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コレットは傷心を抱きつつ、仕事を始めていた。
コレットの今の仕事は客賓であるオスカーの世話だ。
レイチェルが亡くなってコレットは仕えるべき主人を失ってしまった。
仕事がなくなってこの館を去ることにしたコレットは暇乞いをしに行った時、レヴィアスに訳のわからない質問を浴びせられそのまま襲われ、アリオスによって救われたのだった。
そして今、オスカーがこの館に滞在していることによってオスカーの世話をするという仕事を得たのだった。
でもオスカーが今日は不在の為、オスカーの世話も掃除や洗濯が済んでしまうと何もすることが無かった。
コレットは仕事がなくなってしまうとまたアリオスのことを考えてしまって暗い気分になっていた。
これ以上無くコレットはアリオスのことが好きになっていたのに、彼からの反応は拒絶だった。
そのことがコレットにとってはたまらなく辛い。
嫌われているのなら諦めもするが、彼が示したのはコレットの思いに対する拒絶だった。
好きにならないで欲しいとアリオスの行動は言っているようにコレットには思えて仕方なかったのだ。
賄いで昼食を済ませ、部屋に戻る途中、偶然にもコレットはアリオスと出くわしてしまった。
コレットは心臓が飛び出すかと思うくらい動揺した。
アリオスはコレットを見て辛そうに顔をゆがめた。
それが更にコレットの心を傷つける。「コレット・・・・。」
アリオスは目線を床に落として口を開いた。
「へ・平気です。アリオス様私のことなんてお気になさる必要などありませんわ。」
アリオスの口からこれ以上の謝罪の言葉を聞きたくなくてコレットは慌ててそう言ってアリオスの言葉をさえぎった。
アリオスは驚いたように顔をあげ、今にも泣き出したい気持ちを押さえて微笑むコレットを見つめた。「俺は君の優しさに見合うような男じゃない・・・・。どんなに君が俺を許してくれたとしても、俺は俺自身が許せないんだ。だから許さないでくれ。俺を憎んでくれ。お願いだ・・・・。」
アリオスは苦汁をにじませた声でそう告げると、今にも崩れ落ちてしまいそうな心を一生懸命取り繕うコレットを置いて足早に立ち去った。
アリオスが去ってもコレットはその場から離れることが出来なかった。
アリオスの拒絶に再びあったコレットの心はもうボロボロだった。
自然に頬に零れ落ちる涙をコレットはもう止めることは出来なかった。
そして傷ついた彼女はただ涙を流してその場に立ち尽くすしかなかった。
アンジェリークは沈んだ気持ちをだかえたまま庭のテラスで一人物思いにふけっていた。
庭に咲き乱れる花々は夕日に照らされて茜色に輝いている。
その美しさとは対照的に彼女の心はますます沈んで行くのだった。「アンジェリーク!」
突如背後から掛けられた声にアンジェリークは体を震わせた。
顔が真っ青に青ざめ、振り向くことさえ出来ない。
そして肩にその手がかかった。
その途端、彼女は慌てて振り向き後ずさった。「オスカー様・・・・。」
「アンジェリーク。どうしたんだ。なんだか顔色が悪い。何かあったのか?それとも具合が・・・・。」心配げにアンジェリークの顔を覗きこむオスカーの優しく暖かな瞳が、アンジェリークの心を激しく締め付ける。
その光の世界の住人を現すかのような正義感に溢れる清々しい笑顔が、今のアンジェリークにとっては苦痛以外の何ものでもなかった。
彼を愛すれば愛するほどに、自分自身汚らわしさがその思いを彼を避ける気持ちに変化させて行く。
アンジェリークは優しく手を差し伸べるオスカーから更に後ずさった。「アンジェリーク?」
流石にオスカーにも彼女がまたしても怯えて心を閉ざしてしまったことがわかった。
オスカーの心に激しい衝撃が走った。
でももうオスカーは彼女を諦める気は無かった。「どうして・・・あれは俺の勘違いだったと言うのか。君も俺と同じ思いだと・・・・俺のことが嫌いになったのか?」
オスカーの瞳が哀しげに曇る。
ゆっくりと差し伸べられた手がアンジェリークの頬に触れた。
その暖かな感触はアンジェリークの心をますます切なく辛くさせた。「ごめんなさい・・・・私・・・私もうオスカー様のそばにいられない。私のことはどうか忘れてください。」
美しい緑の瞳から大粒の涙がこぼれ、オスカーの手に落ちた。
そして、オスカーが彼女のその瞳に囚われている隙に、アンジェリークはすばやく身をひるがえして館へと走り去ってしまった。
オスカーの手に落ちたまるで宝石のように輝く涙の雫が、彼女の言葉が心からのものでないことを現す証のようで、オスカーはいつまでもその場を動くことが出来ずにそれを見つめていた。
泣きながら館に入り、自分の部屋に走りこむアンジェリークをアリオスは見かけた。
その様子にアリオスの心臓が痛いほど締め付けられる。
愛する女を守れないふがいない自分。
アリオスはその悔しさを押し殺すように唇を強くかんだ。
テラスでの一件をレヴィアスは自室の窓辺でうかがっていた。
そして、オスカーを避けるように走り去るアンジェリークを見て一人ほくそえんだ。「ククク・・・まったく馬鹿な兄妹だ・・・・。」
レヴィアスはその時レイチェルの最後を思い出していた。
「もういや!いやよ!この悪魔!近寄らないで!!イヤーーーー!!」
そう叫びながら彼女が北の塔の窓からその身を投げ出した瞬間が、鮮やかにその脳裏に甦る。
そしてまたレヴィアスは喉の奥で笑った。