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コレットは夜半オスカーに今日1日の報告をして部屋に帰る途中、廊下を駆け抜けるアリオスを見かけた。
その尋常ではない様子にコレットは、アリオスの後を急いで追った。
そしてバルコニーでうなだれるアリオスを発見したのだった。
今夜のアリオスの様子はとても変だとコレットは思っていぶかしんだ。
なぜか彼は肩を振るわせ、泣いている様にコレットには見えた。
コレットは気遣わしげにそっとバルコニーに近づくと、アリオスに声をかけた。「どうかなさったんですか?アリオス様。」
不意に声を掛けられ驚いたようにアリオスは顔を上げた。
その表情は哀しげで、瞳には苦悩の色が見て取れた。「なんでも無い・・・一人にしてくれないか・・・・。」
「でも・・・・。」アリオスの覇気の無い哀しげな声を聞いたコレットは、どうしても去りがたく、アリオスの言葉を理解してはいても、バルコニーを立ち去ろうとはしなかった。
そんなコレットに苛立ちを感じたアリオスはつい怒鳴り声を上げた。「一人にしてくれと言っているだろう!!もう俺のことは放っといてくれ!!」
苛立ち紛れにぶつけられた言葉にコレットはびくついた。
「す・すみません・・・・。」
アリオスの拒絶にあって、いつのまにかコレットの声は涙声になっていた。
それに気付いたアリオスは慌てて立ち去ろうとするコレットを引きとめた。「すまない・・・。別に君は何も悪いことはないのに・・・怒鳴ってすまなかった・・・。」
罪悪感に打ちひしがれ、うなだれるアリオスにコレットはそっと手を差し伸べた。
「いいえ。私に謝る必要などありませんわ。アリオス様のお気持ちを察することが出来なかった私が悪かったのですわ。どうかお顔を上げてくださいませ。」
コレットの優しさと、差し伸べられた手のぬくもりが、アリオスの中の弱い部分をさらけ出し、その心が赴くままにアリオスはすがるようにコレットを抱きしめた。
「ア・アリオス様・・・・。」
アリオスは自分の中に渦巻く感情の嵐につぶれそうになり、それを誰かに受けとめて欲しかったのかもしれない。
彼女を抱きしめたとたん、その感触によって欲望が溢れだし、それを押さえることが出来ずに思わずコレットの唇を奪っていた。
アリオスの中で男の部分がその理性を押さえてその欲望のままに彼女の唇やその肢体の感触をむさぼる様に求めた。
コレットは突然のくちずけや性急な要求に驚いたが、それよりも嬉しさで胸の高鳴りを押さえることが出来なかった。
眩暈がしそうなくらいの幸福感に包まれたコレットはアリオスの背にその腕を回し、彼を歓喜に震えながら受け入れたのだった。
オスカーは自室で考えていた。
コレットから得た情報によると、例の馬屋番がこの城に上がることになったのはキーファと言う家臣の推薦であったと言う。
そのキーファと言う男はレヴィアスの腹心で、いつも彼に腰ぎんちゃくの様にくっついているらしい。
馬屋番の男は貧しい家の者で、借金も多かった様だったが、その借金もこの館の上がる時キーファがすべて肩代わりしてやったのだと言う。
その為にその男はキーファに対して並々ならぬ恩を感じていたようだ。
そこでオスカーは考える。
キーファに対してその様に恩を感じる男が、なぜキーファの主人であるレヴィアスを裏切るような行為をするのか。
そんなことをすれば恩人であるキーファの立場は悪くなる、下手をすればレヴィアスの怒りを買ってキーファまでもが窮地に立たされるのは日を見るより明らかではないか。
オスカーは、ここにまだ明らかになっていない陰謀が隠されているのではないかという気がしてならなかった。
そして秘密を知っているであろうアンジェリークは今だ何も語ってはくれていなかった。
だが、あの臆病で、いつも誰かの支えを求めて縮こまっている彼女が、自分を本当に信頼してくれた時きっとそれは明らかになると思っていた。
それまでは彼女を追い詰めてはいけないし、オスカー自信彼女に又警戒されて、もし嫌われでもしたらと考えると空恐ろしかった。
もうオスカーは、アンジェリークと言う存在無しではこれからのことを考えることが出来ないと思うようになっていた。
とにかく彼女が愛しい、守りたいという熱い思いに心はすっかりとらわれていたのだった。
朝、コレットはさわやかな目覚めを迎えた。
昨夜の情事を思い出すと、つい頬が染まるのがわかる。
そして幸せな気分で隣で眠る愛しい男の方に顔を向けると、そこには何も無い空間だけがあった。
コレットは驚いて慌てて起き上がるとシーツのぬくもりを確かめたが、そこに居たはずの男がもうずいぶん前からそこに居なかったことだけがはっきりとわかった。
激しい落胆が彼女の心を支配し始めた時、彼女の目にサイドテーブルにそっと置かれたメモが目にはいった。
心のよりどころを求める様にコレットは慌ててそれを拾い上げる。「君にはすまないことをした。許してくれ。」
とたんにコレットの瞳から涙がこぼれおちた。
どうして・・・・。
このメモは一体何を表しているというのか。
考えれば考えるほどむなしさだけが胸を襲う。
アリオスが自分に対してこれっぽっちの愛情さえも持たずに欲望のままに自分を抱いたのだと言うことがコレットにはいやでもわかってしまった。
そう、自分はただ彼を一時慰めるだけの存在でしかなかったのだ。
でもそれでもよかったのに・・・・。
彼のために何かしてあげたかった。
でも彼がそのことをあやまたことが彼女の愛を否定したことになったのだ。
今はただコレットは甘い夢から覚め、突き付けられた哀しい現実にただただ涙するしかなかった。