背徳の館
親愛なるお義兄様。
どうか私を助けて・・・お願い。
この館は悪魔の棲家です。
私はもしかしたらこのまま殺されてしまうかもしれません。
ですから、どうかオスカーお義兄様早く助けにきて・・・・お願い・・・。
オスカーは、2年前に嫁いで行った義妹からの手紙を受けとって急いで彼女の嫁ぎ先であるアルヴィース伯爵家へと馬を飛ばしていた。
義妹のレイチェルは父の2番目の妻の子供で、オスカーにとっては腹違いの妹だった。
小さい頃からこの年の離れた快活な妹を溺愛していたオスカーは、こんな手紙を受け取って放っておける訳がなかった。
彼女は2年前、この時代ではごく当たり前であった家同士の政略結婚により、アルヴィース伯爵夫人となった。
オスカーはと言うと、嫡男として家を継ぐまでの間社会勉強の為に王城に上がり、騎士の見習いや、勉学に励んでいたのだった。
そして今回レイチェルからの手紙に驚いて、慌てて王城より暇をもらってきたのだった。
手紙を受け取ってより、はや一週間。
オスカーは馬を飛ばしてやっとの思いで伯爵領に入った。
広大で豊な農地を抜けて、目指す伯爵の居城は鬱蒼と茂った森の奥に立っている。
はやる気持ちを押さえつつ、オスカーは慎重に館に向かって馬を走らせた。
森は豊な緑に覆われ、昼間だと言うのに木漏れ日が少なく、これから向かう館での出来事を暗示しているかのように薄暗いものだった。
そんな不吉な予感を振り払いながら先を進むオスカーは、ふと脇の道から水の気配を感じてそちらに目を向けた。
脇道の先、木々の間から確かに泉の水のきらめきが見て取れた。「アグネシカ。おまえも疲れたろう目的地はもう近い。水を飲みに泉にでも寄ろう。」
オスカーはいままでひた走ってくれた愛馬の労をねぎらう為に、ほんの少しだけ泉に立ち寄ることにした。
草を掻き分け泉に近づくと、オスカーの目には突然信じられない光景が飛び込んできた。
泉で見たもの・・・・それはあまりにも美しい乙女の姿だった。
柔らかなウェーブのかかった金の髪が腰の辺りまで豊にかかり、影を落とす長い睫毛に縁取られた吸いこまれるほどに美しい緑の瞳に悲しげな光をたたえ、抜けるように白い肌と紅を差したようなつややかな唇を持った麗しき乙女は、なぜか柔らかな薄手の夜着をまとって泉にたたずんでいる。
その姿は森の精霊を思わせるほど神秘的な美しさを放ってオスカーの目を釘付けにしていた。
しばしそんな彼女に見とれていると、彼の存在などまったく気付いていない彼女は突然夜着のまま泉へと入って行った。
いったい何が起こっているのかオスカーが理解したのは、泉の水の中に彼女が完全に頭を沈めてしまった時だった。「自殺?!」
オスカーは慌てて泉へとその身を投じ、彼女が姿を消した辺りへと向かって急いで泳ぎ始めた。
そして、水の中で意識を失いまるで水中花の様に漂う美しき乙女を見つけたのだった。
急いで水から上がってオスカーは、その美しい彼女を岸に上げるとすぐさま胃の辺りを押して水を吐かせ、そのやわらかな唇に息を吹き込んだ。
ゴフっと言う音とともに彼女は意識を取り戻し、吸いこまれそうな緑の瞳を物憂げに開いた。「おい!大丈夫か?」
オスカーの声に彼女の瞳の焦点がオスカーの顔で結ばれた。
「?!」
見知らぬ男の突然の出現に彼女は恐れおののきその身を固くした。
「あ・あなたは・・・・。」
怯えた瞳で語りかける彼女にオスカーは、なるべく優しく微笑んで答えた。
「俺はオスカー・フレイアス。妖しい者じゃない安心してくれ。で、君の名はなんて言うんだい?お嬢ちゃん。」
「フレイアス?!じゃああなたは・・・・。」オスカーの名を聞いて更に身を固くして怯えたような表情を浮かべた彼女にオスカーは怪訝な面持ちになった。
「君は誰だ。なぜフレイアスの名に怯える。」
さっきのやさしげな表情とは打って変わって真剣なオスカーの目に、彼女は体を震わせた。
「私は・・・・私はアンジェリーク。アンジェリーク・アルヴィースです。」