13
「オスカー様コレットです。お食事をお持ち致しました。」
コレットが部屋に入ってきたことで、オスカーの思考は一時中断された。
「やあ、コレット。今日は館で何か無かったかい?」
オスカーはアンジェリークの突然の変化に繋がる何かを知りたくて、コレットに今日の出来事を尋ねた。
だが、コレットはアリオスによってもたらされた衝撃で、心がボロボロになっていたため、館の変化や空気にまで心を配る余裕は無かった。「すみません・・・・何も気付きませんでした・・・・。どうかなさったのでしょうか。」
オスカーはコレットの返答に少々落胆したが、すぐにその訳を説明した。
「コレット・・・。俺はアンジェリーク・アルヴィース嬢に恋をしているんだ。彼女もその気持ちに答えてくれたと思ったんだが、今日になって突然その態度が変わってしまったんだ。急に俺を避けるようになった。だから俺が留守の間にこの館で何かあったんじゃないかと思ってな。」
オスカーの思わぬ告白にコレットは驚いた。
たしかにアンジェリーク嬢は類稀なる美人で、申し分無い伯爵令嬢だ。
だが彼女はおとなしく、引っ込み思案な上に、レイチェルのような明るさも快活さも無かった。
でも今までにもオスカーの周りにはそれくらいの美女は多くいたし、アンジェリークよりもすばらしい女性も多くいた。
そんなアンジェリークに稀代のプレイボーイと噂されたオスカーが惚れこむとは・・・・。
だがそのオスカーの瞳に今までにない真剣さがあった。
コレットは遊び人で、なかなか一人の女性にその気持ちをとどめておくことが出来ないオスカーが、心から愛する人を見つけたことを心から素直に喜んだ。「オスカー様ったら本気なんですね?今までそんなオスカー様を見たのは初めてですわ。うふふ。わかりましたわ。何かわかりましたら必ずお知らせ致します。」
そう言って彼の恋を助ける約束をした。
今夜もレヴィアスはアンジェリークのもとを訪れていた。
「お兄様お願い・・・もう止めて・・・。わたし達は兄妹なのよ!こんなこと許されるわけないわ!」
またしても自分を抱こうとするレヴィアスにアンジェリークは涙ながらに訴えた。
「誰に許してもらうというのだ。俺は誰の許しもいらないぞ、たとえ神の許しでもな。おまえを愛しているんだ。」
そう言ってレヴィアスは妹の唇を奪う。
アンジェリークは慌てて兄を突き放して叫んだ。「お兄様!私は兄様を兄以上になど見ることは出来ないわ!」
妹の拒絶にあいレヴィアスは意地悪く笑った。
「では誰なら男に見えるというのだ。うん?あいつか?あのオスカー・フレイアスならいいとでも言うのか?」
アンジェリークはレヴィアスの問いには答えられなかった。
オスカーのことを心から愛している。
だが目の前の兄の瞳がそれを告げた途端とてつもない恐ろしい物に変わってしまうような恐ろしさを秘めている。
恐ろしい・・・。
兄をこれほど恐ろしいと感じたのは初めてだった。「俺の愛しいアンジェ・・・・。おまえを誰にも渡しはしない。おまえは俺だけの物だ!」
恐怖でその身を強張らせているアンジェリークにレヴィアスはもう1度激しく口付けた。
アンジェリークはもうどうしていいのかわからなかった。
オスカーを愛しているが、今この身に起こっている忌まわしい出来事を彼に打ち明ける気には到底ならなかった。
レヴィアスはもう自分を解き放つ気はなさそうだった。
絶望が全身を包んでいた。
明け方アンジェリークは夜着のままふらふらと庭に出た。
庭は朝もやに包まれ、花々は朝露に濡れ輝くばかりの生命力に溢れている。
アンジェリークの心にじわじわと死への欲望がわきあがる。
そうだ・・・レイチェルが死んでから自分は死にたいと思いつづけていたではないか。
彼女が不貞を働いたのは、自分が弱さの為に兄との関係を許してしまったせいなのだ。
すべては自分の弱さが悪いのだ。
アンジェリークは吸い込まれるように森へ向かってふらふらと歩き始めた。
すると突然、後ろから抱きすくめられてアンジェリークは歩みを止めた。「アンジェ!駄目だ!森に行っちゃ駄目だ!」
「アリオス兄様・・・・。」アリオスはアンジェリークを振り向かせるともう1度抱きしめなおした。
「以前おまえが泉で溺れたのは溺れたんじゃないんだろ?おまえ死にに行ったんじゃないのか?」
アリオスは力なく呆然と立ち尽くすアンジェリークを力強く抱きしめる。
「兄様・・・・でも・・・・でも私もう・・・・。」
涙をこぼすアンジェリークにアリオスはその頭をなでて慰める。
「死なないでくれ・・・・お願いだアンジェ・・・。おまえを守れない俺を憎んでくれてもいい。でもおまえを愛しているんだ・・・死なないでくれ!」
アリオスの目からも涙がこぼれる。
アンジェリークはそのアリオスの頬の涙にそっと触れた。「兄様・・・・。」
「俺は正義を振りかざしながら心の中ではレヴィアスと同じことを思っているんだ・・・・。俺は卑怯者の偽善者だ。おまえに蔑まれても仕方ないんだ。」アリオスの頬を止めど無い涙が流れ落ちている。
アンジェリークはそんなアリオスを抱きしめ返した。「兄様は悪くない・・・・。私が弱いのが一番悪いの!私が弱く無かったらレヴィアス兄様だってその欲望に囚われたりしなかったかもしれない・・・・。」
「アンジェ・・・。」2人は互いに涙に暮れながら、しばし恋人のように抱き合ってその傷ついた心を慰めあった。