10
オスカーは町の酒場に足を向けた。
手っ取り早く情報を仕入れるには一番だろう。
町の酒場は昼であっても人々がごった返していた。
酒場の中は陽気な声が飛び交っているところもあれば、喧嘩をしているところもある。
オスカーはそんな人々が集う席をぬってカウンターへとやってきた。
注文をしようと思った矢先に隣から艶めかしい声がかかった。「うふふ。あんたいい男だねぇどうだいあたいを買わない?」
たいていの酒場の2階は娼館になっているのが常だ。
娼婦はしなだれかかるようにオスカーの腕に手を絡ませその豊かにゆれる胸を押しつけてきた。
オスカーは口の端を上げてニヤリとすると、娼婦の耳元に囁きかけた。「俺のほしい情報を君がくれるというなら、抱いてやってもいいぜ?」
その声を聞いたとたん女の背筋に快感が走った。
なんとも言えない女の性感帯を刺激するその声は、娼婦の体を火照らせ瞳をうっとりと潤ませた。「一体何を知りたいんだい?あんたならなんでも話すよ。」
オスカーとの情事を夢想している女の言葉にオスカーは目を細めさらに誘惑的な笑みを見せた。
その瞳にまた娼婦は体が熱くなるのを感じた。
こうしてオスカーは女から馬屋番の男はまじめで面白みの無いなんの変哲も無い男だった事を聞き出した。
その男は時々酒場にも顔を出していたが、到底女にもてるタイプでもなく、いつも店の隅で安酒をチビチビやるような湿気た男だったようだ。
そんなある日、いかにも金持ちそうでこんな酒場には不釣合いの男が現れた。
それがキーファだった。
キーファはしばらく店をぐるりと眺めなにか物色するような視線を人々に向けていたが、その馬屋番の男に目を止めるとニヤリと笑って近づいた。
それがこの2人の出会いだったようだ。
それからその男が幸運を掴んで館に上がったと皆は噂したが、すぐに男が何を勘違いしたのかお城の奥方に手を出し処分されたと聞かされたと女は語った。
オスカーは女に礼を言うと、女を悩殺するような視線で見つめその手の甲にまるで淑女にするようにうやうやしくキスをした。
女はそれだけで腰が砕けたのか顔を真っ赤に火照らせてポーっとしたままその場にへなへなとへたり込んでしまい、自分を買うという約束をたがえて立ち去るオスカーを文句も言わずに見送ったのだった。
酒場で聞いた話により、オスカーは今まで漠然と思っていた事がまず真実であると確信した。
あの哀れな馬屋番の男はキーファによって選ばれたスケープゴートなのだ。
キーファはレヴィアスの腹心の腰ぎんちゃくだ。
そのもっとも信頼された男が主人であるレヴィアスを裏切ったとは考えられなかった。
げんにキーファは今までと何ら変わることなくレヴィアスに仕えている事はコレットから聞いている。
レイチェルに不貞の汚名を着せる為にレヴィアスがキーファを使ってその男を犠牲にしたのだろう。
借金で苦しむ貧しくまじめなだけが取柄の目立たない男。
彼は何も知らずに借金を肩代わりし、割のいい仕事を与えてくれたキーファに感謝し、そして無情にも不貞の罪をかぶせられ死んでいったのだろう。
オスカーはそう結論付けた。
わからないのはレヴィアスがレイチェルをそうまでして落とし入れなくてはならない理由だった。
あとはそれを探り、その証を立てなくてはならない。
オスカーはそう考えながら険しい表情のまま町を歩いていた。
すると突如裏通りの方から女の悲鳴が木霊した。
オスカーは慌てて何事かと裏通りに急いだ。
そしてそこには3人の男たちに乱暴されそうになっている若い娘の姿があった。「いや!やめて!お願いあっちに行って!いや〜!誰か助けて!!」
「このアマ!おとなしくしやがれ!今からヒーヒー言わせてやるからよぅ!」男達が小汚く娘を罵る言葉を吐いて、今にも娘の足を無理やり押し広げ覆い被さろうとしていたその時、その男の首に冷たいものが触った。
その感触に驚いた男がそれを見ると、それは研ぎ澄まされ今にもその皮膚を切り裂かんとするような長剣の刃だった。
それに気付いた男は慌ててズボンをずり下げたまま娘から飛びのいた。「この蛆虫どもが。このオスカー・フレイアスが今すぐ成敗してくれよう!」
剣を突き付けたまま静かなる怒りをみなぎらせ、その刃よりも鋭いアイスブルーの瞳でオスカーは男たちを睨みつけた。
「お・おまえは!!」
その3人の男の中の一人が、オスカーを見て激しい動揺を見せた。
それに気付いたオスカーがその男を見ると、その男は昨日森の泉でオスカー達を襲って逃げ出した一人だったのだ。「ほほう昨日は俺を襲い、今日はか弱い娘を襲うか。ほとほと腐り果てた男だな。今日は生きて帰れると思うなよ覚悟するんだな。」
オスカーはそう言って剣を振りかざした。
すでに十分過ぎるほどオスカーの恐ろしさを知っている男は、抵抗するよりすぐさま降伏を現した。「ま・待ってくれ!お願いだ!殺さないでくれ!!俺はただ頼まれてあんたを襲っただけなんだ!」
泣きじゃくりながら命乞いをする男の言葉に、オスカーは片方の眉を上げていぶかしんだ。
「頼まれた?一体誰に頼まれたと言うんだ!」
オスカーは剣の切っ先を男の喉元に突きつけた。
とたんに男は悲鳴を上げた。「ひゃあぁぁ!!キ・キーファ様だ!お城のキーファ様がお嬢様の婚約者をやった時みたいにあんたを殺せって言ってきたんだ!」
オスカーの頭に衝撃が走る。
アンジェリークの婚約者を殺したのはキーファの命令によるものだと言うのか。
と言う事はレヴィアスが自分の妹の将来の夫を殺したと言うことだ。
それは一体何を意味していると言うのか。
オスカーはそのとんでもない告白に言い知れぬ戦慄を覚えた。
2度とこのような事をしないといって命乞いをした男たちをオスカーは町の自警団に引き渡す事で、その命を奪う事を止めた。
助けられた娘は何度もオスカーにお礼を言って家路を急いだ。
オスカーはこのとんでもない話しから、今まで以上にレヴィアスと言う男に対しての不信感を強めるに至った。
レイチェルを落とし入れ、そしてアンジェリークの婚約者の命を奪うこのレヴィアスと言う男はこの事によっていったい何を手に入れたと言うのか。
レヴィアスと言う人物について考えるうちにオスカーは突然アンジェリークの身が心配になった。
兄とはいえそのように危険な男のそばに一時でも彼女を置いておいていい訳が無い。
オスカーは慌てて城へと取って返したのだった。