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コレットは冷めた目線で、何か思い悩んでいる様子のアンジェリークを監視していた。
いつも哀しげで、何かに怯える彼女をコレットは今は疎ましさではちきれんばかりの思いで見つめていた。
大貴族の家の娘として生まれ、何不自由無く育ち、誰もがうらやむような美しい美貌を持ち、更にはコレットが手にいれたくてもかなわぬ男の心までもを手に入れている。
それなのにアンジェリークはその恩恵を省みることなくいつも嘆き哀しんでいるようで、コレットにとってそれは許すことが出来ないものであった。
そんなに恵まれていてあなたはいったい何を嘆き哀しむって言うの!
どこまで貪欲で、ずうずうしい女なんだろう。
コレットはオスカーが、彼女のうわべだけの美しさに引かれて惑わされているに過ぎないと思っていた。
オスカーはコレットにとって兄も同然の大切な家族だ。
レイチェル亡き後、オスカーの危機を救うのは己に科せられた指名だとコレットは考えていた。
必ずあの女の正体を暴いてオスカーの眼を覚まさせなければならない。
コレットは嫉妬という名の黒い情熱を持って、アンジェリークの監視を続けたのだった。
バルコニーにたたずみ、アンジェリークは考えていた。
オスカーに会えば会うほど彼を好きだという気持ちを押さえきれなくなってくる。
げんに花畑で、危うく彼を受け入れてしまいそうだった。
汚れきった自分、そして恐ろしいまでの欲望に彩られた兄の存在。
このままいけばオスカーを危険に巻きこんでしまうかもしれない。
レヴィアスのあの瞳が物語っていたものは、今までアンジェリークが知るよしも無かった兄の恐ろしい正体だ。
アンジェリークとて、レヴィアスが周りの人々にどう思われているかぐらいは知っている。
アリオスが、それをいつも嘆いているのだからなおさらだ。
でも、アンジェリークはそんな兄の一面を見た事が無かった。
兄はいつも自分の前では優しく慈悲深く、なんでも聞いてくれるそんな頼りになる存在だったのだ。
もちろんアリオスとて同様にアンジェリークに接してくれていた。
しかし、レヴィアスに感じた愛情深さは、アリオスのそれを上回っていつもアンジェリークを包んでいたのだ。
それだけにアンジェリークが目の当たりにした負のレヴィアスは衝撃だった。
彼の愛情深さは、兄妹の枠を超えた激しいまでの独占欲だった。
レヴィアスにとってアンジェリークという存在だけがすべてであると言ったような激しいまでの執着。
そんな一面を見てしまってからは、アンジェリークにとって兄レヴィアスはこの世でもっとも恐ろしい人物となってしまったのだ。
そして、レヴィアスは戦士としてもかなりの腕の持ち主であることもアンジェリークを不安にさせていた。
オスカーは強い。
それは疑わない。
あの泉での一件で、彼が剣の達人であることは素人のアンジェリークにだってわかる。
だが、兄と比べたらどうなのだろう。
アンジェリークには想像もつかない。
今までアンジェリークは、この世で一番強いのは兄だと信じて疑ったことはなかった。
もしかしたら兄の手にかかってオスカーがその命を落とすようなことがあったら・・・・。
そう考えるだけで、アンジェリークは恐ろしさで息も出来なくなってしまいそうだった。
そして、ふと目線を下に向けると、森から戻ったオスカーの姿が目に入った。
途端にアンジェリークは愛しさと切なさで、涙がこぼれるほど胸が締め付けられてしまうのだった。
でもオスカーにその姿を見せるわけにも行かず、アンジェリークは急いで館の中へと引っ込んだ。
レヴィアスは自室の窓からアンジェリークの様子を見守っていた。
妹を見るたび心の奥で欲情が騒ぎ出す。
彼女の体を知った今、その思いは更に強まっていた。
美しく儚げな俺のアンジェリーク・・・・。
あまりにも清らかな彼女はそのままにしておくと、どこかに消えてしまいそうなそんな危うさがあって、レヴィアスはアンジェリークから目を離すことが出来ないでいた。
子供の頃から十もはなれたこの妹を特別な存在としてみてきた。
初めてみた赤ん坊は、まるで天使の様に愛らしかった。
やわらかな金髪と、透けるように白い肌。
育つにつれてその子供の愛らしさは郡を抜いていた。
レヴィアスにとってこの美しくも愛らしい妹は心の安らぎだった。
父は厳格な人物で、嫡男であるレヴィアスには特に厳しかった。
同じ双子の兄弟だというのに、次男であるというだけで、アリオスが背負わされるものは自分よりもかなり少ないものだった。
子供心にその不公平感に、いつも憤りを感じていた。
それを唯一和らげてくれるのがアンジェリークだったのだ。
母はアンジェリークを産んでまもなくこの世を去った。
小さなアンジェリークは、年の離れた2人の兄の後をいつも追いかけてその寂しさを慰めていたようだった。
それが可愛くてレヴィアスは愛情の限りを彼女に注いだ。
その思いに答えてアンジェリークはいつもアリオスよりも自分を頼りにしてくれていた。
レヴィアスはもはや彼女無しの人生など考えられないほどに妹を愛してしまっていたのだった。
だが所詮は血の繋がった兄妹だ。
父はアンジェリークが十歳を過ぎた頃、隣の領主の息子であるルヴァとの婚約を決めた。
レヴィアスはそれを知ったときの衝撃を今も忘れることは出来なかった。
愛する妹が他の男の物になる・・・・。
そうなればもはや2度と自分を頼って甘えてくれることも無くなってしまう。
その喪失感は想像を絶するものだった。
その時からレヴィアスは妹を妹ではなく女としてみるようになったのだ。
誰にも渡さない・・・・。
レヴィアスの心に悪魔が住みついた瞬間だった。
そして今、またしても自分からアンジェリークを奪い取ろうとするものが現れた。
レヴィアスは館に戻るオスカーを見て涙ぐむアンジェリークを見つめ、オスカーに対する嫉妬の炎を更に燃やしたのだった。
アンジェリークを監視するコレットは夜も密かに身を潜め、アンジェリークの部屋を見張っていた。
あの朝の光景を見たときから、コレットはもしかしたらアリオスがアンジェリークの部屋にやってくるのではないかと恐れたからだった。
そんなことは信じたくは無かったが、ありえないこともない。
それを確かめたかったのかもしれない。
アリオス・・・・・。
彼のことを思うだけで、今でもコレットの心は激しくざわついた。
どんなに酷いことを言われても、信じられない現実を突きつけられても、コレットは彼を思う気持ちを止められないでいた。
銀色に輝く月の光のような髪と緑と金色に光る神秘的な金銀瞳眼の長身で誰もが振りかえるような秀麗な顔の男。
初めてアリオスを見たとき、コレットはその美しさに心を奪われた。
アルヴィース家の兄妹はみなすばらしく美しい人々だった。
レイチェルも始めは自分の夫となったレヴィアスの美しさに心を奪われていたが、程なくレヴィアスからの愛情を得る事を諦めていた。
まあそれは彼の素行や、言動から察するに余りあるものがあった。
だがアリオスは人々に対する態度は慈悲ぶかく、兄であるレヴィアスとはまるで反対の品行方正な人物だった。
館の人々も、町の人々も、アリオスを尊敬し慕っていた。
そんな理想的な男性が目の前にいて、憧れない訳がない。
コレットはすぐに恋に落ちていた。
そしてその気持ちが更に強まったのはレヴィアスに襲われた時だった。
愛しい男と髪の色以外は瓜二つの悪魔のような男に、このまま自分の純潔は奪われてしまうのだろうか。
コレットが絶望に包まれた時、まるで夢のようにアリオスが現れ助けてくれた。
コレットは運命をその時感じていた。
そしてあの晩、その思いは遂げられたのだと信じていた。
だがその思いは無残にも引き裂かれ、コレットは行き場のない憤りを抱えて苦しんだ。
そして、信じられない愛しい男の真実にコレットの中に生まれた黒い怒りを一気にアンジェリークへと向かわせたのだ。
すべて・・・・すべてあの娘のせいなのだ・・・。
このまま大切な家族であるオスカーをアンジェリークと結ばせる訳には行かない。
コレットの全身に黒い炎が静に立ち上っていた。
そうしているうちにアンジェリークの部屋を凝視していたコレットの目に恐ろしい人物が入ってきた。
レヴィアスだ・・・。
コレットは思わずその身をすくめた。
レヴィアスはアンジェリークの部屋の前に来るとノックをした。
程なくドアが開きアンジェリークが顔を覗かせる。「お兄様!」
彼女はレヴィアスを見た途端、慌ててそのドアを閉じようとしたが、それを彼に阻まれた。
「アンジェ!俺を拒むことは許さない!」
レヴィアスの声が低く恐ろしく響く。
「いや!兄様お願い許して!!」
アンジェリークの願いむなしく、レヴィアスは無理やりアンジェリークに口づけた。
アンジェリークは激しく抵抗したが無駄だった。
そのまま部屋に押し込まれ無情にもドアは閉じられた。
コレットは息を飲んだ。
アリオスばかりかレヴィアスまで・・・・。
慌ててドアに駆けより耳を当てる。
中からはアンジェリークの泣き叫ぶ声が聞こえ、その声に混じってベットがきしむ音が聞こえてきた。
その音の意味を悟ったコレットは驚き後ずさった。「なんてこと・・・・汚らわしい・・・・。」
彼女はそう呟くと急いでその場から逃げるように走り去った。