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翌日からオスカーは少しずつレイチェルについて調べて見ることにした。
まずはレイチェルのことをなにかしら知っているのではと思われるこのアルヴィース伯爵家の令嬢アンジェリークからだ。
昨日、彼女はオスカーの名に怯えを見せた。
ただ驚くだけなら不思議は無いが、彼女の反応は明らかな怯えだった。
そしてなぜ彼女は自殺など図ったのか。
その原因とレイチェルの死はまったく関係無いのだろうか。
コレットの話ではアンジェリークはレイチェルとは違い控えめでおとなしい娘らしい。
半年前に結婚直前に婚約者を亡くしてからはその傾向が更に強くなったようだ。
オスカーは、館を散策しながらアンジェリークの姿を捜したのだった。
そしてテラスで庭を寂しそうに眺める彼女を発見したのだった。
今日の彼女は昨日とはうって変わって、美しい若草色のドレスをまとった伯爵令嬢そのものだった。
そしてその美しさは思わず目を奪われ、見とれてしまうほどだった。
憂いを含んだ寂しげな眼差しは、婚約者を亡くしたと言う経験の為なのだろうか。
だがそれが更に彼女の美しさを神秘的なものへと高めているのは間違い無かった。
すっかりその美しさに心奪われていたオスカーだったが、妹のことを知る上で彼女は重要な人物だ。
心を引き締め、彼女に朝の挨拶をして近づいた。

「やあ、アンジェリーク嬢。お加減はいかがですかな?」

突然声を掛けられ、ビックリした様に彼女は振りかえった。
大きく見開かれた緑の瞳が今日は日に映えてエメラルドに輝いている。

「オスカー様・・・・。おはようございます。」

少し身を固くした様にアンジェリークは返事を返した。
そんな彼女の怯えた表情がまたしてもオスカーに疑問を投げかけていた。

「昨日、あなたはなぜ兄上に本当のことを言わなかったのです?」

オスカーは単刀直入に彼女に言葉をぶつけてみた。
すると彼女はまたしても震える様に怯え、そして小さく呟いた。

「兄には言わないで下さい。お願いです。」
「言いませんよ。彼のあの慌てぶりからすると、アルヴィース伯はあなたのことを溺愛している様ですからね。」

オスカーの言葉にアンジェリークは小さく安堵の溜息をつく。

「ええ・・・兄は・・・特にレヴィアス兄様は私をとても愛してくれています。そんな兄を心配させたくありません。」
「でも自殺を図るなどなにがあなたをそれほど苦しめたのですか?私でよければ相談に乗りましょう。」

オスカーは優しく微笑みかけたが、彼女はその言葉にまたもや体をちじこませた。

「気になさらないで下さい・・・・。ただ発作的に泉に入ってしまっただけなのです。たいした理由などありません。」

彼女は明らかに嘘をついている。
オスカーはそう確信した。
なぜなら、彼女は都合が悪い時にはオスカーの顔を見ないようにしているからだ。
オスカーは更に彼女に問い詰めた。

「いいでしょう。でもこれだけは聞かせてください。レイチェルの死はあなたの自殺未遂とは関係無いのですね?」

その言葉に対する彼女の反応は更なる怯えだった。
がたがたと震えて身を固くするアンジェリークに、オスカーは彼女がレイチェルのなにかを知っていると確信したのだった。
オスカーは真実を掴もうとして焦った。

「お願いだ!アンジェリーク嬢。私だってあなたの兄同様に妹を愛している。レイチェルの自殺した理由に納得がいかないんだ。だから何か知っているのなら教えてくれ!」

怯えるアンジェリークの肩を掴んでオスカーが迫ると、アンジェリークは真っ青になってがたがたと震えた。

「妹になにをしているんだ!」

突然、肩を引っ張られてオスカーは振り向いた。
そこには怒りに瞳を燃やしたアリオスの姿があった。

「お兄様!」

アンジェリークはすがるようにアリオスに駆け寄った。

「別になにも彼女に危害など加えていない!レイチェルのことを教えて欲しいだけだ。君でもいい!なにを隠しているんだ教えてくれ!」

真剣な眼差しで訴えるオスカーにアリオスは戸惑った。

「申し訳無いが昨日兄が述べたことがすべてです。あなたのお気持ちはお察ししますが、私が知っていることはそれだけなんです。」

アリオスがそう言っても、オスカーにはアンジェリークの反応が明らかになっていること以外のなにかを知っていることを物語っていると思っていた。

「君は知っているはずだ!アンジェリーク!」

妹を思うオスカーの眼差しは、アンジェリークの心に突き刺さるナイフだった。
アンジェリークは、それでもなにも言うことが出来ずにアリオスの服の端をぎゅっと掴むことしか出来なかった。

「妹が怯えている。オスカー殿これ以上はご遠慮下さい。さあアンジェ行こう。」

アリオスは強引にアンジェリークを連れてテラスから立ち去ろうとした。
その時、悔しげにその後を見つめるオスカーを、アンジェリークは何度も振り返りながらアリオスの後についてテラスを去った。
残されたオスカーには苦い思いだけが残った。

 

「アンジェ・・・。」

アリオスはアンジェリークの部屋に妹を送ると、その中にある椅子に腰掛け彼女に話しかけた。

「義姉上のことでなにか心当たりでもあるのか?」

労わるような優しい声でアンジェリークに語りかけるアリオスをアンジェリークは哀しげに見つめた。

「兄様私・・・・私・・・。ルヴァ様が亡くなったあの日から夜が怖くって・・・・。私・・・私・・・。」

何か苦しげにアンジェリークは語り始めた。
思い出したくない過去を振り返るそんな苦渋に満ちた声だった。

「いつも、いつも悪夢が私を苦しめているの・・・。夜になるとあのお優しかったルヴァ様が、目の前であの恐ろしい野盗達に殺された瞬間が何度も何度も甦って・・・・耐えられなくって・・・そんな私が苦しんでいるのをレヴィアスお兄様は助けて下さろうとしたの・・・・それをお義姉様がお知りになってしまって・・・だからお義姉様はあんな人と・・・・。私が弱かったから・・・。」

いつのまにか彼女の瞳には涙が浮かんでいる。
アリオスはそっと彼女の隣に腰掛けた。

「もういい。アンジェもう言わなくてもいい。わかっているからもう言う必要はないよ。」

アリオスの言葉にアンジェリークは驚きの表情を向けた。

「し・知ってたの?あのことを知ってたのお兄様・・・。」
「ああ・・・あの最初の日からずっと・・・・。」

アリオスは哀しげにうつむいた。
アンジェリークはわなわなと震えだし、大粒の涙をポロポロとこぼした。

「アリオス兄様・・・・。私のこともうお嫌いになったでしょ?私のせいでお義姉様が亡くなったようなものですもの・・・・。」

とたんにアリオスはアンジェリークを力強く抱き寄せた。

「そんなことあるものか!おまえはなにも悪くないんだ。俺がアンジェを嫌ったりする訳が無いだろ?おまえは俺の大事な大事な妹なんだから。」

泣きじゃくるアンジェリークをしっかり抱きしめながら、アリオスは彼女が泣き疲れて眠るまでずっと、そのやわらかな髪で覆われた頭をなでていた。

 

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