬢ちゃん。」
「オ・オスカー様?」彼女の驚きはやがて自らの格好を思い羞恥心へと代わっていった。
「イヤー!ど・どうしてここにみえるんですかー?」
彼女は慌てて地面にしゃがみこみ、持っていたスカートで丸見えの足を隠した。
「あーだからだなぁ。眠れなくて散歩をしていたらだなぁ、湖で月の妖精を見つけたってわけさ。」
オスカーはまともにアンジェリークの顔を見るここができずにおどけた様子で両手を広げ、肩をすぼめて口の端を片方だけ上げて笑った。
「まさか見てたんですか?」
アンジェリークは真っ赤になりながら、体を小さくして、まるで消え入るような声ででオスカーにたずねた。
「そうだな。美しかった。俺はまさか君がこんなに美しかったなんて知らなかった。」
まるで夢を見ているような顔でオスカーは呟いた。
「み・見てたんですね!イヤー!」
彼女は、今度は両手で顔を覆いながら頭を左右に振って泣き出した。
そんな彼女の様子に、オスカーは困惑して彼女の傍らにひざまつくと彼女の肩に手をかけた。
驚いて見上げる彼女をオスカーは熱い眼差しで見つめた。「アンジェリーク。俺はどうやら君にハートを射抜かれてしまったようだ。今俺はこのときめきをどう押さえたらいいのかわからないくらいだ。アンジェリーク君を好きになってもいいかい?」
突然の告白に戸惑っていた彼女だったが小さな声で、
「オスカー様。それは本当ですか?」
とたずねた。
「もちろんだ。こんなに胸がときめいてしまったのは初めてだ。俺を虜にしたのは君だけだ。」
そういってオスカーはアンジェリークを抱きしめた。
その抱擁に答えるようにアンジェリークはオスカーの耳元で呟いた。「私もオスカー様の虜だったの。」
そして、月の光に照らされた二人の影がそっとひとつになっていくのをただ月だけが眺めていた。
END