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そんな頃オスカーは、屋敷中のメイド達に声をかけていた。
それも特に若い娘達に。
オスカーは自分をよく知っている。
彼は俗に色男と呼ばれる種類の男だ。
甘い端正な容姿と、燃えるように情熱的な赤い髪にそれとはまったく正反対に凍る様に冷めたアイスブルーの瞳が、彼の魅力を更に高めていることは間違い無かった。
すらりと高い長身とスマートな口説き文句を駆使するオスカーは、宮廷で流した浮名は数え切れなかった。
そんな百戦錬磨の色男にかかったら若い娘などいちころだ。
オスカーは自分が聞き出したい情報は聞き出せる限りすべて収集することが出来た。
そしてわかったことは、レイチェルの不貞を使用人たちは誰一人として気付かなかったと言う事と、例の馬屋番の男はここ3ヶ月前ぐらいに入ったばかりの新参者で、彼のことを詳しく知る人物はほとんどいないと言うことだった。
それほど目立つ人物でもなかったその男がいかにしてレイチェルに罪を犯させたというのか。
そもそも、レイチェルがその様になにも取柄もなさそうな男に危険を犯してまで恋をするとはやはり考えられないと言うことだ。
だがレヴィアスはその不貞の現場を見たといっている。
と言うことはレヴィアスが嘘を言っているのか。
だがそのメリットは?
妻に不貞の罪を着せなくてはならない理由とはなにか。
考えられる答えは一つ。
レヴィアスに愛人、もしくは妻にしたい女がほかにいるのだ。
そう結論付けたオスカーは、レヴィアスの女を探すことに決めた。

 

翌日オスカーは、また使用人たちに今度はレヴィアスについて聞いて回った。
コレットの話ではレヴィアスは、はっきり言って善人とは程遠い人物の様だ。
領主として領民に多大な税をかけたりと言った悪政こそしなかったが、よく町から若い娘を戯れに連れ去っては犯し、大金と共に放り出すと言った男としては最低の部類の人物であるらしい。
彼の唯一良い所と言えば、妹をこよなく愛するということだけである様だ。
使用人たちの見解も似たり寄ったりで、それとほとんど変わる所は無かった。
怒らせると恐ろしいとか、残忍な性格であるとか、とにかく彼の評判はすこぶる悪かった。
しかし、レイチェルとの仲は特別悪いともよいとも言えるものではなかったらしい。
一応妻としての地位は、レヴィアスによって尊重され伯爵夫人として遇されていた様だったが、貴族にありがちな冷めた夫婦関係であった様だ。
愛人と呼べる女も、結婚を約束するような恋人もレヴィアスの噂からはまったくと言って良いほど出てこなかった。
袋小路にはまってしまったオスカーは戸惑った。
一体どんな動機があって妹を落とし入れなければならなかったのか。
そしてその為に妹は自殺へと追いこまれて行ったのだ。
解決の糸口を立たれたオスカーは、庭のテラスで頭を抱えた。
と、突然オスカーの脚の辺りに気配を感じ、彼はふと足に目をやった。
そこには小さな子犬が一生懸命しっぽを振っていた。
あまりにも愛らしいその姿に、オスカーは微笑を浮かべて子犬を抱き上げた。
子犬の方も人なれしているせいか、前にも増してしっぽを振ってオスカーに甘えた。
そこに誰かを捜す歌声のような美しい声が聞こえてきた。

「ランディ〜ランディ〜〜何処〜。」

庭に誰何の声と共に飛び出してきたのは、麗しの伯爵令嬢アンジェリークだった。
名前を呼ばれた子犬はうれしそうに吼えて、主人であるアンジェリークを呼んだ。
その声に引かれてアンジェリークはオスカーの前に現れた。
オスカーの腕に抱かれる愛犬の姿を見つけ、アンジェリークは今までの気分は何処へやら、すっかり怖気づいてしまった様だ。
目を合わせずらそうにおずおずとオスカーの前にやってきた。
オスカーは昨日焦ったばかりに、彼女に警戒心を抱かせたことを後悔していた。
それで今日はレイチェルの事には触れないようにしようと思った。

「君の犬かい?」

オスカーは怯えるアンジェリークに優しく笑いかけた。
アンジェリークはおどおどした視線を向けながらコクンとうなずいた。
そんなアンジェリークにオスカーは苦笑を禁じえなかったが努めて優しく微笑んで、子犬をアンジェリークに手渡した。
するとアンジェリークの曇った表情が、パッと輝いて美しい笑顔を見せた。
とたんにオスカーは音が聞こえるのではないかと思われるほどのときめきを胸に覚えた。
いつもうつむき加減の憂いを含んだ哀しげな表情ばかりを見ていたオスカーにとって、その笑顔は青天の壁れきをも思わせるくらいに胸を強く打つものだった。
アンジェリークの笑顔・・・それはいつも哀しげで神秘的な美しさとはまた違う輝くばかりの光のような美しさだった。
オスカーは、しばし呆然と彼女の笑顔に見とれていた。
そしてつい言葉が口をついて出た。

「君は笑った方が断然に美しい・・・・。」

子犬に頬を舐められていたアンジェリークは、今度は首まで真っ赤になって目を丸くした。
その表情の愛くるしさに今度はオスカーは思わず噴出した。

「からかうなんて酷いですオスカー様。」

真っ赤な顔で照れていたアンジェリークが今度はすねる。

「いや、ハハハ、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。いつもか哀しげな君が笑ってその笑顔あまりにも美しかったんで驚いたんだ。本当だ。」

ちょと上目遣いですねるアンジェリークの仕草もオスカーの心を激しく揺さぶった。
いつもの伯爵令嬢ぶりよりも、まるで少女のような彼女はたまらなく魅力的だった。
オスカーの眼差しはいつのまにか自然と柔らかで愛しげなものに変わっていった。
アンジェリークの方も、婚約者を亡くして以来あまり笑うこともなかったが、オスカーとこうして話していることがいつのまにか楽しいと感じている自分に気付いた。
彼の誠実さと妹を思う愛情ぶかさに心引かれていたからかもしれない。
ルヴァとの婚約は、当時まだ生きていたこのアルヴィース家の当主だった父が決めたものだったが、まだ幼かったアンジェリークは温和で優しいルヴァに将来嫁ぐことになんの不満も無く、それが当然であるかのように思っていた。
だがそれは恋と呼べるようなものではなかった。
アンジェリークはまだ恋というものを知らなかった。
そして今アンジェリークの心に湧き上がる暖かな気持ちが、それであるかはまだ彼女にもわからなかった。
オスカーはつい昨日のことも、レイチェルのことも忘れてしまうくらいアンジェリークとの間にこの柔らかで暖かな時間が永遠に続くことを望んでいた。
アンジェリークもオスカーの優しい笑顔を見ていたくてこの場を離れがたく思っていたのだった。
そして、そんな二人の姿を自室の窓から冷ややかに見つめるレヴィアスの姿があった。

 

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