14
コレットは、昨夜眠ることが出来なかった。
一人部屋の中にいると思い浮かべるのはアリオスのことばかり。
そして何度も何度もアリオスの拒絶の言葉を思い出してしまって眠ることが出来なかったのだった。
そんな辛い思いを忘れたくって、コレットはこの早朝の庭に足を向けた。「愛している・・・愛している・・・アンジェリーク。」
その声が不意にコレットの耳に入ってきた。
慌ててその身を隠してコレットは、その声の主を見た。
そしてその信じられない光景に目を疑った。
そこにはアリオスが自分の妹を抱きしめ、その髪に頬を摺り寄せ涙を流しながら囁いていたのだ。
一瞬妹への兄弟愛なのかと思いなおして見たが、アリオスの表情は兄のそれとはまったく違う男の顔だった。
コレットはわなわなと振るえる体を抱きしめた。
アリオスの自分に対する拒絶の原因はこれなのだ。
彼はあろうことか自分の妹を愛していたのだ。
アリオスの目が、口が、コレットには絶対に向けられることのない愛に溢れていた。
自分には決して向けられることのないその光景を垣間見てしまったコレットの心に激しいまでの憎悪が生まれた。
アンジェリーク・・・・。
なぜ・・・なぜ彼女は愛されるのか・・・。
美しいだけで彼女は愛される・・・。
昨夜、兄とも慕うオスカーの口からも彼女に対する真剣な思いを聞いたばかりだ。
そして今、自分が恋慕って心も体も傷だらけになってもなお愛して止まない男までもが彼女の虜なのだ。
コレットはアンジェリークに対して憎しみに彩られた激しいまでの嫉妬の炎を燃やしたのだった。
昼も過ぎた頃、オスカーはアンジェリークを探して館を歩き回っていた。
午前中もあちらこちら捜しまわったが、彼女の姿を見つけることは出来なかった。
彼はなんとしても彼女の真意を確かめたかった。
あの泉での熱い口付けを幻だとは思いたくなかった。
どこまでも儚く臆病な彼女は、あの時確かに自分に何かを見つけたように安堵の表情を浮かべていたはずだ。
オスカーはあの日のあのアンジェリークの表情こそが、彼女の求めて止まないものであったと感じていたのだ。
アンジェリークにとって一番必要なものは安心できる場所なのだと。
そしてそれを自分は与えられるとオスカーは思っていた。
いや、しなければならないと感じていたのだ。
彼女の不安が一時あの泉で晴れたと言うのに、また何が彼女をそれほど不安にさせてしまったと言うのか。
オスカーはアンジェリークの中の脅威に思いをはせた。
この館は悪魔の棲家だとレイチェルは言った。
その悪魔とは誰を指すのか・・・。
今オスカーが考える悪魔と言える人物は、この館の当主レヴィアス・アルヴィース以外にはいない。
だが、彼は他人の目から見てもわかるほどに妹を溺愛している。
そんな彼がアンジェリークの脅威となりうるのだろうか。
そんな考えを思い浮かべながら、オスカーはとうとう森にまで足を向けていた。
今日も森は美しかった。
天気が良い為なのか木々の間から木漏れ日が落ち、光の線をあちらこちらに引いている。
アンジェリークが美しいと言って教えてくれた場所を一つずつ、彼女の姿を求めて捜しまわった。
そして程なく、彼女が森の中で一番好きだといっていた花畑に出た。
今日もそこには色とりどりの美しい花々が咲き乱れ、美しい蝶がときおり目の前を横切る。
オスカーはそんな中彼女の姿を見つけようと目を凝らし、辺りを見渡した。
そして見つけたのだ。
アンジェリークは光り輝く花々の中でまるで消え入りそうにひっそりと立ち尽くしていた。
今日の彼女は白に近い水色のドレスを着ていて本当に儚げだ。
そんな彼女を見て、オスカーの胸は不安でいっぱいになった。
まるで今にも空に浮かんで風に飛ばされ見えなくなってしまいそうだったからだ。
オスカーは急いで彼女のもとに向かった。
だがアンジェリークはオスカーに気付くと、その身を翻し駆け出した。
オスカーは慌てて彼女の後を追った。
花々を掻き分け走るアンジェリークは、すぐにオスカーにその距離を詰められ、焦るあまりに足を草に取られて花の絨毯に倒れこんだ。
花の中に寝転ぶアンジェリークはその花々の中にあってなお美しかった。
アンジェリークは走った為にその豊かで白い胸が大きく上下している。
オスカーは彼女のそんな様子に欲情した。「アンジェリーク・・・。」
オスカーは彼女の上に覆い被さると、そのばら色の唇を自分のそれでふさいだ。
途端にアンジェリークの胸にも欲情が湧き上がる。
しかし、彼女の脳裏にレヴィアスの不敵な眼差しが思い浮かんだ。
その恐ろしいまでの光に怯えたアンジェリークはオスカーを跳ね除けた。「お願い・・・止めて・・・。」
一瞬受け入れたかと思われた口付けを突如拒絶されてオスカーは当惑する。
「なぜだ・・・アンジェリーク。何をそんなに怯えているんだ。俺は君をその不安から守りたい。だからその訳を言ってくれ。」
オスカーの言葉にアンジェリークの胸が詰る。
「言えない・・・あなたにだけは言うことができないの!お願い・・・・許して!」
哀しげな瞳で訴えるアンジェリークをオスカーは思わず抱きしめる。
その胸の暖かさにアンジェリークはすがってしまいたかった。
すべてを受けとめて欲しいと思った。
でもきっと彼は真実を知れば、自分を愛することは出来ないだろう・・・。
そして、彼を選んだことを知ったら、兄はレヴィアスはどうするだろうか。
そう考えると兄が恐ろしかった。
兄のあの瞳は狂気に満ちている。
オスカーに対して何かしでかすかもしれない・・・。
そんな漠然とした不安に駆られ、やはりアンジェリークはオスカーを振りほどくしかなかったのだった。
走り去るアンジェリークを今度はオスカーも追うことは出来なかった。
彼女がだかえている問題はことのほか大きいものだと言うことが、いつまでも頑なに口をつむぐ彼女の態度から伺えたからだ。
だが諦める気にはならなかった。
必ず彼女をその不安から解き放って見せる。
オスカーはまたそう心に固く誓ったのだった。